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出戻り妃の憂鬱
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「だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶ」
ばくばくする心臓の音をなるべく聞かないようにしながら、呉 宇春は赤い朱塗りの門をくぐった。
後宮の門前。その左右にある、獅子と龍の彫刻ににらまれながら、そろそろと足を進める。
「どうしよう、妹妹。私また戻ってきちゃった。本当に、私なんかがここに来てよかったのかな」
「もう、その話何回目ですか! ほんっとに気が小さいんだからっ。それでも戻るって決めたのは宇春様ですよ!」
「うっ、そう、そうなんだけど」
何度目とも知れない問答を繰り広げながら、妃嬪やそれに仕える女官たちの住まう儲秀宮へと向かう。
かつては見慣れていた景色を眺めながら歩いていると、ここで過ごした思い出がどんどん蘇ってくる。
心の中で、燻ってしまって消えない思いが押し寄せてきて、涙が出そうになる。
(そうよ。もう逃げないって決めたの。だって、今のままじゃ私は前に進めない)
「ごめん。妹妹。私、がんばるね」
「それでこそ宇春様です!」
「あの──でもでも、なるべく減らすから、一日に三回ぐらいは弱音を吐いても……見捨てないでくれる?」
「……はあ」
こちらを見上げる妹分の、呆れたようなため息は耳に痛かった。
儲秀宮の裏の回廊を背を丸めながら歩いていくと、向かいから華やかな妃嬪の一団が歩いてきた。
宇春と妹妹が脇に避けて頭を下げると、その一団が足を止める。
「顔をお上げなさいな」
涼やかな、凛とした声には覚えがあった。
「岑貴妃様のお声がかかったのよ。さっさと顔を上げなさい」
お付きの侍女の声にそろそろと顔を上げると、岑貴妃と目が合った。
きらきらとまぶしい勝気な瞳が魅力的な、内閣首輔を務める岑家の姫君だ。
「まあ、この子たち、ひょっとして例の」
「いやだわ。妃を首になった身なのに、女官になってまで戻ってくるなんて。矜持というものがないのかしら」
「しょせん平民の娘ですもの」
「身分も外見もぱっとしない方だったけれど、市井に降りて、さらに地味になったわね」
遠慮のない侍女たちの言葉に、宇春は再び下を向いて、両手をぎゅっと握りしめた。
彼女たちの言葉は悪意に満ちているが、全部事実なのだ。
宇春は、妃を一年間で首になって実家に帰されたのに、女官になって出戻った。
こじんまりとした目鼻立ちの宇春は、一生懸命化粧をしても、それなりにしかなれなかった。
そもそも平民なのに妃になったのが間違いだったのだ。
「怯える子栗鼠をそんなに追いつめるものではないわ。そっとしておいておあげなさいな」
助け船を出してくれたのは岑貴妃だった。
「お優しい貴妃様に感謝するのね!」
先に歩き出した貴妃の後に続いて、侍女たちもくるりと踵を返して去っていった。
「なあっによ。宇春様は、この儲秀宮の女官たちに頭を下げられたから、仕方なく戻ってきてやったのに!」
「ごめんね、妹妹。私がこんなだから」
五つ年下の妹妹は、宇春の乳兄妹だ。前回、妃としてこの宮にいた時も侍女として一緒にいてくれた。今回は宇春が女官なので、下級宮女の地位しかあげられなかった。
「もう、宇春様は本気出せばすごいのに!」
「やめて妹妹。はずかしい。あれは私じゃないもの」
「もう、そんなだから、宇春様はなめられるんです!」
「なめられてもなぶられてもいいの! 私は静かに密やかにこのお仕事を務め上げて、ひっそりこっそりこの後宮を去るのっ」
「はー、もういいです。そんなことにならないこと、一番知っているのは宇春様でしょ? だって、今回女官長様に頼まれたお仕事は、宇春様が本気をださないと、手に負えないでしょうから」
ばくばくする心臓の音をなるべく聞かないようにしながら、呉 宇春は赤い朱塗りの門をくぐった。
後宮の門前。その左右にある、獅子と龍の彫刻ににらまれながら、そろそろと足を進める。
「どうしよう、妹妹。私また戻ってきちゃった。本当に、私なんかがここに来てよかったのかな」
「もう、その話何回目ですか! ほんっとに気が小さいんだからっ。それでも戻るって決めたのは宇春様ですよ!」
「うっ、そう、そうなんだけど」
何度目とも知れない問答を繰り広げながら、妃嬪やそれに仕える女官たちの住まう儲秀宮へと向かう。
かつては見慣れていた景色を眺めながら歩いていると、ここで過ごした思い出がどんどん蘇ってくる。
心の中で、燻ってしまって消えない思いが押し寄せてきて、涙が出そうになる。
(そうよ。もう逃げないって決めたの。だって、今のままじゃ私は前に進めない)
「ごめん。妹妹。私、がんばるね」
「それでこそ宇春様です!」
「あの──でもでも、なるべく減らすから、一日に三回ぐらいは弱音を吐いても……見捨てないでくれる?」
「……はあ」
こちらを見上げる妹分の、呆れたようなため息は耳に痛かった。
儲秀宮の裏の回廊を背を丸めながら歩いていくと、向かいから華やかな妃嬪の一団が歩いてきた。
宇春と妹妹が脇に避けて頭を下げると、その一団が足を止める。
「顔をお上げなさいな」
涼やかな、凛とした声には覚えがあった。
「岑貴妃様のお声がかかったのよ。さっさと顔を上げなさい」
お付きの侍女の声にそろそろと顔を上げると、岑貴妃と目が合った。
きらきらとまぶしい勝気な瞳が魅力的な、内閣首輔を務める岑家の姫君だ。
「まあ、この子たち、ひょっとして例の」
「いやだわ。妃を首になった身なのに、女官になってまで戻ってくるなんて。矜持というものがないのかしら」
「しょせん平民の娘ですもの」
「身分も外見もぱっとしない方だったけれど、市井に降りて、さらに地味になったわね」
遠慮のない侍女たちの言葉に、宇春は再び下を向いて、両手をぎゅっと握りしめた。
彼女たちの言葉は悪意に満ちているが、全部事実なのだ。
宇春は、妃を一年間で首になって実家に帰されたのに、女官になって出戻った。
こじんまりとした目鼻立ちの宇春は、一生懸命化粧をしても、それなりにしかなれなかった。
そもそも平民なのに妃になったのが間違いだったのだ。
「怯える子栗鼠をそんなに追いつめるものではないわ。そっとしておいておあげなさいな」
助け船を出してくれたのは岑貴妃だった。
「お優しい貴妃様に感謝するのね!」
先に歩き出した貴妃の後に続いて、侍女たちもくるりと踵を返して去っていった。
「なあっによ。宇春様は、この儲秀宮の女官たちに頭を下げられたから、仕方なく戻ってきてやったのに!」
「ごめんね、妹妹。私がこんなだから」
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「もう、そんなだから、宇春様はなめられるんです!」
「なめられてもなぶられてもいいの! 私は静かに密やかにこのお仕事を務め上げて、ひっそりこっそりこの後宮を去るのっ」
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