異世界でお金を使わないといけません。

りんご飴

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異世界って……。

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 首が冷たい。

 少しゴツめのチェーン型の首輪は大型の猛獣に付ける物だというから、私にはぶかぶかで、首輪というよりネックレスのようだ。
 いや、ネックレスと言うより……。

(どこぞのプロレスラー風だな)

 アレはムキムキの肉体があってこそ違和感なく装飾になるわけで、絶対に私には似合わない。

(これ、クルトあたりに見られたら大笑いされるな) 

 心なしかミレーラ嬢の護衛も笑いを堪えている気がする。

「何グズグズしてるんだい。お嬢さんを連れて来な。さっさと川船にのせるんだよ」

 ミレーラ嬢の護衛が舌打ちした。苦々しい顔をしているけれど、従うしかない立場だから、苛立ちを私にぶつけるように睨んで来る。

 猛獣用の首輪がどれくらいの威力があるか分からないけど、人間用より強力な気がする。
 痛いのは嫌だな。ここは大人しくついて行くのが得策か。

 ミレーラ嬢の護衛に手首を捕まれて引っ張られたから、私はとっさにどこかで見た『痴漢撃退。手首を掴まれたら編』を思い出した。
 まず手のひらをパーに。親指が相手の指の出口に向かうように手首を捻る。
 一歩進みながら、自分の肘を相手の肘に近付けるように曲げる…………おお! 大成功。

「触らないで」

 いや、本当は「近付かないで」とか「止めてください」とか叫ぶんだけど、こいつに対しては何となく……。

 何度めかの舌打ちを聞きながら、私はいそいそと自らオーナーの後を追った。

 倉庫を出ると、すぐ前に水路があった。
 そこにシンプルな木造の川船が浮かんでいる。これに乗って港街を目指すらしい。

 以前、ミレーラ嬢から聞いた川船より、ずっとずっと簡素な作りの船だった。
 大丈夫なのかな、この船。港街まで結構距離があるでしょうに。
 さては運搬費用をケチッたな。

 グラつく船内に足を踏み入れたら最後。転覆しないように祈るしかない。

「ほらほら、さっさと出発しな! バレたら私もあんたもただじゃ済まないよ!」

「相変わらず悪どい商売してんのかい、姐さんよ」

 かなりの年齢を感じる船頭が、目を三日月のように細めた。

 この船頭、何かに似ている気がするのに思い出せない。

「姐さんもそろそろ足を洗った方がいいぞ。その歳で犯罪奴隷なんて、ゾッとするね」

「あんただって似たような物さ」

「へっ! 俺は金をもらって動く、真っ当な運び屋だ。積み荷は詮索しないだけだい」

 ニッと三日月の目を更に細めて笑うと、オーナーは苛立ったようにシッシッと仕草で追い払う。

「うるさいね。ほら早く行きな」

「はいよ」

 船頭は金貨を受けとると機嫌良く船を動かした。




 船は川の流れに乗ってどんどん進んで行く。
 流れは穏やかで、時々、飛び魚のようなヒレの大きな魚が川から飛び出て、船と並走しては川に戻る。船の中に飛び込んで来そうで来ない。
 なかなか美味しそうな魚だ。

「お嬢さんはずいぶん落ちついているな」

 船頭のお爺さんは目を三日月のように細めて私を見た。

「別に……」

 ただ単に、この川船が予想以上に速いことに驚いて、動力が何か考えていただけだ。
 だってモーターの音もしないのに、モーターボート並みに進んで行くんだよ。船頭も棒みたいな物をずっと握りしめているだけで、舵をとっているようには見えないし。

「姐さんに目を付けられるたぁ、お嬢さんも不運だねぇ。
 まぁ、その首輪じゃあ諦めるしかないだろうがな。そりゃ下手したら死ぬぞ」

「あ、やっぱりヤバいやつなんだ……」

「黒大熊だって、子犬みたいになっちまうだろうよ。大人しくしておいて正解だな」

 相当ヤバいらしい。
 つまり、特に手足を拘束されているわけじゃないけど、逃げられないってことだ。

 これからどうなるんだろうか。
 みんな私を探しているかな。私が奴隷の首輪を付けられたら、みんなは奴隷商館に引き取られることになるんだろうな。

 船は順調すぎるほどぐんぐん進んで、すでに倉庫は見えなくなっていた。

 王都から離れたら、もうどこか分からない。
 ポツポツと家があって、牛のような動物が無心に草を食んでいる。牛っていうより、バイソンだな。角がゴツいもの。

「のどかだわぁ……」

 天気もいいし、気温もちょうどいい。空は青くて景色はのどかなカントリー風。
 モーターボート並みのスピードのせいで髪の毛がボッサボサになるほどの風と、ヤバい首輪がなければ、なかなかいい旅になったかもしれない。

「って、こんな状況なのに呑気に景色楽しんでる私って、バカなの?」

 今は自力で何とかしないといけない状況だ。川船に乗ってしまった以上、助けを待っていても無駄だろう。

 川の流れはそれほど速くはない。
 
「泳ごうかな」

 呟いた声は、風の音に負けずに船頭の耳に入ったようで、気の毒な子を見るような目で私を見た。

「止めときな。飛び込んだ時点で首輪が発動して、まず死ぬなぁ」

「分かってるし。冗談です」

 考える時間はたくさんある。
 港街まで何度か野営をするだろうし。

 私の身体が揺れる度に首輪もブラブラ揺れるし、チャリチャリ鳴る音が鬱陶しいな。

 ちょいと摘まんで指先にクルクル巻き付けながら、ネックレスにしてはダサいよなぁなんて思って、ハッとした。

(ちょっと待って)

 この首輪は奴隷の首輪と違って、ぶかぶかすぎる。だからネックレス状態になっているわけで……。

(もしかして、頭からすっぽり抜けるんじゃない?)

 他にやれそうなことはないし、少し試してみるくらいなら大丈夫かな。上手くいったら、泳いで逃げられる。

 ネックレス状態の首輪を掴んで、ゆっくりと持ち上げてみた。

 首まで持ち上げてみて、何の変化もない。

 顎まで持ち上げてみて、大丈夫そうだ。

(これ、いけるんじゃない?)

 鼻まで持ち上げてみて……問題ない。

 次は目までだ。少し上に上げる。


 バチッ。


 首輪を掴む指先に痛みを感じて、慌てて手を離した。

「痛っ!」

 冬のドアノブを触った時の、静電気バチッ程度の刺激だ。
 そういえば地球では、野生動物から農作物を守る為に電気が流れる柵を設置したりする。どこの世界でも、動物には電撃が有効なのかもしれない。

(ん~~でも、この世界で電気系統の物を見たことがないからなぁ。電気とは違うのかな)

 得体の知らないビリビリって、ちょっと不気味だな。

 何にせよ、今のバチッはたぶん警告だ。猛獣はこの先の罰を恐れて大人しくなるんだろうね。私にも効果抜群で、いそいそと首輪を下ろした。

 一部始終を生温い目で見ていた船頭は、肩をすくめた。

「お嬢さん。俺はすでに金をもらってるから、お嬢さんが死のうがどうしようが構わない。だが俺の船で死んだら、川に捨てるからな」

 船頭からしたら、私の命なんて積み荷と何ら変わらないのだろう。

 奴隷もいる、呪いもある、そんな世界だもの。地球の日本人の頭で考えたらダメなんだよね。分かっているけど、日常生活があまりにも地球と大差なくて忘れそうになる。ここは異世界だ。私の命なんて、他人からしたらすごく軽い。

 やっぱり信じられるのは自分しかない。

 自力で何とかしなくちゃ。
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