ロクスタ〜ネロの愛した毒使い〜

称好軒梅庵

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第1話 アグリッピーナ

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 黄色い肌に網の目上の茶の斑が入った、不気味な模様の獣が私を見下ろしていた。
身体は馬に似て馬より遥かに大きく、首は天を突くほどに長い。
瘤のような角を生やした頭、長い鼻面。
私は下衣ストラを破られ、乳房も股間も露わにした姿で、この闘技場に設られた巨大な板に縛られている。
獣は女陰の匂いに興奮したのか、鼻息も荒く、口からは不気味に紫色の舌をのぞかせる。
獣は前脚を高く掲げた。
獣の桃色の長い男根は、触手のようにくねっている。

私は、この獣に、属州アフリカから連れて来られた麒麟カメロパルダリスなる珍獣に強姦されて、その後に処刑されるのだという。

麒麟の男根は、第二の首のように私の女陰を目指してのびてきた。

そんなことはさせない。
ネロ様。
この私は、ロクスタは、ネロ様の物なのだから。

目を瞑り、歯を噛み締める。
口の中に、私の作品の味が広がる。

薄れゆく意識の中で、私はネロ様との、そして可愛い毒たちとの思い出に溶け込んでいった。


 私はガリアの森の中で、ローマ人が言うところのガリア人、その中でも神官ドルイドの一族に生を受けた。
大人達が狩や略奪、あるいは農業に勤しむ中、木の実や茸を摘むのは子供の仕事だった。
ある時、木の実を戯れに齧った同い年の女の子が、急に苦しみ出した。
その時、私は下腹部が熱くなるのを感じた。
私は大人達の助けも呼ばず、その子の命の灯が消えていくのを、陶然と眺めていた。
毒との出会いであった。

父を始めとするドルイド達は、ならの木に巻き付いた宿木やどりぎを珍重していた。
楢の宿木は神聖であり、これを煎じて飲めばどんな動物も多産となり、あらゆる毒の解毒剤になるのだと言う。
そんな馬鹿な話があるか、と私は思っていた。
私は毒に魅せられて以来、捕まえた小鳥達に毒茸や毒の実を食わせて、症状の検証をしていた。
宿木の汁で回復した鳥はいなかった。
実際に毒を緩和するのは、宿木ではなく、楢の木の根元に生えるアガリクム茸という闇夜に光るきのこのほうだ。
ドルイド達は嘘ばかり言う。
ドルイド達は「言葉を文字にすると本来の意味から離れてしまう」などと言って、口伝の重要性をしきりに説く。
そのくせ自分たちだけはオガムと呼ばれる文字を使って、一般のガリア人には内緒でやり取りをするのだ。
ドルイドは、人間は、嘘ばかりだ。

でも、毒は嘘をつかない。
毒は状態にさえ気をつければ、確実に苦しみをもたらし、死をもたらしてくれる。

父は私のこの才能に気づき、対立する部族のドルイドを招いた際に、彼に出す料理を担当させてくれた。
苦しみもがいて死を迎えるその男を目の当たりにして、私は快楽と愉悦が身体の芯を焼くのを感じた。

私の部族はやがてローマ帝国に協力し、父は元老院議員となって、一家は都ローマに引っ越すことになった。

「このトーガという外套の嵩張ることといったら。それに、なんだこのトゥニカという着物は。股に風が入って落ち着かんわい」

父は貫頭衣を気持ち悪がって、トーガの下に股引きを履いていた。
私は大人達よりもすぐにローマに慣れた。
文化習俗もそうだが、何よりも品質に優れた壺や杯が多く手に入り、実験がやりやすくなったのが嬉しかった。

ある日、ローマ人の元老院議員が父のもとを訪れた。

「娘さんの噂を聞きましてね。もちろん報酬は弾みますよ」

標的はその元老院議員の父親だという。
私はその元老院議員の家に住み込みの女奴隷として働き、機を伺うこととなった。
議員は呆けているのに家督を譲らない父親が疎ましくなったらしい。
最初は非道い話だと思ったが、その標的の父親は、へらへらしながら私の胸や尻を触ってくる好色な老爺だったので、毒殺の夜には全く心が痛まなかった。
その夜、老人は食卓に運ばれてきた魚を見て、下品に舌なめずりをした。

「今日の主餐は活きたムルスか。色の変わるのが、楽しみじゃのう」

ムルスという魚はローマ人が高級魚として珍重する魚だ。
赤い魚なのだが、死ぬとたちまち白くなる。
ローマの貴族は敢えて生きたまま食卓に並べ、卓の上で〆てその変化を楽しんでいた。
だがな、すけべじじい。
お前はその変色を見ることはないんだよッ。
老人は私が前菜に入れておいた毒茸に苦しみだし、血を吐いて倒れた。
議員に私が目配せすると、議員は私を指差して叫んだ。

「ロクスタ!きさま、父上の料理に何を入れた!」

はめられたと気づく間も無く、私は警邏の兵に捕まえられて牢に入れられてしまった。
牢獄の前に議員が立ってせせら笑った。

「君の父上は暗殺の首謀者として捕えられそうになった時、抵抗してグラディウスの餌食となったそうだよ。まあ、じきにお前も父上と同じところに行くことになる」

「騙したのねッ!殺してやる!殺してやるんだから!」

議員は笑いながら去って行った。


 死刑執行の日。
私は生ごみのような食事が喉を通らず、骸骨のように痩せ細って、牢獄の床に転がっていた。
足音が近づいてきた。
刑吏がついにやってきたのか。

「あらぁ、そんなに痩せてしまって可哀想に」

それは内容とは裏腹に冷ややかな女の声だった。
顔を上げると、牢の前には貴人の女性が立っていた。
緋色の下衣ストラの上に、白地に金の豪奢な肩掛パルラを羽織り、両手で麻の袋を掴んでいた。
その女性は美しかった。
肌の色は抜けるように白く、黒髪は艶やかで、顔は女神の彫刻のように整っていた。
しかし、その目は、まるでガリアの森の中で猛威を振るっていた雀蜂のように、一切の感情の見えない不気味な目であった。

「ここから、出してあげるわ。これはお近づきの印」

女は麻袋の中身を取り出した。
それはロクスタをはめ、ロクスタの父を死に追いやった元老院議員の首だった。

「私の名はアグリッピーナ。貴女に協力して欲しいことがあるの。息子を、ネロを皇帝にするために」
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