心読みの魔女と異星【ほし】の王子様

凛江

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心読みの魔女

新しい名前

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「…で、あなたまさか、あの御者、殺してはいないのよね?」
ディアナは洞窟から出ると、まだ入り口付近で伸びている御者を指差した。
「うん。まぁ、記憶がなくなるくらい殴りはしたけど」
「記憶がなくなる…?」
「うん…」
ミゲルはちょっと気まずそうに答えた。
「だって君が生きてること、知られない方がいいんでしょ?」
「ああ…、そうか、そうよね。ありがとう」
ディアナが小さくうなずくと、ミゲルは嬉しそうに笑った。
そして、鞄と、あまり綺麗とはいえない袋を目の前に出した。

「これ、馬車から持って来た。君の荷物だろ?」
鞄の中身は、家を出るディアナに、父が持たせたわずかな荷物だった。
貴族の令嬢だというのに粗末なドレスが1枚入っているだけで、装飾品の類も全く無い。
まぁ、それはそうだろう。
父はディアナを殺すつもりだったのだから。

「ああ、でもこれは助かるわ」
そう言うとディアナは御者の私物であるだろう袋の中から、紙を2枚取り出した。
ディアナと御者の、ガリウム公国までの通行証である。
通行証自体はローレンシウム領で発行した本物だが、ディアナの分は平民で、しかも偽名が書かれている。
万が一遺体が発見された時の備えだったのだろう。
これからどこに向かうとしても、領を抜けるときは関所があり、通行証が必要なのだ。

「これ…、上手く書き加えられないかしら」
ディアナは鞄からペンを出すと、名前の部分にペンを入れようとした。
父が用意した偽名を使う気など毛頭ないし、また、このまま使ったらディアナが生きているとわかった時父に探し当てられてしまうかもしれない。
「待って…」
ディアナの手を止めたミゲルが、自分の胸元からペンらしきものを出した。
ペンの頭の方で紙をこすると、するすると文字が消えていく。
「な…っ!魔法⁈」
「違うよ、魔法じゃない。僕の星では、技術が進歩してるんだ。こんな文字は簡単に消せる」
「そ、そうなの…⁈」
「うん。それで、君はなんて書くつもり?ディアナ」

「ルナ…、そう、ルナよ」
「ルナ…?」
「ええ、私はルナ。父からもらったディアナという名はもう捨てるわ」
ディアナ…、いや、ルナは、そう言うとぐいっと伸びをした。
「ディアナっていう名はね、月の女神さまの名前なんですって。でも私はあの家で、そんな扱いを受けたことは一度もなかったわ」
「じゃあ、ルナっていうのは?」
「月自体をルナと呼ぶのよ」
「なるほどね…。ルナ、ルナか。いい名前だね」
ミゲルは納得したようにうなずいた。
そして、空を見上げた。
今夜はおあつらえ向きに、満月が光り輝いている。

月明かりの中、二人は通行証に自分の名前を書いた。
一枚はただのルナと。そしてもう一枚はミゲルと。
魔女狩りが始まってから関所を通るのも厳しいと聞くが、この通行証なら問題なく通してもらえるだろう。

ルナはミゲルに微笑むと、すっくとその場に立った。
そして、こう宣言した。
「ミゲル、私ね、生まれ変わることにする!」
「生まれ変わる?」
「ええ。貴族令嬢だったディアナ・ローレンシウムは父親に殺されたの。そして、ミゲルという青年に助けられて、ルナとして生まれ変わった。あなたにもらったこの命、無駄にはしないわ」
「ルナ…」
月光を背に受けたルナは、神々しくさえ見える。

「で、ルナはこれからどうするの?」
「ガリウム公国の首都ニオブへ行こうと思うの。こうして通行証を手に入れたことだし。田舎では、余所者はすぐ目立つでしょ?でも都会なら、人混みに紛れて生きていける気がするの。それに、ガリウム公国は魔女狩りがないと聞くわ」
「そうか…。じゃあ、僕も一緒に行くよ」
「ミゲルも?」
「僕は異星人だから、右も左もわからないからね。それに僕が助けた命なら、責任持ってこれからも守るよ。お互い助け合っていこうよ」
「…そうね、わかったわ。私も、あなたがいてくれたら心強いわ。一緒に行きましょう、ミゲル」
「うん、一緒に行こう、ルナ」

家族でも婚約者でもない男性と行動を共にするなど、昨日までの、貴族令嬢のディアナだったら考えられないことだった。
でも今の彼女は平民のルナ。
魔女だと疑われ、家族から疎外された少女はもうどこにもいないのだ。
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