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理想の浴室

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 洗い場部分はタイル貼り。
 浴槽は北の方で採掘されるダール石。滑りにくく、耐久性にすぐれているらしい。
 框と吐水口は桧に似た耐水性のある木にした。桧のように香りはしないけど、やっぱり木の方がホッコリするからね。温泉の成分で悪くなりやすいってスザンナさんは言ってたけど、木材部分だけすぐに取り替え可能なのはありがたい。
 床材はモザイクタイルでシンプルかつお洒落に。

「壁と天井はサンダル建設に任せます。統一感があって、手入れのしやすい素材でお願いします」

 思いがけず敷地内に源泉が噴き出したことで、浴室は全体的に建て直しすることになった。

「バート村の方は、村長の家に職人が滞在する許可をもらいました。実際に現場を見てもらいたいので、近々一度、バート村に職人を連れて行きたいと思っています」

 スザンナさんの提示しした金額に同意してから、バート村の計画も進んでいる。

「アルバン、これ」

 浴槽の見積書をアルバンに渡すと、一瞬目を見開いた。
 ああ、これは相場より高いのかな。

「お嬢様……」

 表情でこれはふっかけられてるぞと伝えて来る。
 私は何も問題ないとニッコリ微笑んだ。

「屋敷の方もこの金額で構いません」

 値下げ交渉をするつもりもない。むしろ街のお店が、どんどん儲けてくれたら、お金の回りも良くなると思う。

「ふふふっ。壁と天井が楽しみです。
 金額を見ると、素材もデザインもお任せした部分に、かなりの金額をかける予定なのでしょう? わくわくしますね」

 異世界のビックリ素材をふんだんに使用したりして……楽しみだ。

「きっと私には考え付かないような、素敵な浴室になるでしょうね」

「…………お任せください」

 スザンナさんは固い表情で頷いた。
 もしかしたら、もうデザインが頭の中にあるのかも知れない。

「いやぁ、楽しみですね、お嬢様」

 アルバンもニコニコしてる。
 やっぱり浴室は、使用人のみんなも楽しみにしてるよね。

「相場の倍以上の金額でしたので、一瞬驚いてしまいましたが……。
 おそらく貴重で高性能な素材を使われるのでしょう。いくつか素材に心当たりがありますが、手に入れるのが難しい素材ばかりです。
 サンダル建設はなかなかの物流をお持ちですね」

 スザンナさんの顔色が、心なしか青白いのは気のせいだろうか。
 体調が悪いなら、今日の打ち合わせはこのくらいで終わりにしよう。

「今日はここまでにしましょう。
 アルバン。スザンナさんを送ります。顔色が悪いようなので、貸し馬車を手配してください」

「かしこまりました」

 アルバンがニコニコと浴室を出て行く。

「送っていただかなくても……」

 青い顔色でスザンナさんは遠慮するけど、こんな顔色の女性を一人で帰すなんて不安だ。

「大丈夫です。私も役所に新たな源泉の報告書を提出しないといけないので、そのついでに送ります。だから遠慮しないで」

「…………よろしくお願いいたします」

 スザンナさんのこんなに小さな声、初めて聞いた。よほど具合がわるそうだな。


 それから一月。


 浴室は完成した。
 問題の壁は乳白色の石壁で、光を受けると小さな粒がキラキラ光る、非常に美しい壁になった。
 天井はドーム型で、一面、透明なガラスに似た素材が使われた。温室のように自然の光が入り、夜はプラネタリウムのようになる。

 どちらの素材も相当値のはる珍しい素材らしく、アルバンがホクホクした顔をしていたからね。
 私も満足な出来上がりに小躍りした。

 源泉掛け流しの素敵な温泉が、自宅に完成! 

 夕食後に時間を決めて、男女入れ替え制に決めた。
 一番最初は私の一人風呂タイム。これは譲れません。
 次に女子。最後に男子。

 使用人の中で一番喜んだのは、意外にもパウルだ。
 あまりに長風呂すぎて、途中で倒れていないかレオナルドが確認する係になった。

 やっぱりお風呂は素晴らしい!
 死にかけた事も忘れちゃうね。







「馬が欲しいよねぇ」

 私の呟きにアルバンは、馬ですか……と呟きかえした。

「私が倒れた時にね、エドガーがお医者さんを呼びに走ったんでしょ?」

 片道徒歩40分の道を全力疾走してくれたらしい。お医者さんも走らせたって言うから、本当に申し訳ない。途中からエドガーが背中におぶって来たとアルバンから聞いた。

「馬がいれば、移動も楽じゃない」

 街中は馬が通れない道もあって、街の外側を通ることになる。それでもずいぶん時間の短縮になると思う。

「裏庭に厩舎を建てて、馬丁を雇わないといけませんね。屋敷と厩舎が近くなるので、臭い対策に費用をかけなければいけません」

「可能だってことね」

 厩舎関係はアルバンに丸投げして、私は馬丁の人選をしないと。
 ……奴隷商館、面倒なんだよなぁ。この際、馬丁以外の足りない人選も一気に考えよう。
 バート村の別荘も職人が入ってだいぶ形になってきたらしい。そこを管理してくれる人達も必要だ。
 そろそろ家族会議をしようか。

「馬は厩舎が出来次第、ロスメル村に行くよ」

 テオは元気かな。カラメルはまだ牧場にいるのかな。いたら家の子にむかえたい。

「あ、そういえば、裏庭の悪魔の蔓ってどうなってるの?」

「最近は鎖鎌が活躍する時間が減って、非常に残念です」

「へぇ、そうなんだ……」

 それは良かった。
 この間『金平糖』で食事をした時、丘の上の屋敷には鎌を振り回す悪魔がいると、噂に聞いた。
 アレとコレが混ざっているけど、あながち間違いではないことを私は知っている。

「では早速、厩舎建設の手配を整えます」

「うん。お願いします。
 ところで、レオナルドの姿が見えないけど、どうしたの?」

 いつもは仕事を覚える為に、アルバンの後ろをついて回っているレオナルドがいない。
 アルバンはフフフと笑って、宿題をやっていると答えた。

「浴室が出来たので、入浴の備品もたくさん必要でしょう。それらの手配をレオナルドにやらせてみています。
 お嬢様のお知り合いのカービング商会ですべて揃うので、レオナルドにも出来るはずです」

 おお! 見て覚えるだけじゃないんだ。レオナルドも頑張ってるな。

「薔薇の石鹸も忘れず注文してね」

「レオナルドが忘れていなければ……」

 これは足りない物があっても教えないパターンだな。失敗を恐れるな、そこから学べってやつ。
 失敗した時のアルバンの対応は少し見てみたい。温厚な顔が崩れて、ぐぬぁぁ~~っと怒るのかな。ニコニコしながらピリピリオーラを出すのかな。

「一度バート村の建設の進み具合を見に行くから。村長に手紙を送って、返事が来たらすぐバート村に向かう予定でよろしく。
 同行者はヴィムとリリアとレオナルド。それに新しく迎える馬丁。貸し馬車二台の手配をお願いします」

 お土産をたくさん買って行こう。
 カービング商会じゃなくて、小さなお店中心にショッピングしよう。
 お金を回す為にも、普段から小さなお店を利用したいけど、そういうお店って、マニアックな物ばかり売ってるんだよ。
 普段の生活では、なかなか買えない物も、お土産ならたくさん買ってもいいよね。
 バート村の人たちも、お土産なら文句言えないでしょうし。

 よし、ショッピングなら女の出番だ。ルーナとヴェロニカを連れて、荷物持ちにエドガーを。

「アルバン! 今日の予定は丸ごと変更。買い物に行って来ます!」

 レッツ、ショッピング!!
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