帝都の影の下で~若いノンケの軍人さんが、年上のえっちな男娼さんに捕まってしまったようです~

真田火澄

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これからのために 1

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 架空歴四八六年十一月

 何もこんな時に、と思わないでもないが、どうも貴族というのは楽観主義が多いようだ。

 フェリックスが青筋を立てながらジークハルトへ渡したのは、とある中立国の都市で行われる会議の警備隊を指揮せよという指示だった。会議とは名ばかりの、単なるお気楽パーティであることは暗黙の事実である。

「私が、ですか」

「そうだ。どうやら、叛徒どものテロ予告が届いているらしい。その警備に、なぜか、お前をご指名だ」

 腹立たしいと言わんばかりに、フェリックスが鼻を鳴らす。その横で彼の副官が引き継いで、当日の流れを教えてくれた。

 ヴェルダンディから出発する貴族専用の民間機での移動になった点もフェリックスの機嫌を損ねたようで、せっかく作ったお前のスノトラ部隊が可哀想だと、本来言いたいことを全てねじ伏せてつぶやいてくる。

「事前に向こうの駐屯基地に部隊を送っておきます。他の配備も済ませておいたほうがよさそうですね」

「ああ、そうしておけ。まったく、部隊司令官だというのに、何が悲しくて民間機で移動などと……」

 しかも、テロ予告がされているような場所に、部隊配備をせずに行くなど、愚の骨頂である。レオンとその副官もつけると言われたらしいが、それもそれで我が親友の機嫌は悪くなる一方だった。結局、民間機に同行するのはレオンのみとなり、レオンとジークハルトの副官は二人の部隊と共に該当の国へ事前配備となった。

 そこから出発日まで、普段の忙しさが更に倍になってジークハルトにのしかかってきた。

 ヴェルダンディを出発し、該当の中立国までは一日で着く。だが、会議が終わるまでの二ヶ月間は確実に帰ってこられない。

 長期に渡る任務の前にも必ずツェツィーリアに会いに行っていたのだが、今回はなぜかツェツィーリアを捕まえることはできなかった。

 ここ最近のツェツィーリアは、どこかおかしい。

 捕獲が難しいのはいつものことだが、ヴェルダンディそのものから姿を消すことが多くなったように思う。妙なことに巻き込まれていなければいい、と願うばかりだが、彼の安否を確認する術がない今ジークハルトは目の前の仕事を片付けることに集中するしかなかった。

 ヴェルダンディ出発当日、軍服に身を包んだジークハルトは、やたらと豪華な民間機に、他の貴族たちと共に乗り込んだ。

 この民間機は、アプロディーテーの名を冠した、貴族以外の人間はまず乗ることができないオールファーストクラスの高級機だった。チケットを取るにも莫大な金がかかり、己の財産を誇示するために乗るのだ、なんて話も飛び出すくらいだ。上級士官とはいえ、身分として平民なのはジークハルトたちぐらいなものである。

 便数は極めて少なく、そのせいで今回の会議に参加する貴族や元老院議員で満席であった。

 ジークハルトとレオンの席は中央より奥の席で、キャビンアテンダントに誘われて席に座る。

「離陸後のお飲み物は何になさいますか?」

「あー……じゃあ、ジンジャーエールを」

「私は白をもらおうか」

「はい。かしこまりました」

 長い栗毛をまとめているこの女性キャビンアテンダントはにこりと微笑むと、他の席に座る客にも注文を聞いて回る。

 それをなんとはなしに眺めていると、ふと二列先の斜め前に座る男に目がいった。
 星群をかき集めたような濃紺の髪を柔らかくジェルでまとめ、仕立ての良いスーツに身を包むその男。耳には大量のピアスがハマっていて、その斜め後ろからの姿にどこか見覚えがある。隣の席は誰も座っていないようだった。

「どうかされましたか、ワーグナー准将」

「……いえ、知り合いを見かけたような気がしたので」

「知り合い?」

「はい」

 声をかけようかと腰を上げたところで、離陸体勢に入るアナウンスが入ってしまい、ジークハルトは渋々腰を無駄にふかふかする椅子に沈めた。

 ヴェルダンディを無事に出発し、広大な空に飛び出した頃。シートベルトを外してよいと自動アナウンスが流れる。先ほどの男が気になって顔を上げるが、しかし、男の姿はなかった。

 ジークハルトの前にジンジャーエールを置いた男性キャビンアテンダントに話を聞くと、今回の便を取り仕切るリーダーであると言う彼はにこやかな顔を更に華やがせた。

「あちらに座られていたのは、セシル・アデルハイト・フォン・ミュンヒハウゼン伯爵でございます」

「ミュンヒハウゼン伯爵?」

「はい」

 脳内の記憶を掘り起こしてみるものの、ミュンヒハウゼン侯爵という名前にピンとこなかった。黙ってしまったジークハルトに、キャビンアテンダントはにこりと微笑んで仕事に戻っていく。

「へぇ、あの噂のセシル・アデルハイトが乗っているのか」

「ご存知なのですか? ラインクラウゼ中将」

「本人にお会いしたことはないが、有名人ですよ。侯爵秘匿の跡取り息子ってね」

 そう言ってレオンがジャケットから小型タブレット端末を取り出して、ミュンヒハウゼン侯爵家について書かれたページを開いて見せてきた。

 ミュンヒハウゼン侯爵は、ヘイムダル伯爵家とそう大差ない歴史を誇る名門貴族だという。
 現在の当主であるヴィクトル・ヨハン・フォン・ミュンヒハウゼン侯爵は、今年で七十歳になるにも関わらず、屈強な身体つきをした大柄な男だった。

 政治に興味がなく、極度の軍人嫌いのようで、自身の領地に住む領民をいかに戦争に巻き込まないかのみに注力している、とあった。そのおかげで領民からの信頼は厚く、悪口が好きな人種からは「第二の帝国を築こうとしている不届き者」扱いを受けているようだった。

「愛妻家としても有名な御仁ですが、ヴィクトル・ヨハン本人が子をなせない身体だったそうで。夫婦二人、慎ましく生活しています」

 レオンの補足に、なるほど、と指を滑らせると、別のページに目が止まった。

 残念なことにヴィクトル・ヨハンは一人っ子で、過去の戦争の影響で近しい親戚もおらず。このままでは名門侯爵家が潰えてしまうと危惧した周囲が、養子縁組を持ちかけたらしい。
 それが今から二十年前。
 各地のいろいろな成り上がり思考の人間たちが、いろいろな人間を当主の前に差し出したが、どれもこれも気に入らず、首を横に振る毎日。
 そんな時、唐突に当主自身が養子として連れてきたのが、今回この便に乗っているセシル・アデルハイトだったらしい。それが約六年前だ。

 セシル・アデルハイトとやらの名前で検索してみるも、画像は一枚もヒットしない。彼の画像を出さないのはどうも現当主の意向らしい。

 そんなセシル・アデルハイトについて、様々な憶測が飛んでいる。

 年齢不詳、経歴不詳。名前の響きから女性かもしれない、そもそも存在していないなどと言われているようだ。

 そんな、年齢も経歴も不詳の人物が、顔も隠さずに乗っている。

 キャビンアテンダントの顔が華やいだのも、そのあたりが原因だろう。ジークハルトの前に座る夫婦の耳にも聞こえてしまっていたようで、しきりにミュンヒハウゼン伯爵について小声で話していた。
 もう一度、斜め前の席を見る。まだ戻ってきていないようだ。

 もし仮に、あのセシル・アデルハイトが、ジークハルトの考える人物と同一人物なのだとしたら。
 タブレット端末をレオンに返し、ジークハルトは席を立って目的地へ足を向けた。

 *****

 キャビンアテンダントに場所を確認して、廊下に出る。ジークハルトの考える人物と同一人物であるなら、きっと彼は喫煙所にいるはずだ。
 スタッフルームを通り越した先は化粧室と喫煙所が詰め込まれていて、角を曲がろうとしたジークハルトはそこに至る廊下で誰かが話している声を聞き、立ち止まった。

「ああ、こっちは問題ない」

 聞き覚えのある声だ。柔らかな色気を含んだ声は、ジークハルトの耳によく馴染んでしまった。

「……あ? あー……最後の一箱だったんだよ……そう。まあ、あとは寝て過ごすよ。めんどくせぇ」

 誰かと一緒なのかと思ったが、どうやら電話で話しているようだった。
 そっと覗き込むと、見慣れた濃紺の髪を持つ男が、見慣れないスーツに身を包んだ姿で、壁に寄りかかっているのが見える。こちらに背を向けているおかげで、まだバレていないようだった。

「……ああ、わかった。また連絡する」

 話に一区切りついたようで、男は大きなため息をついてますます壁にめり込み始めた。と、その体勢のまま「おい」と言われる。

「そこにいるんだろ。出てこいよ」

 星群色の頭が、ゆっくりと姿勢を正しながらこちらに振り返る。右目下の泣きぼくろに、紫水晶の瞳。人形のように整った美しい顔。耳に嵌るイヤホン型通信機はともかく、見慣れた『ツェツィーリア』そのものだった。

「……ツェツィーリア?」

 他人の空似、で片付けるには無理がある。確信をもって名前を口にするも、紫水晶の瞳は鬱陶しそうに細められるばかりだ。

「あ? 誰と間違えてんだ? 悪いが、俺はツェツィーリアなんていう名前じゃない」

 彼の前に立ったジークハルトに向けられる視線と言葉は、普段の彼から感じるものとはまったく異なり、トゲがやたらと鋭かった。

「でも、」

「俺は、セシル。セシル・アデルハイト・フォン・ミュンヒハウゼン。堅苦しいのは嫌いだから、セシルでいいぜ。あんた、フィクティヴ帝国軍の人だろ。じーさんには軍人とは話をするなって言われたけど……短い間だが、同じ便に乗ったよしみだ。仲良くしようぜ」

 そう言って右手を差し出しながら笑った彼の顔は、見慣れた『彼』の表情そのものだった。

 過去に『彼』に言われた言葉が蘇る。

『実は俺はどっかの国のスパイで、あんたのこと監視してるのかもよ』

『婆ちゃんとはもう六年くらいの付き合いかなぁ。爺ちゃんの方は二十年くらい』

 あの言葉は、あまり本当のことを喋りたがらない『彼』の、唯一の本音だったのかもしれない。
 右手を差し出してきた彼の頭から爪先まで、改めて確認してみても、やっぱりジークハルトにとっては『ツェツィーリア』その人でしかなかった。

「? どうした、軍人さん」

 聞き慣れた声は、いつもの名前を呼ぼうとしない。
 目の前にいる彼が、あくまでも他人のふりをするというのなら、ジークハルトにできることはひとつだ。

「……わかりました。セシル。私は、フィクティヴ帝国軍准将ジークハルト・ワーグナーです。よろしく」

 そう言ってセシルの手を握る。ジークハルトの対応にセシルは目を丸くして驚いたようだったが、すぐに表情を切り替えて「よろしく」と言った。
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