【完結】最近、格差婚約が流行っている ~ 格差婚約+強制執行、間に合わせ婚約者と幸せになる方法 ~

瀬里@SMARTOON8/31公開予定

文字の大きさ
12 / 20
セラフィナの恋

第1話 王女の初恋と失恋と偽りの恋

しおりを挟む
 私、セラフィナ=ヒリヤ=ハースキヴィは、キルレア王国の第三王女。
 濡れ鼠のような黒か灰色かわからない色の髪を持つ、誉め言葉に「優しそう」以外の形容詞が見つからない、要するにあまり王家の威光を示すには似つかわしくない王女だ。瞳だけが唯一、ハースキヴィ王家の特徴である淡い薄紅色をしており、かろうじて王家の血脈を証明している。
 性格も、十人中五人はおとなしい、残りの五人は淑やかだと表現する、画を描くことだけが趣味の、要するに気の弱い、何の面白みもない姫だった。

 だから、社交的で見目麗しく、貴族令嬢の憧れの的であった隣国の第三王子サヴィーノ殿下に内々に婚約を打診して断られたことも、当然と言えば当然の帰結だった。
 私の初恋を敏感に感じ取った侍女のアマリアが、気を回して両親に伝え、娘を溺愛する両親がティント王国へと婚約の打診をしてくれたのだが、先方から即座に断られたらしい。当時の私はまだ自分の心を隠すのが今ほどうまくなかったのだ。
 そして娘を思いやる両親は、婚約を断られた事どころか婚約を打診した事実すら娘に黙っていたのだが、秘密とはえてして漏れるものだ。私はその事実を、当時もう文通相手として何度も手紙をやり取りしていたサヴィーノ殿下本人から聞くという堪えがたい状況に陥ったのである。
 サヴィーノ殿下は婚約を断った理由については、「君個人に不服があるのではなく、今、自分には片思い中の相手がいて他の相手が考えられないのだ」ということを丁寧に手紙にしたためてくれた。
 私は自分で告白をする前に失恋してしまったわけだが、「きちんと自分の言葉で伝えたかった」というサヴィーノ殿下自身からの誠意ある手紙に、ますます恋心を募らせてしまった。

 私は、彼とそのまま文通を続けたくて、嘘をつくことにした。
 婚約の件は、二人の文通を知った周囲が早合点してしまったのであり、私にも実は想い人がいるため、断られたことはむしろよかったのだということにした。
 そして、これからもお互いの想い人への相談を続けられないかと手紙に綴った。

 こうして私たちの関係は、「お互いに想い人がいて、お互いの恋を応援しあう親友」へと変化する。

 その関係は、今も続いている。

  ◇◇◇◇◇◇

 私が、サヴィーノ殿下に初めて会ったのは、五年前。
 ティント王国王家の御一行を、キルレア王国の誇る避暑地に迎えたことがきっかけだった。キルレアの避暑地には、各国に先駆けて建設された温泉付きの療養施設があり、当時ご病気を患っていたティント王国の王妃様が療養のため長期滞在されていた。その年の夏は、学園の夏休み期間中ということもあり、王家の第二王子殿下と第三王子殿下が王妃様のお見舞いに訪れていた。
 私と一つ上の兄は、同世代の王子と交流を深めるため、彼らと共にその夏を避暑地にある王家の離宮で過ごすことになった。

 当時十二歳だった私は、私以外は全員男の子というその集まりに行くのを渋ったが、ティント王家の第二王子殿下と第三王子殿下は落ち着いた評判のよい王子だと説得されて結局兄について行くことになった。本当の決め手は、同行する妹想いの兄が、男同士で遊ぶ間は、側で画を描けるようにしてくれると約束してくれたことだったのだけれど。
 今になって思うと、評判のよい隣国の王子二人と私との、将来の婚約を見据えての顔合わせだったことは想像に難くない。

 この避暑地にある離宮の裏手には、散策に適した明るい森林と草花の咲き誇る草原とが広がっていて、川幅のさほど広くない清流が森から草原へと流れ込んでいた。
 勉強時間を終えると、王子たちは、護衛を連れて森で乗馬を楽しんだり、川で水遊びをしたり、魚を釣ったりして過ごすのが日課になった。兄は約束を守ってくれ、私は、画の道具を持って彼らの側の木陰でキャンバスを広げ、離宮の素敵な景色を画に描く幸せな日々を送った。
 第二王子のフェルモ殿下は十三歳、第三王子のサヴィーノ殿下は十二歳のやんちゃな盛りで、「落ち着いた」という情報は明らかに誤報だったが、性格自体は穏やかで私に対しての言葉かけも優しく、私は徐々に彼らに好感を抱いていった。
 そんなある日、彼らが川遊びをし、私はその傍らで画を描くといういつもの時を過ごしていると、川から上がったサヴィーノ殿下が私の画をのぞき込んだ。
「セラフィナは、景色を書くのが好きなの?」
「はい。自然の中にある、独特の色彩を表現するのがとても楽しくて」
 私たちはこの休みの間には名前で呼び合う程度には親しくなっていた。
「これ、僕達?」
 彼が指さしたのは、画の左下の部分に小さく描かれた子供たちの姿だった。
「はい。将来、この画を見た時に、この夏の思い出だとすぐにわかるように」
「なんか、それってすごく素敵だね」
 サヴィーノ殿下は、そう言うと屈託のない笑顔で微笑んだ。私は、彼が私と同様にこの夏をかけがえのないものに感じてくれているということがとても嬉しくて、心の奥がふわっと温かくなるのを感じた。

 その時、突然突風が吹いて、ざっと木陰を揺らす。その風は、私の画のキャンバスを立てかけているイーゼルをも勢いよく押し倒し、そのまま描きかけの画をさらって川の水面へと押し流してしまった。
 私の描いた画は、そのまま水の流れに乗って下流へと流されていく。
 それを見たサヴィーノ殿下は、即座に下流へと走り出していた。
「殿下がた、大丈夫ですか!?」
 少し離れた場所から見守っていた護衛が走り寄ってくる。
「あ、あの。画が流れて行ってしまって、サヴィーノ殿下が下流へ……」
 護衛達は、慌てて殿下を追って下流へと走っていく。
 遠くで大きな水音がして、殿下が水へ飛び込む姿が見えた。
 殿下は水を掻き、手を伸ばし、水に浮くキャンバスに追いつく。
 しかし、その手は、キャンバスをつかめそうでつかめない。

 ――お願い、届いて。
 私は、心臓がばくばくし、喉に何かがつまったように、息ができなくなってしまって、思わず胸を押さえる。
 そして、私が必死に胸に手を当てて目を凝らす前で、サヴィーノ殿下は、再度キャンバスに手を伸ばし――、次の瞬間、水の底に消えてしまったのだ!
 私は、さっと血の気が引いて、がくがくと膝が震えて地面にへたり込んでしまった。
「殿下!!」
 護衛が慌てて水に入り、殿下の沈んだ場所へ近づく。

 その時、水面のキャンバスが勢いよく跳ね上がった。
 ――その下には、キャンバスをしっかりとつかんだ手と、勢いよく水中から飛び出したサヴィーノ殿下の姿があった。
 
 私の心臓は、安心と感動とがない交ぜになって早鐘のようにわめき散らし、胸からはこぼれ落ちる熱いものはいくら止めようとしても止めることができなかった。

 やがてキャンバスを抱えた殿下が、水をぽたぽた滴らせながら、へたり込んだ私に、そっとその画を渡してくれた。
「はい、セラフィナ。えっ!? なんで泣いてるの?」
 その時の私はお礼を言うこともできず、ただ胸の奥からこみ上げてくる熱い何かに翻弄されて涙を流すことしかできなかった。

 この日、私は、恋に落ちてしまった。
 甘く、つらい初恋が、この時始まったのだった。

 


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

婚約者のことが大大大好きな残念令息と知らんふりを決め込むことにした令嬢

綴つづか
恋愛
――私の婚約者は完璧だ。 伯爵令嬢ステラリアの婚約者は、将来の宰相として期待されている筆頭侯爵令息のレイルだ。冷静で大人びていて文武にも長け、氷の貴公子などと呼ばれている完璧な男性。 でも、幼い頃から感情と表情が読み取りづらいのレイルの態度は、婚約者として可もなく不可もなく、ステラリアはどこか壁を感じていた。政略なこともあるが、引く手あまたな彼が、どうして平凡な伯爵令嬢でしかないステラリアと婚約を結び続けているのか、不思議で不安だった。 だが、そんなある日、偶然にもステラリアは見てしまった。 レイルが自室でベッドローリングをしながら、ステラリアへの愛を叫んでいる瞬間を。 婚約者のことが大好き過ぎるのに表情筋が動かな過ぎて色々誤解をされていた実は残念な侯爵令息と、残念な事実を知ったうえで知らんふりをすることにした伯爵令嬢のラブコメです。 ヒーローとヒロインのどちらかの視点で基本お話が進みますが、時々別キャラ視点も入ります。 ※なろうさんにも掲載しています。

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。

石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。 色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。 *この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。 婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。 しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。 儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで—— 「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」 「……そんなことにはならない」 また始まった二人の世界。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

処理中です...