異世界でお金を使わないといけません。

りんご飴

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ロザリアと執事達

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 この家の主人は不思議な人だ。

「様付け禁止!」

「かしこまりました。お嬢様」

「お嬢様呼びも禁止!」

「ですが、わたくしにも立場というものがあります」

 もう何度、このやり取りをしただろうか。

 ロザリアは髪の色と同じ暗い赤紫マルベリー色の瞳で、じっと主人を見つめた。

 本当は奴隷である自分が、こうして主人を直視するなんて許されない。けれど、主人がそれを望むのだから仕方がない。
 最初は高貴な身分の人を前にしたように、目線を下げて対応した。
 以前の自分は確実に頭を下げられる側だったけれど、今は犯罪奴隷。それにしてはいい生活をしているなと自分でも思うけれど。

「私、ロザリアには『マイカさん』って呼ばれたいんだよね。ちょっと強めにさ、クラス委員長みたいな感じで!」

「ですから、わたくしは奴隷ですから……」

 本当は主人の言葉には逆らえない立場だ。主人が最初に『人形のような奴隷はいらない』と、奴隷に意見を許可したからこそ出来ることだ。


 今朝の出来事を思い出して、ロザリアはクスリと笑った。

「おや、どうかしました? ロザリア」

 書類整理をしていたアルバンとレオナルドが、手を止めて振り返る。

 すぐに仕事の途中だったことを思い出して、小さく「すみません」と謝罪した。

 今は役所に提出する、奴隷の借金返済に関する書類を作成中だ。

 奴隷とはいえ、人間を所有するのは簡単なことではない。

 借金奴隷を購入した主人は、定期的に奴隷の借金を返済していかないといけない。
 分割なのは、未払いだと主人の資格無しと判断され、奴隷は商館に戻される。奴隷を不当な扱いをしていないかという、確認の意味がある。
 三年かけて主人が奴隷の借金を肩代わりすることになるので、かなり裕福でなければ奴隷は購入出来ない。
 
「全員分の返済金額は相当な額ですね」

 呟くと、アルバンは作成中の書類に目を通しながら、穏やかに「そうですね」と答えた。

「お嬢様は学力面では、かなり高度な教育を受けたように感じます。ただ、常識的なことは相当無知です。
 奴隷制度に関しても、最初は借金を肩代わりすることについて、ご存知なかったようですから」

「えっ? そんなことってあるのでしょうか」

 それは世の中の常識といえることだ。
 奴隷を所有する貴族や富裕層も、奴隷になる可能性が高い貧民も、みんな知っていることなのに。

「お嬢様の出身国には、奴隷がいないそうですよ。
 奴隷商館で説明書を渡された時に、流し読みしたそうですし、知らなくても不思議はありません」

「何しろお嬢さまですから」

 ねぇ。と二人で納得し合うのを横目に、ロザリアは一人首を傾げた。

 奴隷がいない国なんてあっただろうか。

 子供の頃から王妃教育を受けて、諸外国について学んで来たけれど、思い当たる節がない。

「ふふふっ。そういえば、初めの支払いの時に金額を伝えたところ、ポンと派手な柄の巾着袋を渡されたんですよ」

「あれは凄かったですよね。
 巾着袋の中は大金貨でいっぱいでしたから、僕もびっくりしましたよ」

 アルバンとレオナルドは二人で和やかに笑い合う。

 その様子を、呆然としながら見つめていたロザリアの頭を、アルバンはポンポンと優しく叩く。

 衝撃にロザリアは固まった。
 貴族令嬢だった頃、年配とはいえ、男性に気軽に触れられることはなかった。
 平民の距離感に戸惑っていると、アルバンは同じようにレオナルドの頭もポンポンと叩く。

「ああ、すみません。年頃のお嬢さんにすることではありませんでしたね。つい、娘と息子を思い出してしまって」

 どこか寂しげに笑う。

 アルバンがどんな経路をたどって奴隷になったのか、知らない。あえて聞くつもりもない。

 レオナルドもアルバンの家族の話題を初めて聞いたようで、妙にソワソワしている。触れてはいけない話題かどうか、計りかねているようだ。
 9歳という年齢にしては、ずいぶん大人びてると思っていたけれど、こういう仕草はやはり子供だ。

「そういえば」

 ロザリアは自然に話題を変えるために、落ちついた声を出す。

「お嬢様はなぜ、わたくしに名前で呼んで欲しがるのでしょう」

「ふむ。そうですねぇ」

 ロザリアの意図に気付いているだろう。それでもアルバンは平然と話に乗ってくれた。

「あなたは、お嬢様の好みなんでしょうね」

「好み、ですか……」

「はい。上品な色合いの艶やかな髪も、力強い瞳も、ピンとした姿勢の良さも、女性らしい体つきも、あなたの全てが、お嬢様の好みだそうですよ」

 昔から、容姿を誉められることは日常茶飯事だった。
 ただし、社交辞令として。

「この髪……」

 髪の色は、この国では珍しいかもしれない。
 けれど、あの国ではありきたりな色合いだ。平民にもよくある色だ。

 鮮やかな金色をした彼女を、羨ましいと思ったこともあった。
 婚約者の目に止まった彼女は、姑息な手で、あれやこれやと悪事を擦り付けて来た。
 表立って反撃しなかったのは、婚約者を信じていたからだ。
 見え見えの馬鹿げた陰謀に、気付かない訳がないと。

 家同士が決めた婚約者は、将来は国王となる人。全てにおいて、理想とは真逆な人だった。
 それでも、結婚するならば、彼を支えてあげられるようにと頑張っていたのに。
 気づいた時には、彼の目にはブロンドヘアの彼女しか写っていなかったのだ。

 ショックだったけれど、むしろホッとした気持ちの方が大きいことに、自分でも驚いたものだ。

 結局、彼女に反撃しなかったことが仇となって、今、こうしている訳だけど。

『平民みたいな髪の色ねぇ』

 そう言って笑った彼女の顔を思い出す。

「お嬢様の出身国では、紫色は高貴な色なんだそうですよ」

 記憶に沈んでいた意識が、アルバンの一言で引き戻される。

「ロザリア」

 アルバンの優しい目に、溢れそうになる何かを必死に押さえ込む。

「あなたは誰より美しい女性です。うちのお嬢様の太鼓判付きですからね」

 ストンと、胸の中で何かが落ちたような気がした。

「ふふっ、ふふふふ」

 押さえていた感情の変わりに、笑いが込み上げて来る。

 知らなかった。自分の中に、承認欲求があったなんて。

「お嬢様はわたくしを認めてくださるのですね。
 ふふふっ」

 しばらく笑いが止まらないロザリアに付き合って、アルバンも穏やかに笑う。

「あの」

 控えめに声をかけたレオナルドに、笑いすぎて潤んだ、暗い赤紫マルベリー色の瞳が向く。

「どうしました? ふふふっ」

「ロザリアさん!」

 ゴクリと喉を鳴らしたレオナルドは、少しだけ躊躇した後、勢いよく言った。

「お嬢様を名前で呼んであげてくれませんか?」

 それぞれに立場があるのは分かっている。
 レオナルドも最初の頃は、マイカを名前で呼んでいた。それが主人の希望だったから。
 けれど、執事のアルバンについて、見習いの立場をもらった時に、立場に合った呼び方に変えたのだ。

 初めに『お嬢様』と呼んだ時の、少し寂しそうな顔を思い出す。

 今は名前で呼びたくても、もう名前で呼ぶことは出来ない。

 でも、お嬢様がロザリアに名前呼びを求めているのならば。

「分かりました」

 断られると思っていた。こうもすんなり了承してもらえるなんて、思っていなかったから。

 ポカンとした表情のレオナルドの頭に、ポンポンと手を置く。

「努力します」

 ロザリアは魅惑的な笑顔で、頷いた。

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