花婿が差し替えられました

凛江

文字の大きさ
21 / 48
いちおう、新婚

思いがけない特技

しおりを挟む
コラール侯爵家の面々との挨拶が終わると、機会を伺っていた者たちがわらわらと寄ってきた。
ほとんどの者が皆、アリスと事業の話をしたいとか、この機会に縁を繋ぎたいと考えている紳士たちだ。
正直クロードにとってはさっぱりわからない話ばかりで、アリスはそんな彼に気を遣ったのか、「あちらで飲み物でもいただいたら?」と声をかけた。
だが、そんな気遣いもクロードにとっては惨めなだけだ。
紳士たちも全く会話に入れないクロードを蔑むような目で見ている。
しかし今は夫婦で挨拶まわりをしている最中だし、しかも多勢の紳士に囲まれていれる妻を一人放っていくことなど出来ない。
これは、夫としての、騎士としてのクロードの矜持である。

「お久しぶりです。サンフォース伯爵令嬢…、いや、今は伯爵位を継がれたのでしたね」
外国訛りの言葉で話しかけられ、アリスはそちらに向き直った。
隣国テルルの貴族で、以前事業を提携したこともある紳士だ。
隣国テルルとは親交があるため、こうしてテルル貴族がアルゴン貴族の夜会にいるのも珍しくはない。
「まぁ、テルミー子爵。お久しぶりでございます」
「その節はお世話になりました。相変わらずご活躍のようですね…、と、ああ、これは私の妻です」
テルミー子爵は隣に立つ小柄な女性を妻だと紹介した。
妻はぎこちない笑顔を浮かべ、辿々しく挨拶を述べる。

「実は妻はテルル語しか話せませんで。今回初めて国外に伴ったのですが、かろうじて挨拶だけは教えてきたのです」
子爵が恥ずかしそうにそう話すのを聞いたアリスは、『まぁ、だったらテルル語でお話ししましょう』と子爵夫人に微笑みかけた。
才媛と誉高く自国語以外に三ヵ国語を操るアリスは、他国の貴族や商人との商談の折、父の通訳もつとめてきた。
しかしアリスのような女性は特別で、多くの女性は自国語しか話せないのが普通である。
だからテルミー子爵夫人だって、全く恥ずかしがることはないと思ったのだ。

『アルゴンは初めてですか?もう観光はされたのかしら』
流暢なテルル語で話しかけられ、子爵夫人も思わず相好を崩す。
『ええ、初めてですの。まだ王都に着いたばかりなので、観光もしていませんわ』
『何かお好きなものは?興味を惹かれる物はございまして?』
『そうですわね。テルルには海が無いので、是非とも海は見てみたいわ』
『まぁ、だったら…』

『だったらドリー海岸に行かれたらいかがですか?』
突然割って入った声に驚いて、アリスはそちらを振り返った。
声でそうかとは思ったが、声の主の顔を見て、あらためて目を丸くする。
しかし彼はアリスの視線を気にも止めずに流暢なテルル語で話し続ける。
『この時期のドリー海岸は、海に沈む夕日がとても綺麗だと有名なんですよ。それから、ペレス湾の灯台も一見の価値ありです。ここアルゴンで一番古い灯台ですから建造物としても見応えがありますし、ここから見る夕景もまた美しいんです』
『まぁ…、ご親切に。ところで…、貴方様は?』
『申し遅れました。私はクロードと申します』

『私の…、夫ですわ』
アリスはクロードの隣に寄り添うように立つと、彼を紹介した。
『まぁ、伯爵の旦那様⁇ご夫婦揃って外国語が堪能でいらっしゃるのね』
子爵夫人にそう言われ、アリスは曖昧に微笑みながらクロードの方を見た。
しかし彼は涼しい顔で会話を続けている。
そのうちクロードの本業が騎士だと知ったテルミー子爵が大いに興味を持ち、話題は騎士道精神やテルルとアルゴンの騎士の違いにまで話は及んだ。

「驚きましたわ旦那様。テルル語が堪能ですのね」
ホールの端で休憩しながら、アリスは素直にそう言った。
あの後テルル人の商人なども加わり、会話は大いに盛り上がったのだ。
「貴女には敵いません…。それに、コラール家は昔からテルル人との交友が多いので、それで言葉ができるようになっただけですよ」
クロードは少し恥ずかしそうに苦笑したが、アリスは首を大きく横に振った。
「いいえ。言葉だけではなくテルルの歴史や背景にも詳しくて、皆感心していましたわ。おかげで、次の縁も繋げそうです」
和やかなムードの中、テルミー子爵やテルルの商人たちは、次は事業の話で会いたいとアリスに言った。
大げさではなく、クロードが繋げてくれた縁だと思う。

「貴女の役に立ったのなら…、良かったです」
はにかむように笑ったクロードの笑顔に、アリスの胸が思わずキュンと鳴った。
「私の…役に、ですか?」
「ええ。木偶の坊のようにただ貴女の横に立っているだけというのは、正直キツい」
「木偶の坊…」
その言葉を聞いて、アリスは眉を顰めた。
要するにクロードは、アリスがずっと彼を木偶の坊扱いしてきたと言いたいのだろう。
黙って考え込んでしまったアリスに、クロードは手を差し出した。
「踊ってくれますか?アリス」

「…また驚いてしまいました。この短期間でずいぶんお上手になったんですね」
クロードにリードされながら、アリスは彼の顔を見上げた。
彼は涼しい顔でアリスをリードし、軽やかにステップを踏んでいる。
あの、半年前の結婚披露宴でのダンスとはまるで別人のようだ。
「少々レッスンを受けましたから」
クロードは得意げにそう言ったが、アリスはぎこちなく微笑んだ。
それもまた、披露宴で恥をかいた彼が自分を見返すために努力したのだと理解したからだ。

(でも…)
逞しいクロードの腕で軽々と持ち上げられ、ドレス姿のアリスが蝶のように舞う。
(楽しい)
アリスは心からそう思った。
こんなにダンスが楽しいと思ったのは初めてのことだ。

クロードもまた楽しげにアリスをリードし、二人はお互いだけを見つめ合いながら舞い続けたのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...