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ロブローの18番

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 色町と呼ばれるこの場所には、性を売りにする娼館から、キャバクラやホストクラブに似たような飲み屋まで、いろいろなタイプの色を売る店が集まっている。

 店構えは普通の居酒屋と変わらないのに、怪しい雰囲気を漂わせているのは、花のような香りが充満しているからかもしれない。

「いらっしゃい。兄ちゃん達、可愛い娘がいるよ。どうだい?」

「お姉さん、こっちおいでよ。一緒に楽しもうぜっ!」

「あらぁ、素敵なおじ様ぁ。私達とぉ、遊びましょう」

 客引きが各店にいる。
 そこがどういう店かは、客引きの格好を見るとだいたい分かる。

 短いスカートで健康的な足を見せているお姉さんが客引きしている店は、典型的なキャバクラ。
 セクシーな露出の高いドレスで胸を大胆アピールしているのは、風俗。
 ちょっとチャラいけど、フレンドリーに客引きしているのは、ホストクラブ。

 どの店に入るかは個人に任せるつもりだ。

 風俗のお姉さん達の手首に、奴隷の腕輪がついている。逆らえないとはいえ、生きる為に身体を売っているかと思うと痛々しい。

「肌も綺麗で髪の艶もいい。肉付きも申し分ない。ということは、彼女達は少なくとも不当な扱いはされていないということです。娼館では売り上げの一部が借金返済になるんですよ。頑張れば、自らの力で奴隷から解放されることが出来ます。贔屓の客が借金を肩代わりすることもありますが」

 私の表情を読んだアルバンがセクシーなお姉さんに近付く。

「私はこの店にしますよ」

 柔らかく笑ったアルバンが先陣きって、セクシーなお姉さんと一緒に風俗店の一つに入って行った。

「なるほど。彼女達の売り上げが上がれば、彼女達の為になる、か」

「考えてもみなかったな」

「マイカさん、私達も行って来ます」

 ロルフとヨハンが、二人別々の風俗店を選んだ。ロルフは清楚系の女性と、ヨハンは可愛い系の女性と、行ってきますと言って手を振りながら入って行った。

 彼女達が奴隷から解放されたとしても、幸せになれるかどうかは分からない。元娼婦が枷になり、好いた男と結婚出来ないかもしれない。税金をはらえずに、奴隷に逆戻りかもしれない。

 どう思うか、どう考えるかは、個人の自由だ。エドガーとユーリにも女を買って来いとは言えないし、言うつもりもない。

 ユーリはキョロキョロと回りを見て、行きたい店にアタリをつけたようだ。

「僕は飲み屋に行きます。たくさんの女の子を侍らせて、楽しく飲みたい気分です」

「俺は静かに飲みたい」

 ユーリはキャバクラ風の店。エドガーは大人な雰囲気のバーのような店に向かった。

 残りはーーーー。

「クルトはどうするの?」

「う~~ん、好みの女の子がいないんだよねぇ。まだお嬢さまの方がいいなぁ」

「まだって何だ、まだって!」

 音もなく近寄ってきたペトロネラがクルトの首根っこをつかまえる。文句を言うクルトにかまわず、そのままズルズル引きずって、一際グラマラスなお姉さんに引き渡された。
 クルトはお姉さんを上から下にじっくり眺めて、小さなため息をつくと、私に軽く手をふる。クルトはグラマラスなお姉さんで決まりのようだ。

「さて、じゃあ私達の番だね」

 女性を対象にしている店は二軒あった。若い色気のある男性がいる店と、品のある執事風の男性がいる店だ。どちらもホストクラブのような店らしい。
 女性だけで入るなら、綺麗なお姉さんがいる店もいいかもしれない。

「どこか希望はある?」

「わ、私はよく分かりません……」

「わたしもです。お嬢様が決めて下さい!」

 エリンとローラは私に巻き込まれたような物だし、決められないのも仕方ない。

「ペトラは?」

「どちらの店も接客の他に、料金追加で色も買えるようです。言葉巧みに誘って、快楽を得る変わりに、高額な料金を払うことになりそうですね。どちらも節度を守れば、楽しめるでしょう」

 ふむふむ。
 元々、社会勉強の為にピンク街に来たんだから、男の誘いをやんわり断るいいチャンスだ。お金が絡むなら、言われるままに本気にならないだろうし……。
 それなら初心者の私達は一択だ。

「若いチャラい方に行こう」

 品のある方は、上級者用な気がする。うかつに初心者が訪れると、大人の魅力で知らぬ間にメロメロにされて、気付けばベッドイン。高額料金請求って流れになりそうだ。
 それよりはチャラい店で、分かりやすい誘い文句をかわしながら楽しむ方がいい。

「じゃあ、レッツゴー!」

 こうして私達は大人の扉を開いた。




 結果、プロはプロだった。

 私とエリンとローラは放心状態で店を出た。

「凄かったですね」

「男の人ってみんなあんな感じなんですかね……」

「まさか……。あれはやっぱり、熟練の技じゃないですか?」

 エリンとローラの言葉に私は思わず、何度も頷いてしまった。
 だって、あんなにすごいと思わなかった。
 最初は良かったよ。エリンとローラとペトロネラと私のテーブルに、イケメンのお兄さんが三人座って、楽しく会話しながらお酒を飲んでいた。

 私はお酒はそれほど強くない。味にそこまで魅力を感じていないから、ガバガバ飲みたいとも思わない。
 それをお兄さんに伝えると、軽くて口当たりがいいお酒を選んでくれた。
 これなら、グイグイ飲めちゃうよ。

 お酒を飲みながら、軽く冗談めいた口調で誘われても、予想通り。適当にあしらいながら、イケメンを楽しんだ。

 そんな中、ふと私が追加のお酒を頼んだ時に、雰囲気がガラリと変わったのだ。

「ロブローの18番をボトルで三本ね」

「ロブローの18番は美味しいけど、高いよ。お嬢さん、大丈夫?」

 青い目のイケメンが困り顔で私にメニュー表を見せてくれる。メニュー表の一番上に、金の文字で書いてあるのが、『ロブローの18番』だ。値段だってちゃんと確認した。
 10万ペリンだ。
 ホストクラブでドンペリ頼むようなイメージなら、妥当な金額だと思って三本も注文した。
 ドンペリも物によって値段は違うけど、シャンパンタワーみたいなエンターテイメント料金がないと、このくらいが妥当じゃないかな? 昔、父親がドンペリを飲みながら、お姉さんのたくさんいる店なら定価の10倍だって言っていたし。

 この時は私も、そこそこ酔ってたらしい。

 財布の紐がユルユルで、10万ペリンをポイッと払ってしまった。

 お兄さん達の目の色が変わったことに、私は気付かなかった。

 この時、私達は金持ち認定されたのだ。

 ちょっと遊びに来た観光客4人組から、金蔵4人組になってしまったらしい。

「お嬢さんと飲むお酒は美味しいな。もっと一緒に飲もうよ」

「うん、飲も! ロブローの18番、追加!」

「もっと静かに落ちつける場所で飲みたいな。二人でね」

「二人~~?」

「そう。個室があるんだよ。美味しいケーキも用意してあるし、行こう?
 僕もお嬢さんと甘いの食べたいな。ね? 甘い時間を一緒にすごそうよ」

「んん~~ケーキいいね! 行こう行こう!」

 あわや追加料金というところで、私とエリンとローラはペトロネラに腕を引かれた。

「どうしたの? ペトラ」

「帰ります」

 ペトロネラもそこそこ飲んだはずなのに、顔色一つ変わらずに、いつも通り淡々としている。

「でもまだケーキがぁ」

「そうだよ。まだ早いって。お嬢さんも僕と行こうよ。ね?」

 ペトロネラの顔は変わらない。イケメンお兄さん達を冷たい目で見ながら、私達の口の中にキャンディを押し込んだ。

「帰ります」

 かなり強めのミント系の味が口に広がる。だんだんと舌に苦い薬草のような味がしたとたんーーーー。

「あれ?」

 頭がスッキリした気がした。

「帰りますよ」

 ペトロネラは深いため息をつきながら、言う。

「ああ、そうだね。帰ろうか。お勘定お願いします!」

 エリンとローラも酔いから覚めたようで、しっかりした足取りで店を出た。

 ペトロネラがいなかったら、私達は酔いに任せて誘われるままに追加料金コースだった!
 酔った頭でも、性的な誘いをされたらキッパリ断れるつもりだったのに、お兄さん達は性的な単語をいっさい使わずに、酔っぱらいの危機管理能力を刺激せずに、色を売ろうとしたのだ。誘いに乗ったら最後。最後まで致してしまったら、なかったことには出来ない。クーリングオフは認められないのだ。

 私はともかく、エリンとローラに「やっちまったよ……」な経験はさせられない。二人は私に連れて来られただけなんだから。

 ぷっ! と噴き出したのは、エリンかローラかどちらだろう。

「「ぷぷぷっ!」」

 二人分の音が重なる。

「「ぷはははははっ!」」

 エリンとローラは揃って笑いだした。

「うふふ。いやだ、私達ったら。カモにされるところでしたよ!
 こんな未知な体験すると思わなかったです!」

「ふふふっ。ペトロネラさんがいなかったら、危なかったですねぇ!」

「あのキャンディは何ですか? 一瞬で現実に戻りました」

 二人はキャッキャとはしゃぎながら、笑い話にしている。

 良かった……のかな? ちゃんと経験値が増えたかな?

「ペトラ」

 呼ぶと、無表情のままこちらを向く。
 いつも淡々としているけど、いつも私のフォローをしてくれる。
 私はペトラの手を取って、グイッと引き寄せた。私より小柄な身体をギュッと抱き寄せる。

「ペトラ、ありがとう。頼もしすぎる!!」

 反応がないペトロネラを抱擁から解放すると、ペトロネラの顔が、いつもの無表情のまま真っ赤に染まっていた。

「「「っ!!!」」」

 私とエリンとローラはペトロネラのあまりの可愛さに、思わず全員で抱きしめた。


 ちなみにあのキャンディは、バート村のババ様特製の酔いざましだった。

 ヘロヘロのデロデロになるまで飲まされたユーリにも、ババ様のキャンディは一発で効いた。その凄い効き目に、ユーリはババ様を崇めるようになった。
 あのままデロデロのままだったら、翌日、二日酔いのまま帰りの馬車に揺られて地獄を見ることになっただろうからね!
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