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不穏な足音
父と妹
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縄で繋がれて異端審問所の牢へ向かう途中、ルナは民衆に「魔女だ魔女だ」と石をぶつけられた。
おかげで額から血が流れ、体中が痛い。
おそらく体全体に痣が出来ていることだろう。
しかし可愛らしい無垢な目をした子供までが石を投げているのを見て、ルナは体よりも心が痛くなった。
なんて残酷な世界なのだろうと。
入れられた牢は狭く、やっと人一人体を横たえられるくらいだ。
物音から両隣にも人の気配を感じ、やはり同じように魔女として捕らえられた者が入れられているのだろうと察せられた。
床も壁も剝き出しの石で、しかもところどころ黒ずんだ跡がある。
おそらく前に入れられていた者の血や体液の跡なのだろう。
しばらくすると泣き叫ぶ声や助けを乞う声が聞こえてきて、ルナは思わず耳を塞いだ。
今夜か、明日の朝か、遠からずルナも尋問という名の拷問を受けるのだろう。
もちろんものすごい恐怖ではあるのだが、正直今はそれによって自分がどうなってしまうのか想像もつかない。
何も聞かれないまま夜になり、朝になった。
簡素な朝食が出され驚いていると、役人が「面通しだ」と言いながら誰かを連れてきた。
呼ばれて鉄格子の側まで行くと、驚くことに、それは父ローレンシウム子爵と妹のエルミラだった。
子爵は氷のような冷たい目で、エルミラは隠し切れない笑みを浮かべてルナを見ていた。
「呼ばれたからわざわざ赴いたが…、この女は我が領民ではない。ましてや、私の娘などでもない。私の可愛い娘は乗っていた馬車を襲われて死んだんだ。こんな、平民の魔女などではない」
子爵はそう言い捨てると、一秒でもこんな所にはいたくないとばかりに踵を返そうとした。
「申し訳ありません、子爵様。通行証の発行が子爵様だったので。この女の佇まいから貴族令嬢じゃないかと疑う者もいたので、いちおう面通しをお願いした次第で…」
役人がへこへこと頭を下げている。
「おおかた通行証を偽造したのだろう。我が領民を名乗るなど、不届きな輩だ。魔女として、厳罰に処して欲しいものだな」
こちらに背を向けたまま、子爵はそう答えた。
もしかしたら娘に対して最期になるかもしれない言葉がこれだなんて、あまりにもひど過ぎる。
しかしもう親に対する感情が麻痺してしまったルナは、その背中を見て薄っすらと笑うだけだ。
なるほど、拷問が始まらなかったのは、子爵との面通しが済んでからとのことだったようだ…などと、他人事のように考えていた。
子爵が去ってしまっても、エルミラはそこに立ってルナを見下ろしていた。
相変わらずにやにやと口角が緩んでいる。
「ざまぁないわね。わざわざ捕まるためにキセノン王国に戻ってくるなんて。そんなに火炙りになりたかったの?」
笑いながら嘲りの言葉を投げてくる妹に、ルナは不思議な感慨を覚えた。
親の愛情も婚約者の愛情も全て持って行ったエルミラが、なぜここまでルナを憎悪するのだろうかと。
「どうして…?私の何が、あなたをそこまで怒らせたのかしら」
思わずそうたずねると、エルミラは眉を吊り上げた。
「一体何の話?あんたは私とは縁のない、平民の魔女でしょう?」
そう言うと、エルミラはくるりと役人の方へ体を向けた。
「私の知っている情報を教えるわ。先日ガリウム公国へ赴いた時、彼女を見たの。この女はガリウム公国の英雄ミゲルのそばにいたわ。魔法で彼の心を操り、虜にした魔女なのよ」
「な…っ!本当ですか⁈」
役人が目を見開いてたずねる。
「ええ。英雄ミゲルの目は明らかにおかしかった。この女が彼に怪しげな薬を盛ったか、さもなくば魅了の魔法をかけたに違いないわ」
「何を言うの⁈ミゲルと私は本当に愛し合っているわ!私は魔女なんかじゃない!」
「うるさい黙れ!」
鉄格子の向こうから槍の柄で突かれ、ルナは「うっ」と呻いた。
腹を押さえ、その場に蹲る。
「もしかしてこの女が火炙りになったら、英雄様の魅了も解けるのかしらね。楽しみだわ」
そう言うとエルミラは踵を返し、笑いながら去って行った。
もう、反論する気も起きなかった。
反論すればするだけ、エルミラを喜ばせるだけだ。
子爵家との面通しが終わったことで今度こそ拷問が始まるのかと思ったが、その日の午後、また驚くような面会があった。
なんと、キセノン王国の王子がやって来たのだ。
おかげで額から血が流れ、体中が痛い。
おそらく体全体に痣が出来ていることだろう。
しかし可愛らしい無垢な目をした子供までが石を投げているのを見て、ルナは体よりも心が痛くなった。
なんて残酷な世界なのだろうと。
入れられた牢は狭く、やっと人一人体を横たえられるくらいだ。
物音から両隣にも人の気配を感じ、やはり同じように魔女として捕らえられた者が入れられているのだろうと察せられた。
床も壁も剝き出しの石で、しかもところどころ黒ずんだ跡がある。
おそらく前に入れられていた者の血や体液の跡なのだろう。
しばらくすると泣き叫ぶ声や助けを乞う声が聞こえてきて、ルナは思わず耳を塞いだ。
今夜か、明日の朝か、遠からずルナも尋問という名の拷問を受けるのだろう。
もちろんものすごい恐怖ではあるのだが、正直今はそれによって自分がどうなってしまうのか想像もつかない。
何も聞かれないまま夜になり、朝になった。
簡素な朝食が出され驚いていると、役人が「面通しだ」と言いながら誰かを連れてきた。
呼ばれて鉄格子の側まで行くと、驚くことに、それは父ローレンシウム子爵と妹のエルミラだった。
子爵は氷のような冷たい目で、エルミラは隠し切れない笑みを浮かべてルナを見ていた。
「呼ばれたからわざわざ赴いたが…、この女は我が領民ではない。ましてや、私の娘などでもない。私の可愛い娘は乗っていた馬車を襲われて死んだんだ。こんな、平民の魔女などではない」
子爵はそう言い捨てると、一秒でもこんな所にはいたくないとばかりに踵を返そうとした。
「申し訳ありません、子爵様。通行証の発行が子爵様だったので。この女の佇まいから貴族令嬢じゃないかと疑う者もいたので、いちおう面通しをお願いした次第で…」
役人がへこへこと頭を下げている。
「おおかた通行証を偽造したのだろう。我が領民を名乗るなど、不届きな輩だ。魔女として、厳罰に処して欲しいものだな」
こちらに背を向けたまま、子爵はそう答えた。
もしかしたら娘に対して最期になるかもしれない言葉がこれだなんて、あまりにもひど過ぎる。
しかしもう親に対する感情が麻痺してしまったルナは、その背中を見て薄っすらと笑うだけだ。
なるほど、拷問が始まらなかったのは、子爵との面通しが済んでからとのことだったようだ…などと、他人事のように考えていた。
子爵が去ってしまっても、エルミラはそこに立ってルナを見下ろしていた。
相変わらずにやにやと口角が緩んでいる。
「ざまぁないわね。わざわざ捕まるためにキセノン王国に戻ってくるなんて。そんなに火炙りになりたかったの?」
笑いながら嘲りの言葉を投げてくる妹に、ルナは不思議な感慨を覚えた。
親の愛情も婚約者の愛情も全て持って行ったエルミラが、なぜここまでルナを憎悪するのだろうかと。
「どうして…?私の何が、あなたをそこまで怒らせたのかしら」
思わずそうたずねると、エルミラは眉を吊り上げた。
「一体何の話?あんたは私とは縁のない、平民の魔女でしょう?」
そう言うと、エルミラはくるりと役人の方へ体を向けた。
「私の知っている情報を教えるわ。先日ガリウム公国へ赴いた時、彼女を見たの。この女はガリウム公国の英雄ミゲルのそばにいたわ。魔法で彼の心を操り、虜にした魔女なのよ」
「な…っ!本当ですか⁈」
役人が目を見開いてたずねる。
「ええ。英雄ミゲルの目は明らかにおかしかった。この女が彼に怪しげな薬を盛ったか、さもなくば魅了の魔法をかけたに違いないわ」
「何を言うの⁈ミゲルと私は本当に愛し合っているわ!私は魔女なんかじゃない!」
「うるさい黙れ!」
鉄格子の向こうから槍の柄で突かれ、ルナは「うっ」と呻いた。
腹を押さえ、その場に蹲る。
「もしかしてこの女が火炙りになったら、英雄様の魅了も解けるのかしらね。楽しみだわ」
そう言うとエルミラは踵を返し、笑いながら去って行った。
もう、反論する気も起きなかった。
反論すればするだけ、エルミラを喜ばせるだけだ。
子爵家との面通しが終わったことで今度こそ拷問が始まるのかと思ったが、その日の午後、また驚くような面会があった。
なんと、キセノン王国の王子がやって来たのだ。
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