帝都の影の下で~若いノンケの軍人さんが、年上のえっちな男娼さんに捕まってしまったようです~

真田火澄

文字の大きさ
8 / 34

小さな小話

しおりを挟む
 架空暦四八六年二月

 人間には必ず「裏の顔」があるものだが、ジークハルトのこの、ツェツィーリアとの逢瀬はまさしく「裏の顔」と呼ぶに相応しいだろう。

 フェリックスですら、ジークハルトは品行方正で、汚い部分などまるでなく、(多少の血の気の多さはともかく)いつも穏やかな笑みを湛えた、至ってノーマルな性嗜好をしていると思っていたのだ。

 品行方正だったり、汚い部分がないだののくだりは自分では分からないが、性嗜好に関してはツェツィーリアと出会うまでは至ってノーマルだと、ジークハルト自身も思っていた。だから、こうして、顔があまりにも可愛らしいことを除けばれっきとした男性であるツェツィーリア相手に性的興奮を覚えてしまっているのは、ジークハルトにとっては予想の範疇外であった。

 先月の事件が起きるまではフェリックスに嘘をついて外出するのは非常に心が痛んだものの、あの一件以来フェリックスにのみ隠す必要が無くなったのはある意味僥倖だろうか。少し気まずくなって出かける頻度が減ったのは、まだジークハルトが若く経験が足りないせいとしておく。

 さて、そんな「裏の顔」についてだが、ツェツィーリアはどうだろう。

 彼は、ジークハルトの前では非常に従順だった。

 喜怒哀楽の中の喜と楽をハッキリと態度に出して、万人に愛されるような人懐っこい笑顔を浮かべる、彼。

 フェリックスに向かって、バッサリと言い切るような発言をしていたくらいだから根は違うのだろうが、ジークハルト相手には比較的素直な反応を見せていた。

 美味しいものを食べれば少し大げさに驚いて見せ、ジークハルトに会えば嬉しさを隠しもしない。
 ただ、あれは作られた人格だろう、と、最近のジークハルトは分析している。

 あれは、なんでもない平日の夕方の話だ。

 ジークハルトとフェリックスが、仕事終わりに連れ立って街に繰り出した時だった。

 夫人ふたりが旅行に出掛けていた日で、今日のディナーはどこで食べようか、とあれこれ思案しながら歩いていると、前方で何やら言い争う男たちを見た。

 ひとりは大柄で、相手の男の腕を掴んでどこかに連れて行こうとしているところで、相手の男はそれを全身を使って拒否している光景だった。

 なんだ、と、見て、その全力で拒否している方の男を見た時、ジークハルトの身体は自然と動いてしまった。

 濃紺の髪に、細身の身体。右目の泣きぼくろ。ツェツィーリアである。

 またか、なんて溜息が横から聞こえたようにも思えたが、その時のジークハルトは気にする余裕がなかった。

 また、ツェツィーリアが連れていかれる。

 それだけを回避したかった。

 男とツェツィーリアの間に割って入り、少し睨みをきかせただけで、男はすぐさま何ごとか呪詛を吐きながら去っていく。
 一九〇センチの大柄な男に、遥か上空から睨まれるのだ。ジークハルトに果敢に挑んでくる人間はそうそういない。

 その時だった。

「チッ……腰抜けの租チン野郎め……」

 おそらく、無意識だったのだろう。それとも、心の中だけの声だと思っていたのだろうか。
 ジークハルトの背後から、聞き慣れた声で、聞き慣れない舌打ちと発言が聞こえた。

 驚いて振り返ると、キョトンとこちらを見上げてくるツェツィーリアと目があって、もしかして今のは聞き間違いだろうか、と頭が混乱する。

 ゆっくりと歩いてきたフェリックスに、今度は何をしでかしていたのか聞かれたツェツィーリアは、いつもの調子で「なんでもないよー」と言うばかり。

 申し訳なさそうに眉を下げ、ジークハルトに向かって「ありがとう、助けてくれて」なんてお礼を告げてくる。

「ツェツィーリア、怪我はない?」

「うん。大丈夫だよ、ヴェルト。ありがとう」

「で、さっきの男はいったいなんだ」

「んー、知らない人。お客さんでもないかな。歩いてたら肩がぶつかって、そこから因縁つけられたんだ」

 ほんと最悪、なんてフェリックスに向かって怒った様子を見せている。あの舌打ちは、あの棘のある言葉は、本当にツェツィーリアだったのだろうか。どうにも信じがたかった。

 その後の食事の場で、フェリックスにそのことを話すと、ワインを飲みながらフェリックスはクツクツと喉奥で笑った。

 そして一言、「あれの本性はそっちだろうな」と言った。

「前に言っただろう。あの男はただの男娼ではない、と。お前が思っているほど、俺にはあいつが弱々しいものには見えなかった」

 そうは言うが、立場上彼はフィジカルに頼れる部分は少ないように思う。

 触れた肌は、痩せていたが柔らかさがあったし、あまり筋肉が育っている風でもなかった。

 きっとあれが、ツェツィーリアの「素の表情」であり、ジークハルトからしたらあれが彼の「裏の顔」なのだろう。おそらく今後、あの刺々しさがジークハルトの前に出てくることはない。

 それは少し寂しいことではあるが、ツェツィーリアの処世術をこちらが崩す理由もない。だが、しっかり隠してきたはずのツェツィーリアがうっかり出してしまったという事実に、存外ワクワクしてしまっている。

 もう少し観察していよう、とジークハルトは心に留めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

イケメン大学生にナンパされているようですが、どうやらただのナンパ男ではないようです

市川
BL
会社帰り、突然声をかけてきたイケメン大学生。断ろうにもうまくいかず……

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...