青いチェリーは熟れることを知らない①

逢生ありす

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チェリーの見る夢

専務と瑞貴とチェリー

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 通された高層ビルの最上階……から二番目のフロアにて一度聞いたら記憶に残る、あの間延びした声が目の前の人物から発せられた。

「あ~、あ~~~やっぱり貴方が若葉ちえりさんねぇ、うんうん……」

「ちえり、覚えてるだろ? 昨日面接してくれた仲人なこうどさん。うちの専務だ!」

 顔はよく覚えていないが、特徴のある話し口に古びた眼鏡、そしてその画期的なヘアースタイルにはとてつもなく見覚えがあった。

「覚えてます!! ……ッバ、バーコード!? 専務さん本当にバーコードさんって言うんですか!?」

(うはっ!! 東京ってこんな珍しい苗字もいるんだっ!
っていうか見た目まんまじゃん! 名前は体を現すって本当なんだなぁ……)

「な、なこうど……です……」

『ばかっ!! いくらそう見えても間違えたら失礼だべ(だろ)!?』

『……え? バーコード専務んねの(じゃないの)?』

「さ、さくらだ……くん、わかばさん……聞こえ……」

 プルプルと悲しそうに震える専務を余所に、ふたりは激しく実家にいるような和やかな雰囲気に包まれているせいで言葉にも緩みが生じてしまう。

「あ……あのね、あのね……話を進めてもいいかな? かな?」

「はいっ! 喜んで! 専務!!」

「よろしくお願いいたします! バー……仲人さん!!」

 ちえりの入社許可……ただし契約社員として。を得られた瑞貴は人好きする笑顔でこちらにウィンクしてみせた。
 瑞貴の不意をついた愛嬌に、ちえりの胸はトクンと音をたてる。

(こ、こういうのっ……どういうつもりでやってるんだろ……)

 普通、男がやったら引いてしまうような臭い仕草も瑞貴がやると少女漫画のヒーローのように様になってしまうからヤバい。そしてそれにときめいているちえりはかなり重症である。

 家がご近所ということもあり、ふたりの距離が普通の先輩・後輩以上に近いであろうことには自覚があるが……もしかしたら誰にでも同じようなことをしているのかもしれないと思うとズキリと胸が痛んだ。

(勘違いする女の人がいたらどうすんのよ……もうっ……)

 瑞貴は自分のものではないのだから、その行動を制限させる権限をちえりは持たない。
 勝手に想像し、しぼみ始めたちえりの様子に気づかない瑞貴は、自分が採用試験に合格したかのように嬉しそうに語りかけてくる。

「すげぇうまい社食もあるし、カフェスペースもあるんだぜ!」

「へ、へぇ……っ!」

 悲観的妄想が頭から離れなくなってしまったちえりは精一杯の作り笑いでごまかした。

「……ん?」

「え?」

「いや、元気ないなーって思って……チェリー朝飯食ってきた?」

 小首を傾げ、ズイと顔を近づけてくる瑞貴に心を読まれまいと視線を逸らす。

「う、ううん……っ……」

「……だよな、電話に出るまで寝てたっつってたもんなー……」

 顔を離し納得したように腕組みした瑞貴は少し考えて。

「あっ! あとで時間見つけて飯食いにいこうぜ! 俺も朝飯抜きだった!!」

 白い歯を形の良い唇から覗かせながら満面の笑みを向けてくる瑞貴。
 癖がなく、柔らかそうな茶系の髪。さらに色素の薄い瞳と白い肌が端整な顔立ちに見事マッチしており、さらに長い手足が平均的な日本人の骨格を無視して世界へと羽ばたいている。

「はいっ!」

 三つ歳が離れていたふたりは中学・高校とすれ違いの生活を送ってきた。
 そこで三つ違いの大きさを感じたちえりは、その距離を埋められずひどく落ち込んだものだが、社会人になってまた距離が縮められるとあらば、なんだって頑張れそうな気がする。

 そう思えるのも、目の前にいる彼はちえりが好きだった頃の瑞貴そのままだったからだ。
 思い出の中の瑞貴と今の瑞貴を重ねて違いを探していくが、自分の知らない空白の時間さえ気にならないほどに彼は変わっていなかった。おしゃれな瑞貴は学生時代からブランドもののコロンをつけていたが、人工的な香りには顔を背けたくなるちえりでも深呼吸したくなるような爽やかな匂いのものだった。さらにそれが愛しい人の香りだと、脳がはっきり記憶しているため、五感が感動を覚える。

(昨日は居酒屋臭がすごくて気づかなかったけど、同じコロンだ……)

 ちえりの父親のように鼻につく咽(むせ)る様な整髪料の臭いではない。
 そう、あの広い胸に飛び込んで深呼吸したくなるような……上品で素敵な男の香りなのだ。

 何度親友の真琴が羨ましいと思ったことか……。

 朝起きてから寝る直前……いや、眠っている最中(?)でさえ瑞貴の傍にいられるなんて、ちえりには夢のまた夢で。

「えっと、えっとね……聞いていないと思うけど説明させてもらうね? 
若葉さんは契約社員だからね、社宅は準備してあげられないんだよね。社員になったらその権利も与えられるけど、いま結構"待ち"が発生してる状態なんだよね。ズ……ズーッ……少し離れたところに建築中ではあるんだけど、住む場所は自分で用意出来る、かな……?」

 専務はしきりに"ね"を酷使しながら穏やかな口調で呟き、冷めてしまった湯呑に口を付けている。

「……あ……」

 お茶を啜る音に引き戻されたふたりは互いに一度顔を見合わせてから"うーん……"と視線を宙に彷徨わせる。

「社宅はどうしようもないか……」

 雇ってもらえるというだけで浮かれていたちえりに寝床事情が再浮上する。
 なにをするにも拠点となる"家"がなければ、働くことも叶わないのだ。

「ま、まぁ……いきなり決まったことだからね……」

 言いにくそうに飲みかけの湯呑を撫でまわす仲人は、チラリチラリとこちらの表情を伺いながら話を続ける。

「……やる気があるのはすごく良いことなんだけどね、今日からすぐ仕事っていうのも、うーん……デスクもな……」

 すると、仲人の言葉をかぶせるように瑞貴が声を上げる。

「あっ……部屋のことなんだけどさ、ちえりさえよければ俺の部屋で一緒に住むってのはどうかな……?」

「え……?」

(夢のまた夢は現実か――っ!?)

 王子からこれ以上にない誘いを受けたちえりは、もちろんっっ! このチャンスを無駄にするような女子ではない!!

「い、い、いいんですかっ!? 瑞貴センパイッ!! 私、不束者(ふつつかもの)ですよっ!? まもなく二十九歳の独身女なんですよ(意味深)!?!?」

「ははっ!! 俺がいいって言ってんだから遠慮なく来いっ!」

 まるで妹を受け入れる兄のように、大きな腕を広げて"大歓迎"の意を表してくれる彼に涙と鼻水が止まらない。

(ややや……やったぁあああっっっ!!!
あまりやったことないけど……お料理もお洗濯も頑張っちゃうもんね!!
いくら完璧そうな瑞貴センパイでも! 男の人だもんっ!!
いいとこ見せて惚れさせちゃうゾ☆ なぁーんてね!!)

「……は、話はまとまったみたい……かな? じゃあ、うちの会社の雇用契約書にサインしてもらおっかな……」

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