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喫茶ひだまり。
しおりを挟む5:多喜田友佑
結局、2週間のうちに犯人は見つかることなく喫茶ひだまりが関係あるのかもわからないままだった。
僕はとりあえずヒナちゃんが言っていた土曜日の11時にひだまりへ向かった。ヒナちゃんが本当に来るかもわからないのに、それでもこの2週間彼に会って伝えないといけないとばかり考えて、全く勉強にも集中できなかった。おかげで数学のテストは補修を受けたし、力にもずっと心配されていた。
「友佑クンじゃん。やっほー!」
「あ、ひ、ヒナちゃん!」
ドアの前でウロウロすること5分、腰まで長いウイッグの髪を三つ編みにしたヒナちゃんがこちらに向かってくる。その笑顔に、無意識に自分の表情筋が緩むのがわかる。ヒナちゃんは前回とは違うが変わらず体のラインが出ないワンピースを着込んでいた。帽子を被りメガネをかけている姿はいつもと少し雰囲気が違い、お姉さんのようだった。
いや、見とれている場合じゃない!
「あの、ヒナちゃん! ちょっと、店に入る前に話があるんだ」
「え? 何で? 私お腹ペコペコなんだよねー。ほら、パンケーキが美味しいって話したでしょ? 食べようよ」
「いや、それは食べるけど……その前に、少しだけ! お願い!」
僕が必死に頭を下げるとヒナちゃんも様子が変だと思ったのか「うーん」と唸った後、小さく頷いてくれた。
「じゃあちょっとだけだよ」
「ありがとう!」
僕はまたガバッと大袈裟に頭を下げる。ヒナちゃんはそんな僕を「どうしたの?」と能天気に笑っていた。
並んで歩き、店から少し離れたところで僕は彼に本題を持ち出す。
「あのさ、今月の頭にあった事件知ってる? 焼死体が出た事件」
「あー、もちろん。怖いよね、この街でそんな事件があるなんてさ」
「情報源は言えないんだけどその被害者がひだまりに通っていたんだって。だから、もしかしたら事件の関係者がお店にいるかもしれないんだ」
ヒナちゃんをだた心配していることを伝えたくて、僕は彼を見た。ヒナちゃんは真っすぐに僕を見つめ真剣な顔で話を聞いてくれた。大きな瞳は事件の話が信じられないのか怖がる様子もなく澄ましている。
「友佑クンは私を心配してくれてるんだね」
「う、うん。だから、そのお店にはあまり通ってほしくないっていうか……」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。私、お店では注文でしか人と関わってないし」
「でも、猟奇的殺人犯かも……」
「心配し過ぎだよー。心配性なんだね、友佑クンは」
あははと能天気に笑う彼は、全く事件を怖がる様子なんてなかった。「自分には関係ない」と感じるのは当然なことかもしれないが、それでも僕は万が一のことを思うと、ここで彼をどうにか説得しないといけないと焦る。
「心配し過ぎかもしれないけど、もしヒナちゃんが巻き込まれたら、僕……嫌なんだ」
「じゃあ、友佑クンが守ってよ」
「へ?」
「私が狙われないように、ひだまりでは傍にいて。ね、お願い」
「狙われないようにってどうしたら……」
「一緒にパンケーキ食べるだけでいいじゃん。大丈夫だよ、猟奇的な犯人なら同じ場所から相手狙ったらリスク高すぎだし。心配なら傍にいて怪しい人いないか見張って。ね?」
彼の僕と同じくらい大きな手が、僕に触れる。今日も変わらず可愛いネイルが施された長く細い指は一見女の子のものだけど、握られた感触はしっかり筋張っていた。
それでもドキドキと胸を打たれるのは完全に、推しに打ちのめされたオタク故だろう。
傍にいて。そんなことを推しに言われて嬉しくないわけがない。それに、ヒナちゃんの言う通り、犯人が同じ場所からターゲットを見つけるのは犯人逮捕のリスクが高まるのだからそこまで心配しなくても良かったのかもしれない。
「じゃ、じゃあ一人でひだまりに行かないって約束してくれる?」
「仕方ないなー。いいよ、約束してあげる。だから、食べに行こ?」
あざとく首を傾げられて、僕はもう駄目だった。
ウンウンと激しく頷くと、ヒナちゃんは「やった!」と笑い、僕の腕を引いて店の方へ戻った。
その天使のような笑顔を見ているだけで、僕は昇天してしまいだった。
ヒナちゃんオススメのパンケーキを頼み、僕は普段食べない甘いものを頬張りながらSNS用にか写真を撮っているヒナちゃんを眺めていた。
僕は女の子が好きだ。クラスメイトでヒナちゃんに似ている加山さんの顔が大好きだし、彼の女装姿に惚れ込んだのだから、これは揺るぎない事実だ。
でも、実際に出会って繋いだ手が男性のものであっても彼の一挙一動に胸を掴まれるのは何なのだろう。これが推しの力なのかもしれないけど、もしかして僕は男でもアリなのだろうか。
そんな疑念を抱きながらヒナちゃんを見ていると、彼はようやく写真を撮り終わり「いただきます」と丁寧に手を合わせた。そういう所作が女の子らしさではなく人間としてとても魅力的に思える。
「そんなに見つめてもなーんも出ないよ?」
「あ、ご、ごめん!」
「いいけどさー。本当に私の顔が好きなんだね」
帽子を脱ぎ髪の毛を払い、彼が小さい一口を食べる。
見とれてしまって声が出ずにいると、ヒナちゃんが恥ずかしそうに少し頬を赤らめた。
「もー! ジロジロ見られたら食べにくいよ!」
「ご、ごめん」
「ほら! 友佑クンも食べて食べて!」
促されて僕はパンケーキを一口でたくさん頬張る。正直、甘いものはそんなに得意ではないけど彼に勧められたら断れない。というか、推しの好きなものは一度は経験しておきたいものである。僕はその甘すぎるクリームをなんとか飲み込んだ。
ヒナちゃんは小さく切ったパンケーキを口に入れては幸せそうに口角を上げる。そんな姿を見て、僕はさっきまでの事件の心配よりも幸福感に支配されていた。
「ヒナちゃんは、その、高校近いの?」
「もしかしたら君と同じ学校かもよ?」
「えー、それなら僕、わかるよ」
「ふふ、どうだろうね?」
ヒナちゃんは僕の質問をはぐらかす。そりゃあ連絡先だって教えてくれないんだ。学校なんて教えてくれるわけないか。
「じゃあ私からも質問。友佑クンは学校楽しいですか?」
「え、まぁ……フツーかな」
「フツーかぁ」
「ヒナちゃんは、楽しい?」
「私はねー、学校はあんまり好きじゃないかな」
いつとニコニコしているヒナちゃんがそう言うとは思わなかったので、僕は思わず「え」と声を漏らしていた。そんな僕をおかしそうにヒナちゃんが笑う。
「学校ってできるとかできないとか、そーいうのハッキリするでしょ? 私、そういうの嫌なんだよね。上手いか下手かより好きかどうかの方が大事だと思うからさ」
「そうなんだ……」
昔は勝ちゃんと「できるかできないか」を競っていた身分としては彼の言葉に素直に頷けなかった。確かに上手いか下手かハッキリさせられる授業が多く、特に体育では嫌な思いもするけれど、そんなに深く考えたこともない。できないならできないでいい。僕はそう思ってしまう。
「動画は楽しいの?」
動画投稿だって、「再生されるかされないか」がハッキリする。数字が明確に出て、学校のように世間からの評価が明確に出てしまう。
ヒナちゃんは僕の問いに迷わず、頷いた。
「うん、楽しいよ。だって、好きでやってるから。女装も、ゲームも、歌も、配信の雑談も。全部私が好きでやってるの。私は、好きに、自由に生きたいんだ」
僕には自由に生きる彼があまりには眩しく見え思わず目を細める。彼は太陽のようにキラキラ光る髪の隙間から見える青い瞳を輝かせ、笑みを浮かべた。
推し活って、何度でも恋することなのかもしれない。
男だとか、女だとかそんなことはどうでもよかったんだ。
僕はただ、ヒナちゃんが好きだった。愛おしいほどの眩しい光で包んでくれる彼が、好きなのだ。
「友佑クンは、楽しいことって何なの?」
「……推し活」
「そっか。私の活動にも意味があるんだねー。嬉しいな、これならも応援よろしくね」
ウインクをする彼に何度も心を奪われ、僕は何も応えることができないまま機械のように頷いた。
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