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8話

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あれからはドーム型練習場に人が来たので、続きは屋敷に帰ってからした。
アリサはぷくっと膨れていたが、きちんと説明をして、ジンが夕飯にオムライスを作ってやったらご機嫌が治った。

魔力を感じるところと、魔力の循環まで行った。ジンは当初の予想を裏切られた。思いのほか、アリサの飲み込みは早かった。魔力の経路を教えるために、ジンの魔力をアリサの体内に流したのだが、相当痛がった。
痛いのは嫌だと涙を溜めて言うので、ジンは痛くないように流してやった。

「んっ!、あっ、こ、これっ!」
「痛いか?」
「い、たく、ないっ、あっ!」
「なら良かった」
「良くないっ!!ダメっ!と、止めてぇぇぇぇ」
「そんな『ラメエェェェ』みたいに言われても困るが」

完全に遊んでいる。
ジンが止めると、アリサは顔を真っ赤にしてはあはあ言っている。アリサはビンタをしてきた、ジンがひょいと避けると、アリサはまた真っ赤な顔でふくれ顔だ。

「どっちがいい?」
「……きも…………、痛い方で……」

ジンはまた声をだして笑い、夜遅くまでこれを続けた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


学校の授業も3日目だ。リカルドは今日も休みだ。
今日もまだ魔法の基礎なので、担任のジョシュアの授業だ。

「えー、今日は瞑想をやるぞ。瞑想のやり方を知らない奴いるか?」

ジョシュアが挙手を求めたが、誰一人として手を上げなかった。

「そうか。瞑想ってのは目を瞑って魔力を循環させるだけじゃないぞ?魔力を感じることが大事だ。慣れてくると他人の魔力も感じ取れるようになる。じゃあ、とりあえずやってみろ。俺は見て回るからな」
「「「「「「「はい」」」」」」」

全員が目を瞑り、各々が楽な姿勢でポーズをとる。
始まって10秒ほどだ。
ジンは思った。あー、これは来るなと。
案の定、ジョシュアは目を見開きアリサの後ろに立つ俺のところに走り寄り、胸ぐらを掴んで廊下に引きずりだしてきた。ジンもそれに逆らわずに廊下に引きずられる。

「てめえ……、何をした……」

ジョシュアはジンの胸ぐらを掴みあげ、廊下の壁にジンを叩きつける。

「なんの話です?」
「アリサのことだろうが!!」

と、大声で叫びそうになったが、大声はヤバイとわかっているようで、かすれるような小さな声でジンを怒鳴りつける。

「何も。先生の授業のおさらいを、家でもしてるだけですよ」
「なら……、ならなんでアリサだけあんな化け物になるっ!!」

通常の子たちは、ただ目を瞑ってるようにしか外からは見えない。だが、アリサが瞑想をし出すと、淡い水色のオーラのようなものが体から立ち上り、普通の生徒から見たらとんでもない量の魔力が練られている。

「ふむ。色からして水系統が得意なようですね」
「そういうことじゃねえだろうが!!あんなの……、宮廷魔導士レベルだぞ?!たった1日でなんでこうなるんだよ!」
「知りませんよ。先生の教えとお嬢様の努力の賜物では?」
「目立つなと言ったろうが!、アリサの青春をぶち壊す気かっ!!」

事実、ジンがアリサにしたことは、自分の魔力を何時間も通し続け、魔力の経路を体で覚えこませただけだ。
だが、それを明確に、隅々まで、魔力と向き合うように感じ取れる人間は、この世界に一握りしかいない。いづれも各方面で一角の人物になっている。それをアリサの年齢で知っているものは、まずいないだろう。

「それでもですね、才能があったとしか言えませんね」
「てめえ……」

ジョシュアがアリサの青春を心配する気持ちは、嘘ではなかった。
だが、ジョシュアも生徒を成長させるためにやっている。どうしても、教師としての自分の無力感を感じてしまう。
ジョシュアは、吐き捨てるように「けっ」と言って、気持ちを切り替えた。

「……他の奴にもやってやれるのか?」
「お嬢様が許可するなら、やれないことはないですね。ですが、発狂するほどの痛みを伴います。何人が正気でいられますかね?」

それは誇張なく本当のことだった。ジンもアリサの忍耐力には、正直脱帽した。
ジンはこれに耐えられなかったのだ。だから自分で努力した。それを数時間も耐えたアリサの、そこだけは認めざるを得ない。
ジョシュアはジンの表情から、それが本当の事だと推測した。

「……くそっ……」
「お嬢様は、死ぬか首席を取るかの気構えでやってますよ」
「……そこまでは生徒に強要できねえ」
「なら、仕方のないことでは?」

ジョシュアは最後にジンを再度睨みつけ、

「派手にやるな!わかったか?!学校ではな、協調ってのも必要なんだよ。1人だけ飛び抜けたいなら、学校を辞めて家で教えろ!つうか、来る意味あるのかよ?!」

ジンはそれは一理あるなと思い、

「わかりました。今後は控えます」
「頼むぞ!本当に!」

ジョシュアは良い教師だと思う。元冒険者で、言葉は教師らしくはないが、十分良い教師と言えるとジンは思った。あまり迷惑をかけないようにしようと思った。

昼休み、ジンはアリサに顛末の全てを説明し、自分の考えを示した。

「そう。でも、私が質問したことには、ジンは答えてくれるのよね?」
「全部じゃないが、必要なら答える。努力もしないでなんでも質問するようなことはないと思うが、そうでなければ答えるぞ。まあ、常に一緒に居るんだ、大丈夫だ」
「わかったわ。私も強くはなりたいけど、自分の努力じゃないと身につかないしね。いかに《魔法は基礎が全て》かってのは教わったし、やれるとこまではやるわ」
「ああ」

午後の個別カリキュラムも、アリサはひたすら瞑想を行なった。
時に速く、時に緩やかに、丁寧に身体の末端まで確かめるように、基礎のみをやり続けた。
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