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恋する乙女

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「マリアナ。ヨダレ拭いてよ」

 同じクラスのリズが呆れた顔で言った。
 慌ててヨダレを拭く。

「あなた、どうしちゃったのよ。前から変だったけど、今日は輪をかけておかしいよ」

 リズは心配して、私の顔を覗き込んだ。
 いい子だ。
 リズは可愛い。茶色のクルクルした髪も、柔らかそうな頬も。いつも甘い香りがするところも。しかもボインボインの巨乳。私も大きい方だけどリズには負ける。
 私が男ならリズにアタックしたいところだ。

「リズ。今年の新任の先生って、どんな人がいたっけ」

「普通科に二人、騎士科に一人、後は……魔法科のルーカス先生ね」

「ルーカス先生……?」

「全校生徒の前で挨拶したじゃない。
 あ、マリアナはいなかったね。
 ルーカス先生の時は女子が騒ぎすぎて、挨拶にならなかったんだよ」

 新任の挨拶……その時、私は廊下で捕まった同級生に、壁ドンされていたんだ。
 キスだけで何とか自力で逃げ延びたけど。

「ルーカス先生って、どんな人?」

「ルーカス・ラグフォード先生。侯爵家の四男で22歳。すっごく綺麗な人。 
 ラグフォードの名前がなくても凄い経歴の人みたいだよ。魔法科の先生が天才が来たって騒いでたから」

「キラキラ銀髪で、森の木々のような爽やかな香りがした?」

「香り……は知らないけど、キラキラ銀髪だったよ」

 やっぱり昨日の美人先生だ。

 ルーカス先生……。

 ルーカス先生の香りを嗅ぎたい。魔法科に行ったら会えるだろうか。会えなくても、残り香くらいはするかもしれない。

「ち、ちょっとマリアナ! またヨダレ!
 そんな顔しても超絶可愛いんだから、不思議よね。……中身は残念でしかないけど」

「リズ! 私、魔法科に行って来る!」

 リズが呼び止めるのも聞こえない。
 早く行かないと昼休みが終わっちゃうからね。





 魔法科にたどり着いた私は、お馴染みの光景にため息をついた。

 私は今、魔法科の上級生に壁ドンされている真っ最中だ。
 いつもと違うのは、壁が壊れていないこと。それなのに、なぜか私の身体は動かない。

「マリアナ・コールマン。君が魔法科に来てくれるなんて、僕に会いに来たのかな」

 いいえ、全く違います。あなた誰ですか。

 身体も動かなければ、声も出ない。

 どうしてこの学園はこんなに死角が多いんだ。貴族も通う学園だから、未来の嫁候補をつまみ食いするためだろうか。
 今まさに私がつままれそうになっている。

「なんて可愛らしいんだ。マリアナ君。僕の隣に並べる女性は、君しかいないよ」

 私の頬を撫でて、唇を啄む軽いキスを何度もされる。
 この人は啄むキスをするだけで、身体には触れて来ない。

「本当に可愛いね。僕は髪を結っていない方が好みだよ。ほどいちゃおうね」

 結い上げていた髪をほどいてしまう。
 朝、髪を結い上げるのに、そこそこ時間がかかったのに。

「ああ、ますます可愛いくなったね。艶々で美しい髪だ」

 髪を指先に絡めながら、うっとりと頬擦りしている。

「美しい僕の隣に相応しいね」

 美しい僕って……。そうですか。
 私の容姿は、あなたのお眼鏡にかなったということね。全く嬉しくないけれど。

 それにしても、どうして身体が動かないんだ。
 壁ドンならそろそろ身体が動く頃なのに。
 早くしないと昼休みが終わってしまう。
 リズにも心配かけてしまうな。

 男にキスされながら、冷静に考え事をしていると、ふわりといい香りが香った。

「何をしている」

 この声。この香り!

 キラキラ銀髪のルーカス先生だ!

「学園内で魔法の使用は制限されているはずだが……」

「ルーカス先生! 今日も美しいですね!」

 男はルーカス先生の登場に、目をキラキラさせている。
 その気持ち分かるよ。
 私も同じ気持ちだもの。動かない身体で先生の香りを吸い込む。

 こんな状況じゃなかったら、この人と友達になれたかもしれない。

「コールマン。君はまた何をしているんだ」

 先生が私の額に指先を当てた。

 急に身体が動くようになって、前によろけて、
すぐ目の前にいたルーカス先生に倒れてしまった。

 事故とはいえ、ルーカス先生の胸に抱き込まれる形になる。
 心臓が痛いくらいに跳ねた。
 顔が一瞬で熱を持ち、茹でダコ状況になる。

 このラッキーを逃してはいけない。今のうちにお触りしておかないと。

 先生の香りを直接吸い込んで、ついでに先生の胸に顔を目一杯スリスリした。
 名残惜しいけど、これ以上やったら嫌われるかもしれない。
 理性を総動員して顔を離した。

「……先生! ありがとうございます。助かりました!」

 知らないうちに、何か魔法にかかっていたのだろうか。
 魔法科怖いな。

 でも今回はこんなラッキーがあったのだから、お釣りが来るくらいだ。


 昼休みの終わりを知らせる予鈴がなった。

「大変! 戻らなくちゃ。
 先生、また今度お礼させて下さい。では失礼します!」

 リズが心配しているだろう。
 先生の美しい顔を直視するには、今の私の心臓は耐えられない。
 先生に会えて嬉しくて、だらしなくニヤニヤした顔は、女として見せられない。
 うつ向いたままペコリとお辞儀をして、普通科の教室に走った。

 今日はもうニヤニヤの顔で過ごすしかない。
 リズには気持ち悪がられたけど。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※

マリアナがバカっぽくなってきた…。
 
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