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白鳥青空。
しおりを挟む4:多喜田友佑
翌日のお昼休み、僕と力は望木くんに話を聞きに行った時のように隣のクラスへ出向き件の白鳥青空を探した。
保育所の写真では白鳥さんは他の子からずば抜けて背が高くボーイッシュな短髪の少女だった。僕らは昨日勝ちゃんに教えてもらった顔を頼りに彼女を探す。
「君たちが多喜田くんと曽田くん?」
「え?」
ドア付近で怪しい様子の僕たちに、長身の女性が声を掛けてきた。彼女は170センチ近くある僕と同じくらいの目線の高さで、短い黒髪に鋭い眼光を持っていた。ふと、その顔を見た途端に昨日何度も確認した白鳥さんの顔がちらついた。
「もしかして、白鳥さん?」
「そうです。白鳥青空です。やっぱり男鹿くんの言う通りでした」
「男鹿くん?」
全く頭になかった人の名前を言われて思わず首を捻ると、白鳥さんは鋭かった目つきをふにゃっと柔らかくして笑った。その笑顔は保育所の頃から変わらない、屈託ないものだった。
「バスケ部繋がりで男鹿くんとは仲良くしてるんですよ。その男鹿くんが友だちの都筑くんから君たちの話を聞いたって話てたんです。何でも探偵ごっこをしているとか」
「勝ちゃん、僕たちのこと男鹿くんに話してるんだね」
力が耳打ちするように、意外な事実だった。勝ちゃんが僕らのことをわざわざ男鹿くんに話したってことはそれだけ僕らの行動に関心があるのだろうか。それに探偵ごっこなんて言われているのは心外だ。僕はただヒナちゃんを知りたいだけであって事件を暴こうとしているわけではないのだ。
なにはともあれ、今は好機だ。幸いにも白鳥さんは僕らを敵対している様子はない。それなら彼女から朱梨ちゃんのことを聞くのは容易いだろう。
「実は同じ保育所だった宮古朱梨ちゃんについて調べてるんだ」
「朱梨ちゃん、懐かしいですね。昔はよく遊んでましたよ。確かウサギのぬいぐるみが凄く大好きな子だった気がします」
白鳥さんは懐かしむように目を細めると、廊下の窓の外を眺めた。僕と力は彼女の側に立って彼女の話を聞くに徹する。
「でも、あんまり覚えていないんです。名前は覚えてるけど顔もよく思い出せないし⋯⋯」
「あの、朱梨さんが亡くなったのは知ってますか?」
力が小さな声で尋ねると、白鳥さんは目をパチリと大きく開いた。
「そうなんですか? 小学校にはいなくて、学区が違ったんだろうと思ってました。どうして亡くなったんですか?」
「事故で橋から落ちたみたい」
彼女の問いに僕が答えると、白鳥さんは過去の友だちを悼むように悲しそうな表情を浮かべた。その暗い顔からはとても演技だとは思えない。
「そうだったんですね。残念です。⋯⋯もしかしてその事故を追っているんですか?」
「ちょっとちがうんだけど⋯⋯その、この人に見覚えない?」
推しの正体を探っているとは言い難く、僕は慌ててスマホを取り出し宮古朱梨ちゃんのお母さんの写真を見せた。その写真を見て、白鳥さんは「あ」と小さく声を漏らす。
「ヒナちゃんにそっくり! でも女性の方ですよね? 誰ですか?」
「ヒナちゃん知ってるんだね。⋯⋯この人は朱梨ちゃんのお母さんだよ」
「へぇ⋯⋯ということはヒナちゃんはこの人の顔を真似しているってことなんでしょうか」
「まだわからないけど⋯⋯」
ヒナちゃんが周知されていることがファンとして嬉しいが、白鳥さんは朱梨ちゃんのお母さんは知らないようだ。当然、仲のいい友だちでも親の顔なんて知らないなんてことはよくあることだ。ましてや保育所時代の話だ、会っていたとしても覚えていなくて不思議ではない。
印象だが、白鳥さんは嘘を吐いているようには見えない。先に話を聞いた望木くんや藤地くんのように怪しいところを感じさせないのだ。当然、ヒナちゃんは男性なのだから彼女ではないだろうし、後ろめたいことはないのだろう。
ただ残念なことに、これと言って収穫がないのも事実だ。
「えっと、白鳥さんはヒナちゃんねる好きなんですか?」
わりと人見知りをするタイプの力が、恥ずかしそうに目を伏せながら尋ねる。白鳥さんはそんな初心な力を見てフフとおかしそうに笑った。
「ええ。メイクも可愛いし、ゲームも上手だし。なにより私は彼のVlogを見るのが大好きなんです。お部屋も紹介される雑貨も一つ一つが可愛くって。女の私よりよっぽど女の子らしくて可愛くていいなぁって思います!」
「だよね! ヒナちゃんのメイク上手すぎて素顔全くわからないし、ゲームだってどんなに難しいものでもスラスラやっちゃうし! それに……あ、」
白鳥さんの言葉に賛同しかなくてついオタク特有の早口になってしまう。気づいて慌てて口を紡ぐと、白鳥さんが優しそうにフフと笑った。その穏やかな笑顔は、何だかヒナちゃんの醸し出す雰囲気に少しだけ似ている気がする。異性の柔らかい空気に、僕は恥ずかしくなって僅かに耳が熱くなるのを感じていた。
「ご、ごめん。急にベラベラ喋っちゃって」
「いいんですよ。多喜田くんもヒナちゃんのファンなんですね。同じ仲間がいて嬉しいです」
「僕も、嬉しいです……」
「私は朱梨ちゃんのこと全然覚えてないですけど、家にも何度か来ていた気がしますし、親にも聞いてみますね。お二人が聞きたいことは聞けないかもしれませんけど……また明日お話しましょう」
「あ、ありがとう、白鳥さん!」
収穫の有無ではなく、彼女が幼児以来話したことのなかった僕たちに優しく接してくれることがとにかく嬉しくて、僕は思いっきり頭を下げた。そんな僕を見て白鳥さんはまたおかしそうに笑う。力も優しい白鳥さんに安堵したようで「お願いします」と丁寧に頭を下げた。
白鳥さんと別れ、僕らは自分たちの教室へと戻った。
勝ちゃんは今日も一人で席に着いており、いつもつるんでいる男鹿くんの姿は見えない。長い脚を机の下で窮屈そうに組みながら怖い顔をしてスマホを睨んでいた。
「勝ちゃん」
初対面の人にはドギマギしている力は、慣れた相手だと表情を緩ませて穏やかに話しかける。あのツンケンしている勝ちゃんに対しても全く臆することなく話しかける彼は、今もまだ完璧なる友人に憧れを抱いているようだった。
勝ちゃんは力に声を掛けられてジロッと僕らの方へ視線を向けた。その平らな目からは僕らへの関心を感じさせないが、何だかんだ僕らのことを男鹿くんに話しているあたり気にはしているのだろう。
「白鳥さん、男鹿くんから僕らのことを聞いたって言ってたよ。勝ちゃんが男鹿くんに話したんだね」
「別にただの話題の1つだろーが。文句あんのかよ」
「ううん。おかげでスムーズに白鳥さんと話せたよ。ね、友ちゃん」
「そうだね」
僕が力の言葉に頷くと、勝ちゃんはハァと面倒臭そうにため息を吐いた。全く、あのドッチボール以降あからさまに僕に対して不快そうにするのはどうにかならないのだろうか。いや、彼の態度の悪さは誰に対しても同じか。バイトではトラブルになりそうだけどどうなんだろう。
なんて失礼なことを考えながら、それでも僕は勝ちゃんに白鳥さんとの会話について報告しようと口を開いていた。他愛のない会話の1つではなく、一緒にヒナちゃんを探ると行った手前彼には報告する義務があると思ったのだ。
「白鳥さん、朱梨ちゃんの名前は覚えてたけど殆ど覚えてないらしくて。で、お母さんの写真見たらヒナちゃんそっくりだって言ってた。とてもお母さんを知ってるとは思えなかったよ」
「そりゃあダチの親の顔なんざ知らなくても変じゃねーだろ」
「それはそうなんだよね。で、家にも朱梨ちゃん来たことあると思うから親御さんに聞いてもらえることになった」
「ふーん、あっそ」
勝ちゃんは僕の報告に興味なさげに相槌を打つと、僕らから目を反らし、またスマホをいじり始めた。多分報告が終わった以上話も終わりだと思っているのだろう。
僕も特に話すことがなくなったので、力の方を見た。力は何故か口をモゴモゴさせていて、何か言いたそうにしている。それを待つこと数秒、決意をしたのか力はか弱い声で勝ちゃんに質問をした。
「勝ちゃんは、本当に朱梨ちゃんのこと殆ど知らないの?」
「は?」
「君の記憶力がいいのは知ってるよ。でも、名前も顔も……死因も、全部本当にたまたま覚えていただけなの?」
「何が言いたいんだよ」
確かに、力の疑問は的を得ている。僕だって普通なら疑問に抱いていただろう。だが、僕は全く疑ってなんていなかった。
勝ちゃんだから。
それだけで全て片付くのだ。彼は才能の塊だ。スポーツも、勉強も、絵も描けるし工作だってピカイチだ。料理だって簡単にこなす。僕らにできないことでも、難なくできるのが都筑勝浬という男だった。
だから力がそこに疑問を持つことの方が意外だった。
「何が言いたいというか……その、ただ純粋に気になったんだ」
「疑ってんのか?」
「そんなんじゃないよ!」
「ふーん」
力が慌てて否定すると、勝ちゃんはようやく表情を変える。ニヤッと強気に笑うその顔は決して疑われて動揺しているわけではなく、この状況を面白がっているようだった。
「俺が宮古朱梨を知ってたとして、後ろめたいことがあったらそもそもお前たちに宮古朱梨のことを話したりしねぇ」
「それは、そうだよね……」
「でも、そうだな。死んだって聞いたからスゲェ印象に残ったってのはある。通学路の橋に供花……あったろ」
「え、力覚えてる?」
「あったような……」
「自分と同じ年の、同じ小学校に行くはずだった人間が死んだ。それも毎日歩く道で。……俺にとってはそれだけで、宮古朱梨の印象は強ぇんだ」
過去を思い返す勝ちゃんの伏せた目は、朱梨ちゃんの死だけではなく別の人を思い出しているようだった。
きっと、お母さんだ。
朱梨ちゃんが死ぬ一年前、勝ちゃんのお母さんは病気で亡くなった。当然幼かった彼は大好きな人の死を目の当たりにして今も思うところがあるのだろう。
「……これじゃあ納得しねぇのかよ」
勝ちゃんが普段のギラついた目とは違う、穏やかな目で力を見る。力は少し考えるように目を瞑ると、小さく頷いた。
「本当は君も、朱梨ちゃんと友だちだったんじゃないの? だから、忘れられないんじゃないの?」
「……別にダチなんてもんじゃねぇよ。ただ知ってるだけだ」
「……そう」
まだ何か言いたそうな力だったが、勝ちゃんがこれ以上別のことを言う様子がないことをわかって食い下がる。
「じゃあ、また」
チャイムがそろそろ鳴るからと、力は教室の後の席に戻っていく。僕もそれを見届けて勝ちゃんの前の自分の席に座った。
もし、勝ちゃんが朱梨ちゃんの何かを知っていたとしても……この様子だと口を開くことはないだろう。それに、朱梨ちゃんの情報をくれたのが勝ちゃんである以上、僕は彼がヒナちゃんに関係あるとは思えないのだ。勝ちゃんがヒナちゃんならわざわざ自分が疑われるような情報を流すことはないだろう。それに、やっぱり火傷の生々しい痕はそうそう隠せるものじゃない。ただ……勝ちゃんが『ヒナちゃん』になりきろうとするなら完璧にこなせるとは思うが。
「ねぇ勝ちゃん」
「しつけーな。んだよ」
力が去ったことでまたスマホをいじり始めた彼に声をかける。勝ちゃんは顔を上げることなく鬱陶しそうに口をひん曲げた。
「僕はヒナちゃんが望木くんか藤地くんだと思うんだ」
「あっそ」
「でも、どうやったら彼らの嘘を暴けると思う?」
「知るか。脅せばいいだろ」
「脅すって……そんな物騒なことできるわけないだろ」
「じゃあそのヒナってのに直接聞けばいいだろ。ウィッグなんだろ。剥ぎ取ればすぐに答えはわかるじゃねぇか」
「ヒナちゃんの嫌なことはしたくないんだ」
「正体暴くんは嫌なことじゃねぇんか?」
勝ちゃんの赤い瞳が、僕を捉える。真っ直ぐに見つめるその瞳はいつだって力強い。僕はかつて彼と競り合っていたのだと思うと何だか不思議な気分だ。
確かに彼の言う通りで、正体を暴くことはあまりいいことではないだろう。それでも、事件が残虐なものであるからこそ見過ごせないのである。大好きな彼を、何のわだかまりもなく応援するには彼を知らないといけないのだ。
「じゃあせいぜい優先順位を間違えないこったな」
「優先順位って?」
「望木も藤地も隠し事があんだろ? 隠してるってことは後ろめたいことがあるかもしれねぇ。それを知るには生易しい方法じゃわからねぇってことだ。嫌われるつもりで行くしかねぇだろ」
「……そう、なのかな」
できれば争いごとなんてしたくないのだが、動揺の仕方からして隠していることはあまり良いことではないとは思う。それでも仲良くなれば教えてくれるかもしれないとは思っていた。でも、それじゃあ時間がかかるかもしれないし、昨日聞きに行ったことで警戒されただろうから難しいのかもしれない。
彼らとの仲を取るか、ヒナちゃんの正体を暴くのを優先するのか。
「勝ちゃん、あのさ」
「うるせぇ、もう喋りかけんな」
助けを求めようとすると勝ちゃんは僕を突き放す。まあ、僕たちこそ友だちといっていいのかもわからない関係性なのだから仕方ないのかもしれない。
僕はため息を吐いて、正面に向き直り次の授業道具の準備をはじめた。
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