7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
27 / 100
回想、オレリアン

10

しおりを挟む
『旦那様へ』

彼女の手紙の書き出しは、そんな言葉だった。

実際にはそんな風に呼ばれたことはまだない。

何度か言葉を交わした時は、彼女は俺を『侯爵様』と呼んでいた。

薄桃色の便箋は春の訪れを感じさせ、そこに、美しくも柔らかい文字が乗っていた。


『旦那様、お変わりはありませんか?
王都はまだお寒いでしょうか?
ヒース領は日に日に暖かくなり、様々な花が咲き始めています。
色とりどりの花たちは私の目を楽しませてくれ、これからの季節が本当に楽しみです。
いつも書いておりますが、旦那様が私をこちらへ寄越してくださったこと、本当に感謝しております。
ここでは使用人の方たちも領民たちも皆優しく親切で、私は快適に過ごさせていただいております。
これも全て旦那様のお心遣いのおかげだと思います。
領内を歩くと、領民たちの旦那様をお慕いする声がよく聞かれます。
旦那様は忙しくあまり領地に戻られないようですが、善政を敷かれてらっしゃるのですね。
私はそんな旦那様の妻にしていただけたことを、誇りに思っております。
旦那様にいただいたネックレスは普段使うにはもったいなくて大事にしまっております。
こんな、全く妻の務めを果たせない私のためにお気遣いいただき、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
旦那様、騎士のお仕事と侯爵としてのお仕事とで毎日お忙しいとは思いますが、どうぞお体を大切にお過ごしください。
お会い出来る日を、楽しみにしております。
コンスタンス』


「コンスタンス…」

呟くように、その名前を呼んでみる。

会いに来いとも、迎えに来いとも書かれてはいない。

放置している夫を、詰る言葉もない。

それどころか、ヒース領に送ったことを感謝し、自分が快適に過ごせるのは俺が善政を敷いているせいだと言う。


『お会い出来る日を、楽しみにしております』

…本当に…?

本当に、彼女は俺と会いたいと思ってくれているのだろうか。


貴女は本当はどんな方なのだ?


俺は彼女からの手紙を額に押し当て、込み上げてくるものを飲み込んだ。




その後出かけていた義母と侍女が帰宅し、ダレルに問い詰められた侍女が全てを吐いた。

やはり義母の指示で、毎日届く郵便物を確認していたらしい。

その中に、コンスタンスから俺宛の手紙や荷物があったら全て捨ててしまえと。

指示通り手紙類は全て捨ててしまったが、ハンカチと手袋はほとぼりが冷めた頃売って金にしようと思っていたらしい。

手紙は、20通以上はあっただろうと言う。

今となっては、彼女が俺に何を書き送ってくれていたのかさえ知ることが出来ない。



「貴女は何度私を欺けば気が済むのか」

激怒する俺に、義母は全て侍女のせいにして逃れようとした。

侍女が主人を思うあまり、主人の為になると勘違いしてそんなことを仕出かしたのだと。

もちろんそんな言い訳が通用するはずもなく、俺は、今度こそ義母に侍女を連れてすぐこの邸から出て行くよう告げた。

それでも認めない義母は、声を荒げて反論した。

「私がそんなことするはずないでしょう?
私が一番あなたのことを想っているって、知っているでしょう?オレリアン」

媚びるようにすり寄ってくる義母に、吐き気がする。

「今は私がヒース侯爵家の当主であり、この家の主人です。
私は近いうちに女主人コンスタンスを迎えにヒース領に行く。
私たちが戻って来る前に、あなたはここを出て行ってください」

振り払って背を向けた俺に、義母はヒステリックに声を上げていた。

「ここは私の家よ!
私がここの女主人なのよ!
絶対に出て行かないわ!」


義母の叫びを無視し、俺はマテオたちに指示を与えた。

侍女をはじめ、義母の息がかかっていると思われる使用人は全てクビにすること。

俺がヒース領に向かう間マテオが王都の邸宅に残り、俺たち夫婦が王都に戻るまでに義母を出て行かせること。

そしてダレルには、配下に指示して義母を絶えず監視させること。



そうして3日後、俺はダレルとセイを伴い、ヒース領に向けて経った。

コンスタンスと結婚式を挙げてから、実に11ヶ月の月日が流れていた。
しおりを挟む
感想 62

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

記憶が戻ったのは婚約が解消された後でした。

しゃーりん
恋愛
王太子殿下と婚約している公爵令嬢ダイアナは目を覚ますと自分がどこにいるのかわからなかった。 眠る前と部屋の雰囲気が違ったからだ。 侍女とも話が噛み合わず、どうやら丸一年間の記憶がダイアナにはなかった。 ダイアナが記憶にないその一年の間に、王太子殿下との婚約は解消されており、別の男性と先日婚約したばかりだった。 彼が好きになったのは記憶のないダイアナであるため、ダイアナは婚約を解消しようとするお話です。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...