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回想、オレリアン
9
マテオに怒鳴られた俺は言葉を飲み込み、立ち上がった彼を見上げた。
「何故それをご自分の目で確かめようと思われないのですか⁈
何故ご立派に侯爵夫人の務めを果たしている奥様を労い、お褒めになりはしないのですか⁈」
「…、マ、マテオ…?」
「何故一度も奥様に会いにいらっしゃらないのですか⁈
何故いつまでも奥様をお迎えにいらっしゃらないのですか⁈
何故早く大奥様を追い出されないのですか⁈」
「…それは…」
「奥様の贈り物はご覧になったのですか⁈
何故礼状をお書きにならないのですか⁈
人として、夫として、あなたは間違っている‼︎」
「ま…、待て、マテオ…」
マテオの剣幕に尻込みした俺は、謝ろうとして、一瞬「………ん?」と思わず首を傾げた。
マテオの言葉の中に、含みきれないワードがあったからだ。
「マテオ…、この前の手紙にもあったが、『奥様からの贈り物』とは何だ?」
「………は?」
マテオの顔がさらに憤怒の様相になる。
俺の問いは、マテオの怒りに余計に火をつけたようだ。
「この期に及んで、贈り物さえ知らないふりをされるのですか?」
「いやだから、本当に知らな…、」
「酷すぎます!」
そう叫んだのは、今まで黙って成り行きを見守っていたセイだ。
俺がセイの方を見ると、彼は瞼いっぱいに涙を溜め、俺を睨みつけた。
「旦那様はあんまりだ!
奥様が可哀想過ぎる!
奥様は少なくとも2度、旦那様に贈り物をしています!」
「2度…?」
そんなことを言われても、俺には本当に身に覚えがないのだ。
逆に、贈り物をしたのに礼状も返さないのはコンスタンスの方ではないか。
すると、背後に立っていたダレルが
「あ…っ、まさか…!」
と声を上げた。
「…まさか?」
ダレルを見上げると、口を押さえ、眉間に皺を寄せている。
それを見て、俺はダレルが言わんとしたことに思い当たった。
「まさか…、また、義母上か?」
「…まだ憶測の域を出ませんが、おそらく大奥様の仕業でしょう」
マテオの口調が静かになった。
しかし、それは凍り付くような冷ややかさだ。
「あなたは本当に愚かですね、旦那様。
一体何度同じことを繰り返すのですか?」
マテオの心底軽蔑したような言葉に、俺は唇を噛んだ。
不敬だと、マテオを怒る気は毛頭ない。
彼は長年仕えていたにもかかわらず、己のクビを賭けて俺に苦言を呈してくれているのだから。
「…ダレル。
すぐに義母上の息がかかった使用人を調べろ」
「はっ!」
命じると、ダレルがすぐに部屋を出て行く。
俺は本当に愚かだ。
セリーヌの時も散々嫌な目に遭ったのに、今回は義母と妻が距離的に離れているからと気にも留めなかった。
嫌がらせは、本人に会わなくとも出来るのに。
俺の権限で、ダレルは義母と義母の侍女の部屋を調べた。
義母が実家から連れてきた、昔から義母に仕えている一番忠実な侍女だ。
そして侍女の部屋から、明らかに侍女が持つには不自然なほど高価な、絹のハンカチと皮の手袋が見つかった。
手紙類は一通も見つからなかったから、恐らく捨てられてしまったのだろう。
ダレルがそれを持って来た時、俺は言葉を失った。
絹のハンカチにも、皮の手袋にも、ヒース侯爵家の紋章が刺繍されていた。
「ハンカチは、結婚されてすぐに作られたものです。
手袋は、旦那様のお誕生日に合わせて作られたものですね。
刺繍だけじゃなく、手袋自体、奥様が縫われたものです」
マテオの言葉を聞いて、俺は自分の手に手袋をはめてみた。
「…ピッタリだ…」
「邸に残っていた旦那様の手袋を参考に作られたようです。
本人の手に合わせて作ることが出来ませんからね」
もう、マテオの皮肉も耳に入らなかった。
皮は厚く、彼女の華奢な指で一針一針刺すのは大変だっただろう。
「恐らくこんなことではないかと思い、今回はお持ちしました」
マテオが恭しく一通の封筒を差し出した。
薄桃色のそれには、あまり見覚えのない、だが、美しい文字で俺の名が書いてある。
「旦那様が、いつ気づき、いつ反省してくれるかと、待っておりました。
でも、あまりにも奥様がお労しくて…」
我慢出来なくなった…、と、マテオは呟いた。
俺は、彼女からの手紙と贈り物を胸に押し抱いた。
「悪いが、1人にしてくれ」
そう言うと、マテオ親子とダレルは静かに部屋を出て行った。
「何故それをご自分の目で確かめようと思われないのですか⁈
何故ご立派に侯爵夫人の務めを果たしている奥様を労い、お褒めになりはしないのですか⁈」
「…、マ、マテオ…?」
「何故一度も奥様に会いにいらっしゃらないのですか⁈
何故いつまでも奥様をお迎えにいらっしゃらないのですか⁈
何故早く大奥様を追い出されないのですか⁈」
「…それは…」
「奥様の贈り物はご覧になったのですか⁈
何故礼状をお書きにならないのですか⁈
人として、夫として、あなたは間違っている‼︎」
「ま…、待て、マテオ…」
マテオの剣幕に尻込みした俺は、謝ろうとして、一瞬「………ん?」と思わず首を傾げた。
マテオの言葉の中に、含みきれないワードがあったからだ。
「マテオ…、この前の手紙にもあったが、『奥様からの贈り物』とは何だ?」
「………は?」
マテオの顔がさらに憤怒の様相になる。
俺の問いは、マテオの怒りに余計に火をつけたようだ。
「この期に及んで、贈り物さえ知らないふりをされるのですか?」
「いやだから、本当に知らな…、」
「酷すぎます!」
そう叫んだのは、今まで黙って成り行きを見守っていたセイだ。
俺がセイの方を見ると、彼は瞼いっぱいに涙を溜め、俺を睨みつけた。
「旦那様はあんまりだ!
奥様が可哀想過ぎる!
奥様は少なくとも2度、旦那様に贈り物をしています!」
「2度…?」
そんなことを言われても、俺には本当に身に覚えがないのだ。
逆に、贈り物をしたのに礼状も返さないのはコンスタンスの方ではないか。
すると、背後に立っていたダレルが
「あ…っ、まさか…!」
と声を上げた。
「…まさか?」
ダレルを見上げると、口を押さえ、眉間に皺を寄せている。
それを見て、俺はダレルが言わんとしたことに思い当たった。
「まさか…、また、義母上か?」
「…まだ憶測の域を出ませんが、おそらく大奥様の仕業でしょう」
マテオの口調が静かになった。
しかし、それは凍り付くような冷ややかさだ。
「あなたは本当に愚かですね、旦那様。
一体何度同じことを繰り返すのですか?」
マテオの心底軽蔑したような言葉に、俺は唇を噛んだ。
不敬だと、マテオを怒る気は毛頭ない。
彼は長年仕えていたにもかかわらず、己のクビを賭けて俺に苦言を呈してくれているのだから。
「…ダレル。
すぐに義母上の息がかかった使用人を調べろ」
「はっ!」
命じると、ダレルがすぐに部屋を出て行く。
俺は本当に愚かだ。
セリーヌの時も散々嫌な目に遭ったのに、今回は義母と妻が距離的に離れているからと気にも留めなかった。
嫌がらせは、本人に会わなくとも出来るのに。
俺の権限で、ダレルは義母と義母の侍女の部屋を調べた。
義母が実家から連れてきた、昔から義母に仕えている一番忠実な侍女だ。
そして侍女の部屋から、明らかに侍女が持つには不自然なほど高価な、絹のハンカチと皮の手袋が見つかった。
手紙類は一通も見つからなかったから、恐らく捨てられてしまったのだろう。
ダレルがそれを持って来た時、俺は言葉を失った。
絹のハンカチにも、皮の手袋にも、ヒース侯爵家の紋章が刺繍されていた。
「ハンカチは、結婚されてすぐに作られたものです。
手袋は、旦那様のお誕生日に合わせて作られたものですね。
刺繍だけじゃなく、手袋自体、奥様が縫われたものです」
マテオの言葉を聞いて、俺は自分の手に手袋をはめてみた。
「…ピッタリだ…」
「邸に残っていた旦那様の手袋を参考に作られたようです。
本人の手に合わせて作ることが出来ませんからね」
もう、マテオの皮肉も耳に入らなかった。
皮は厚く、彼女の華奢な指で一針一針刺すのは大変だっただろう。
「恐らくこんなことではないかと思い、今回はお持ちしました」
マテオが恭しく一通の封筒を差し出した。
薄桃色のそれには、あまり見覚えのない、だが、美しい文字で俺の名が書いてある。
「旦那様が、いつ気づき、いつ反省してくれるかと、待っておりました。
でも、あまりにも奥様がお労しくて…」
我慢出来なくなった…、と、マテオは呟いた。
俺は、彼女からの手紙と贈り物を胸に押し抱いた。
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そう言うと、マテオ親子とダレルは静かに部屋を出て行った。
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