青いチェリーは熟れることを知らない①

逢生ありす

文字の大きさ
34 / 92
チェリーの見る夢

冷たい雨3

しおりを挟む
「はぁ……」

(また瑞貴センパイの気持ちも考えずに口出ししちゃった……)

"……っなん……で、ちえり……"

 苦しそうに眉をひそめた瑞貴の顔を思い出すとキリキリと胸が痛む。

(……初めて見た、あんなセンパイ……。……こんなふうに、泣いて……?)

 不意に頬へと流れた一筋の雫。
 よくよく思い出してみると瑞貴は泣いていなかった気がする。我に返ったちえりは自身の頬へ手をあてがうと……

「……あれ?」

 少女漫画のヒロインのようにホロリと泣けてくる"か弱い"乙女ではない彼女はギョッとして立ち止まった。

「雨!?」

「……結構前から降り始めてたけど今頃かよ……」

「う、うそっ!!」

 『鈍感にも程があるぞ』と言いたげな鳥頭の冷たい視線を避けられるほどに運動神経の良くないちえりは、そのすべてを顔面で受け止めてしまった。

「そういう目で見ないでよっ! 顔が金縛りにあうじゃない!!」

「……どういう原理だよ。だったら顔だけそこに置いていけ。
……ったく……ほら、コンビニ寄るより走ったほうが早い。いくぞ」

 色気のないトークに苛立ったらしい鳥頭は、音を立て始めた雨に舌打ちしながらも、しっかりとちえりの腕を掴んで走り出した。

「え? え? ぎゃあっ!!」

 しっとりと濡れた彼の髪は調子を狂わせた鶏の鶏冠(とさか)のように若干勢いを失っているように見える。あまり目にしないその光景は意外と新鮮で『そのままでもいいんじゃない……?』と呑気なことを口走りそうになったちえりは、若い男の俊足に足がもつれてしまいそうになりながら可愛げもない声でヒィヒィと後方で叫んだ。

 社宅のエントランスに到着した頃にはすっかりびしょ濡れになってしまったふたり。

「パンプスも濡れちゃった……」

 所々に水溜まりを作りながら一階のエントランスを歩くと、外はすでに傘さえ無意味なほどの土砂降りとなっていた。
 幸い一定の室温に保たれたここは自動販売機もあれば、ゆっくり座っていられるソファやテーブルも備え付けてある。瑞貴からカードキーを受け取っていないちえりは部屋に入ることが出来ないため、彼が戻るまでこの場所で時間を潰すしかない。

「…………」

(……このまま座ったらソファが濡れちゃうよね。スーツ絞ったら皺になっちゃうかな?)

 瞬きしながらジッとソファの傍に佇むちえりに鳥頭の声が掛かる。

「なにボサッとしてんだよ」

 ちえりの行動が理解できないとばかりに鳥頭が濡れた髪をうっとおしそうに掻き上げる。

「ん? 瑞貴センパイが帰ってくるまで私はここで待つよ」

「……ふーん。じゃあな」

「……?」

(……なによ……その意味深な"ふーん")

 エレベーターへと消えていった鳥頭に何か言いたい衝動にかられたが、とりあえずスーツの上下とも濡れてしまったので脱いだ上着をテーブルの上に置かせてもらう。

「ちょっと肌寒いな……」

 濡れた髪が頬や首に纏わりつき、ブラウスを容赦なく濡らして体温を奪っていく。ちえりは二の腕部分を手のひらで擦りながら自販機でホットコーヒーを購入する。そして一息ついていると、入口から入ってきた社員たちにみすぼらしい姿を見せぬよう背を向けながらなんとかやり過ごす。

「なにやってるんだろって思われてるんだろうな……」

 そしてまたガラス扉が開く音がして、背を向けようとすると――

――コツコツ、コツン……

「……?」

 ちえりの背後でピタリと止まった足音。

(……う、なんか見られてる気がする……)

 恐る恐る振り返るとそこにいたのは……

「下着透けてんぞ」

「……げっ!!」

 まだ着替えてもいない濡れたままの鳥頭が仏頂面でタオルを手に立っていた。
 反撃する間もなくパサッと頭から柔らかなタオルをかけられ、"ありが……"と礼を言おうとすると。

「どこに行くの?」

 そのままエントランスを抜けて土砂降りの中へ飛び出そうとする彼へ声をかける。

「コンビニ」

「……傘も持たずに?」

 と、言った頃にはすでに鳥頭の姿はない。

(お腹でもすいてるのかな?)

 と勝手に想像しながら有難くタオルを使わせてもらうことにする。

「これ柔軟剤の匂いだべか……」

 嗅ぎなれたものと違うと余計匂いがはっきりわかる。
 そして彼が言っていた"待ってる女"の人物像が少し見えた気がする。ほのかに甘く、優しい香りがするこの柔軟剤を選ぶのは、ほんわか癒し系の女性だろうとちえりの女歴二十九年の無駄な知識が教えてくれた。

「あ、一応スマホ見とかないと……」

 着信、メール共に無し。

(まだセンパイと別れて二十分くらいだもん……連絡なんてあるわけないよね)

 ションボリを肩を落としていると、再びガラス扉が開いたので背を向けてスマホをバッグにしまう。そしてまたも目の前で止まった足音にちえりは振り返った。

「…………」

「…………」

 狼のようなクールな瞳がこちらを見下ろしている。
 見つめあったまま沈黙の数秒が過ぎると……

「お前風邪ひくぞ」

「……平気。私結構頑丈だから」

「知ってるか? チェリーは雨にあたると割れるんだぜ」

「割れるって……な、なんの話よ……」

「さくらんぼ」

「…………」

「…………」

「……あんたのそれジョークのつもり?」

「まだ木曜だ。熱でも出されて休まれると迷惑なんだよ。マジでしょーがねぇから部屋にいれてやる」

「……っ!?」

(や、優しいのか嫌味なのか……っ……!!)

 結局そう言われては彼について行くしかない。
 そしてここでひとつの不安が浮き彫りになる。

「ね、ねぇ……待ってる彼女がいるんでしょ? お邪魔して大丈夫なの?」

「好かれるか嫌われるかはお前次第だ」

「あ、そっか……わ、わかった! 第一印象が肝心よね……」

 と、気合を入れてエレベーターを降りたのは瑞貴と同じ二十八階だった。

(あれ……?)

 そして振り向きもせず歩き続ける彼が立ち止まったのは――

「うそ……隣り、だったの?」

「……言っとくけど狙ってここに入ったわけじゃねぇから。たまたま入居者が出てって空いてただけだ」

「……ふーん……」

(まぁ偶然ってそんなものだよね……)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

離した手の温もり

橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。

冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い

森本イチカ
恋愛
妹じゃなくて、女として見て欲しい。 14歳年下の凛子は幼馴染の優にずっと片想いしていた。 やっと社会人になり、社長である優と少しでも近づけたと思っていた矢先、優がお見合いをしている事を知る凛子。 女としてみて欲しくて迫るが拒まれてーー ★短編ですが長編に変更可能です。

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

【完結】1日1回のキスをしよう 〜対価はチョコレートで 〜

田沢みん
恋愛
ハナとコタローは、 お隣同士の幼馴染。 親から甘いもの禁止令を出されたハナがコタローにチョコレートをせがんだら、 コタローがその対価として望んだのは、 なんとキス。 えっ、 どういうこと?! そして今日もハナはチョコを受け取りキスをする。 このキスは対価交換。 それ以外に意味はない…… はずだけど……。 理想の幼馴染み発見! これは、 ちょっとツンデレで素直じゃないヒロインが、イケメンモテ男、しかも一途で尽くし属性の幼馴染みと恋人に変わるまでの王道もの青春ラブストーリーです。 *本編完結済み。今後は不定期で番外編を追加していきます。 *本作は『小説家になろう』でも『沙和子』名義で掲載しています。 *イラストはミカスケ様です。

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長(吉本) 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 雄一郎 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師(川木えみ) 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

処理中です...