帝都の影の下で~若いノンケの軍人さんが、年上のえっちな男娼さんに捕まってしまったようです~

真田火澄

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出会い ☆

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 この国が隣国と戦争をし始めてから、もう何十年経っただろう。
 街中では戦争が日常で、そういうものは軍が勝手にやってくれているもので、息子の就職先が軍だと分かると皆諸手を挙げて喜ぶような世界だ。

 架空歴四八五年九月。

 ここ、フィクティヴ帝国の一角で、その物語は始まった。

 血気盛んな男所帯で、性を発散させる場も少なく、更に軍内の風紀を乱しかねないと上層部が女性を入れたがらないせいで、若い軍人たちは帝都ヴェルダンディの外れにある歓楽街でよく娼婦や男娼を買った。
 軍内の若くて、細く、中性的な顔の者がその手の暴力に耐えているのも現状で、風紀を乱さない代わりにという建前でプロを買う者は多い。

 ヴェルダンディの片隅で生きているその男娼も、客を取るには(本人には申し訳ないが)相応しい顔をしていて、体格も細い。
 柔らかな髪は星群を集めたような深い紺色で、大きな紫の瞳と、右目の泣きぼくろが特徴的だった。十代の少女のようなそのぷりっとした肌と可愛らしい容姿に、同性相手だというのにドキリと男たちの心臓は跳ねた。

 彼の服装はその日によってまちまちだったが、左手首に巻いたガラス玉のブレスレットだけはいつも同じだった。
 やる気が無いのか、別に太いパイプを持っているのか、自分から積極的に男たちへ声をかけている様子はなかった。いつでも脱げるような格好をしているくせに、妙に隙がないせいもあるかもしれない。

 ワインのような赤毛を有したジークハルト・ワーグナー少佐が彼を知ったのは、下世話な先輩のせいだった。

 その日はイフフリート戦域会戦でのジークハルトの功績が認められて、大尉から少佐に昇格が決定した日の翌日であった。

「あら、可愛い軍人さん! こちらにいらっしゃいな」

「赤毛の軍人さん、一万でどう?」

 小柄な先輩の後ろを、大柄で高身長な自分が歩く姿はとても目立つようで、一歩進む度にキャッチの声掛けに進路を阻まれる。
 一九〇センチの身長に、軍人らしい屈強な身体。人当たりの良さそうな笑みに、芯の強そうな金色の瞳。先輩の言葉で言うところの「得体」を有したジークハルトを、客引きが見逃すはずがなかった。
 次々と手を伸ばしてくる彼らをどうにかいなしながら歩いていると、前方を歩く先輩が突然「おーい! いたいた!」と声を上げた。

「いいか、ワーグナー大尉。じゃない、今は少佐だな。俺からとっても良いプレゼントを渡してやる」

「プ、プレゼント、ですか?」

 嫌な予感しかしない。
 そもそも、こんな場所で渡されるプレゼントなど、ろくなものではないのだ。

 それでも先輩は、まあまあと笑って、電柱下に立っていた一人の男を呼び寄せた。

「軍人として誇れる階級にもなったのだし、お前も少しは遊んでこい」

 そうして当てがわれたのが彼……ツェツィーリアとなぜか女性名を名乗った、このやる気のない、やたら綺麗な顔をした男娼だった。

 下世話な先輩に肩を引き寄せられたツェツィーリアは、とても迷惑そうにタバコを吸っていて、軍内では滅多に会えない気怠げな人種に思わずたじろいでしまったのを覚えている。

 彼のこの名前は、おそらく本名ではなく、源氏名というやつだろう。

 ジークハルトも本名を言うのが気恥ずかしかったので、咄嗟に昨夜読んでいた本の主人公の名前……「ヴェルト」という偽名を告げた。ツェツィーリアはその名を聞いて眉を顰めはしたが、特に感想はない。

「じゃあ、ヴェルト、こっちね」

「……ああ」

 男にしては少し高めの、色気のある声がジークハルトの耳を撫でる。

 値段の交渉が終わってすぐ歓楽街にそびえるホテル群のうちのひとつに連れて行かれた。モーテルか汚いホテルに連れていかれるのかと思っていたが、ツェツィーリアが入っていったのは少し古めだが内装は至って普通のビジネスホテルだった。
 慣れた様子でチェックインを済ませ、エレベーターに連れていかれる。入った部屋は、大きなダブルベッドが中央にどっかりと置かれ、ソファとローテーブル、シャワールーム、少しの調度品。掃除は綺麗に行き届いている。

 綺麗な場所で良かったと思うが、だが残念ながら何もする気が起きず、ジークハルトは部屋に入ってすぐにさっさとソファに座った。

 扉の前で立ち尽くしていたツェツィーリアを手で呼ぶと、彼は驚いた顔をした後に隣に立った。

 しゃがんで太ももにそっと触れてきたツェツィーリアだったが、ジークハルトの固い雰囲気を察したのだろう。拳一つ分の距離を取って、大人しくソファに座ってくれた。

「しないの?」

「うーん……」

「まぁ、いいけどさ。その方が俺も身体がしんどくないし」

「……ツェツィーリアは、どうして男娼なんかになった?」

「俺、兄弟がたくさんいてね。学が無いから、こういうことをするしか無いんだ」

 タバコ吸っていい?と聞かれて、どうぞと促すと、キンッと良い音を鳴らしながらツェツィーリアはライターの蓋を弾いた。
 少し漢方のような匂いのタバコだ。美味そうに煙を吐いたツェツィーリアだったが、両膝を抱えてこちらを見上げてくる。

「俺としてはむしろ、俺を買ったくせに何もしてこないあんたの方が気になるけど」

 ツェツィーリアのゆるやかな色気を含んだ声が、ジークハルトの耳を通過する。

 たしかに、本当なら、この部屋の中央に置かれたあの大きなベッドの上で、彼とセックスをするのが正解なのだろう。そのために彼はここにいるわけだが、ジークハルトとしては先輩に言われたから彼を買っただけで、そういうことをする気にはなれなかった。

 人身売買をプレゼントだなんて。先輩も人が悪い。
 しかも、そこそこの値段を取られた。

 努めて冷静に、と心がけながら、ジークハルトは慎重に言葉を選んだ。

 ここでの行動会話はきっと先輩に筒抜けなのだ。彼らの関係性は分からないが、ジークハルトよりは深い仲なのだろう。

 もしかして、今自分は先輩といわゆる「穴兄弟」になるところなのだろうか。

 変な汗が垂れた。

 横から「どうしたの?」と聞かれたが、小さな咳払いをして思考を散らした。

「……私は、先輩に言われてあなたを買っただけだ。ホテルに入る姿も見せられたし、特に何かするつもりはないよ」

「男はダメ?」

「いや、ダメというわけでは……」

 ストレートである自覚はあるが、軍内のこうも『男女どちらでも可』という雰囲気の中で長年育てば、少しは考えも変わる。

 ただ、どうしても熊のような男らしいタイプは無理だ。ツェツィーリアのように、中性的でないときっと抱くことなんてできない。
 ツェツィーリアは、ふーんとつまらなそうにタバコを処理した後、一瞬の隙をついてジークハルトの足を跨いで乗り上げてきた。

「っ、ツェツィーリア?!」

「軍服も乱さず、シャワーも浴びずに出ていったら、何もしてないことがバレちゃうと思うけど?」

「それは、そうだけど……でも、」

 体格は大きく成長したが、ジークハルトはまだ十八歳だ。だが、そうと告げても、ツェツィーリアの態度は変わらない。しかも、「俺は二十七」と年齢を公表され、それにもジークハルトは目を白黒させてしまった。

「て、てっきり、年下かと……」

「あれ、嬉しいこと言うね。……ほら、どうするの?」

 細くしなやかな手がジークハルトの肩と首筋を撫でて、それに困惑するジークハルトを見てゆったりとツェツィーリアが口角を上げた。

 その表情は、まさに情事を思わせるものだった。

 彼の目の端に熱を持つのが見えたかと思えば、笑う口内にある赤い舌が目につく。ゆっくりと爪の先で撫でてくる行為に、無意識のうちに背筋が震えてしまう。

 彼の身体からふわりと香る甘い匂いが、脳の動きを鈍らせてきているようで、恐ろしい。

「大丈夫。あんたが嫌なら、セックスはしないよ。ただ、あんたの許しさえ貰えたなら……キスは、したいかな」

「まぁ、キスだけなら……」

 そう言ったジークハルトの首に、ツェツィーリアの腕が嬉しそうに絡みつく。手の置き場に困っていると、ツェツィーリアにクスクス笑われながら彼の細い太ももに置くよう導かれた。骨ばかりかと思っていたが、思いの外弾力があって揉み心地が良い。

 手からジークハルトの緊張がダイレクトに伝わってしまっていて、ツェツィーリアがゆったりと目を細めた。

「可愛い、ヴェルト。あ、もしかしてだった?」

「……いや」

 経験はある。が、それでも片手に収まるレベルだ。
 そういう経験よりも、己の上司であり親友のフェリックス・フォン・ビューロウを支える方がなによりも大事だと奮闘してきた結果だった。

 軽いリップ音の後、柔らかな感触が唇に触れた。ゆっくりと離れていくツェツィーリアを見て、彼にキスをされたのだと理解する。

 まだクスクスと笑っているツェツィーリアに、腹が立った。弄ばれているのは理解しているが、こうまでコケにされるのは気に入らない。

 彼の小さな後頭部を掴んで、今度はジークハルトから仕掛けると、ツェツィーリアはまた小さく笑って応えてくれた。

「ぅん……じょうず」

「からかわないでくれ」

「ふふ。ねぇ、もう一回して?」

「ん……」

 静かな部屋に、小さな水音が響く。
 頭の中が痺れてくる。

 軽いキスをしていく中で、ツェツィーリアの柔らかな舌がジークハルトの口角を突く。

「ツェツィーリア、それ以上は、」

「だめ?」

「だめ、というか、その、」

「キスだけ。キスだけだから」

 そう言いながら、ツェツィーリアが緩く腰を揺らしたのを感じ取る。静止する間もなく、口が合わさり、唇を食まれながらゆっくり離れていく。

 彼は男だ。
 彼は男。 

 言い聞かせるのも空しく、何度も降るキスを受け止めていくと下半身に熱が集まり始めてしまった。
 ツェツィーリアの内ももに熱が触れ、気まずくなって顔をそらすとツェツィーリアがニィと笑った。

「恥ずかしがらなくてもいいのに」

「うぅ……大丈夫だから。自分でどうにかする」

「そんなに頑なにされると、逆に傷つくんだけど」

「うっ」

「ヴェルト。どうする?」

 ちらりとツェツィーリアを見る。
 あまりも優しげなその表情に、あーだのうーだの唸りながら顔を戻す。

「いいよ。おいで」

 ツェツィーリアの声があまりにも優しくジークハルトの耳を撫でた。

 ******

 まぁ、そのあとは流れに身を任せてしまって。結局彼とセックスをしてしまった。遊ぶつもりはないなどと言ったくせに、このザマだ。

 しかも、ソファで一回、ベッドに移動して更に一回。

「あっ、ああ! やば、きもちい……っ、ああッ!」

 鼓膜に届くツェツィーリアの甘い声が、ますます腰を痺れさせた。無心で、彼の後穴に突き入れる。

 自分が自分ではないような感覚だった。

 ふわふわと香るツェツィーリアの甘いにおいも、感じ入っている彼の顔も。
 可愛い、と、感じてしまった。

 こつんこつんと、奥の壁を叩く。そうする度にツェツィーリアは腰を跳ねさせ、「おっきい」だの「そこだめぇ」だのともがく。そんなツェツィーリアを抱きしめるようにして押さえつけて、無我夢中で腰を振った。

「あっ、アアッ……! ヴェルト、ヴェルトぉ……!」

「ん、っ、はぁ、!」

   こんなに気持ちいいのは初めてだ。
 頭の中が、「気持ちいい」と「可愛い」でいっぱいになってしまって、ツェツィーリアの言葉が耳に入ってこない。

 あぁ、もう、駄目だ。

 そんなこんなで、場所を変えて二回。

 自分の単純っぷりに、思わずシーツに包まったまま唸ってしまうと、横で同じく全裸でシーツに包まっていたツェツィーリアがクスクス笑った。

「……笑わないでくれ。恥ずかしい」

「ふふ。まぁ、いいんじゃないの。若い証拠。それに、たまには発散するのも大切だと、俺は思うな」

 衣擦れの音の後、怠いだろうに、ツェツィーリアが起き上がった。ベッドの上に散らばった服をかき集めている姿を、ジークハルトはぼんやりと寝転がったまま眺める。

 率直に言って、凄かった。

 こんなことを言うと過去の相手の女性に失礼かもしれないが、あの時体験したものとは比べ物にならないくらいだった。こんな行為を仕事にするぐらいなのだから、これはきっとツェツィーリアのテクニックというやつなのだろうが。

 滑らかな肌は食むと甘く、ジークハルトが触れる箇所全てにツェツィーリアは身体を捩って感じ入った。
 規格外とも言えるジークハルトの巨大な陰茎を見て若干ツェツィーリアの顔が引き攣っていたものの、押し入った後孔は柔らかくジークハルトを包み、時に痛いほど締め付けてきた。

 まるで麻薬のようだ、とも思う。

 全身でジークハルトを求めてきた。その時の表情が、こちらの腰を引き寄せた彼の艶かしい脚が、忘れられない。あれがたとえ演技だったとしても、それでもいいと思える。

 ぼんやりと先ほどまでの行為を思い出していると、服をかき集めていたツェツィーリアの手が、ふとジークハルトの軍服に触れるのが見えた。

「ねぇ、ヴェルト。これ、着てみてもいい?」

「え? ……あぁ、いいよ」

 嬉しそうにこちらを見たツェツィーリアを、断れるはずもなかった。

 起き上がったジークハルトの許しを得ると、ツェツィーリアは素肌の上から軍服のジャケットを羽織った。

 体格が二回り以上も違うせいで、袖が大きく余ってしまっている。立ち上がればおそらく尻くらいは簡単に隠してしまうだろう。
 それぐらいサイズが違うのに、ツェツィーリアは嬉しそうだった。

 スンスンと襟元の匂いを嗅がれたのは閉口してしまったが、その小さな身体を軍服ごと横から抱きしめると、ツェツィーリアはまだ楽しげに笑う。

「新しいお洋服の匂いがする」

「昨日、少佐になったばかりなんだ」

「え? そうなんだ! おめでとう」

「ありがとう」

 柔らかな髪に鼻を埋めてから髪や耳裏に優しくキスを落としていくと、ツェツィーリアの手がジークハルトの頬を優しく撫でた。

「ヴェルトは、こういうの好き?」

「……まぁ、嫌いではない、かな」

「ふふ。そっか」

 そのまま唇にキスが出来ないだろうか、と顔を寄せたが、ツェツィーリアの小さな手がジークハルトの顔を押す。

「だぁめ。これ以上は追加料金」

「……」

「そんな顔しないでよ。あんたには悪いけど、こっちは商売なんだ」

「次はいつ会える?」

 未練がましいと思うだろうか。

 ただ、抱いた身体も、縋ってきた声も、全て守ってやりたいと思った。

 この戦争下において、彼のような社会的弱者は有事の際はすぐさま殺されてしまうだろう。それだけは絶対に避けたいと、せめてツェツィーリアだけは守らなければと、彼の中に包まれた時に思ったのだ。

 これは、恋だ。

 我ながら単純だとは思うが、恋だ、と思う。

 同性相手にそんなものを抱くとは思っていなかったのに、彼を護り愛したいと願うこの想いは、恋と表現する他ない。

 ジークハルトの願いなどカケラも気づいていないツェツィーリアは、こちらの少し乞うような声にピタリと固まってしまう。

 そういうのは嫌いか、と抱きしめていた腕を緩めるが、今度はツェツィーリアの方から胸に飛び込んできた。
 ぎゅう、と、強く抱きしめられる。顔が見たいと緩く片腕で抱きしめ返して頬を指の背で撫でてみるが、ツェツィーリアはいやいやと首を振った。

「こういうのは、ほんとは良くないんだろうけど……」

「うん」

「あんたが望むなら、いつでも身体空けるよ。太陽の橋の近くにいるから、声かけて」

「……個人的に連絡は、」

 ああ、なんと女々しい発言だろう。こんなことでは、ツェツィーリアどころかフェリックスすら守るなんて出来ない。

「そういうのは、無し。……まぁ、あんたの今後の頑張り次第かな」

 そう言ってこちらを見上げて笑うツェツィーリアは、今日見た中でも一番可愛らしかった。
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