7歳の侯爵夫人

凛江

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こころ、近づく

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「なんだか…、この門、見覚えがあるような気がするわ」

ヒース侯爵邸に向かう馬車の窓から外を眺めていたコンスタンスが、ポツリと呟いた。

「…そうか?」

向かいに座るエリアスはハッとしたが、あえてそれ以上言わなかった。

馬車はちょうどヒース侯爵邸の門の前に差し掛かったところだったからだ。

そこは、コンスタンスが事故に遭った場所でもあり、数ヶ月住んだ邸でもある。

だが、15歳までのコンスタンスが全く通ったことが無い道でもなく、見覚えがあってもおかしくはなかった。

「頭痛は大丈夫か?」

「ええ。今は大丈夫です」

侯爵邸を目にしても妹に変化はなく、エリアスはホッと安堵の溜息をついた。


門をくぐって馬車が進むと、エントランスの前にはオレリアンとダレル、そしてセイたち使用人が迎えに出ていた。

エリアスに手を取られてコンスタンスが降り立つと、オレリアンは胸に手を当て、頭を垂れた。

自分の妻と義兄にというより、公爵令息と公爵令嬢に対する姿勢だ。

コンスタンスは彼の前に進み、美しいカーテシーをする。

「今日は突然訪ねて来て申し訳ありません、侯爵様」

コンスタンスの言葉に、オレリアンは緊張した面持ちで顔を上げる。

そして、久しぶりに正面から見る妻の顔をジッと見つめた後、フッと表情を和らげた。

「良かった…。お元気そうだ」

その目は本当に安堵したように細められ、口元は微かに綻んでいる。

しかしそれは笑顔ともつかない、まるで泣き出しそうな顔に見え、コンスタンスは思わず胸を衝かれた。

(こんなに…、優しい目をした人だったのね)

王宮内や外出先で、騎士として警護に当たっている彼を見かけたことはある。

だがその時は目つき鋭く、近寄りがたい雰囲気を醸し出していたように思う。

あれは、任務中の騎士の姿だったのだ。

思えば、目覚めた時に飛び込んできた彼の顔もこんな風だった。


邸内に入って周りを見回しても、コンスタンスの頭痛は起きなかった。

そして応接間に通されたコンスタンスは、兄と共に、もう一度突然訪ねた非礼を詫びた。

また、今までの自分の態度についても謝罪した。


「今日は…、どうしても侯爵様にお詫びがしたくて来たのです。
最近、やっと落ち着いて周りを見渡せるようになりました。
そうしたら、この2ヶ月余りの私の侯爵様への態度を思い出し、あまりにも酷く、恥ずかしくなったのです。
貴方はこんな私に毎日お見舞いの花を贈ってくださり、誠を尽くしてくださいました。
それなのに私は会おうともせず、お気持ちにお応えもせず、本当に申し訳ないことを致しました」

コンスタンスはソファから立ち上がり、深々と頭を下げた。

驚いたオレリアンも立ち上がり、
「頭をお上げください!」
と声を張り上げる。

でもコンスタンスは頭を下げたまま、
「いいえ、いいえ!」
と首を横に振った。

「貴方が私を娶るようになった経緯は、父から聞きました。
私のようなキズモノを押し付けられて貴方だって被害者であったのに、私は傲慢にも、自分だけが傷ついているような顔で過ごしてきました。
貴方の真心を踏み躙り、無視を決め込むなど、到底許されることではありません」

「いいんです、本当にもういいんです。
頼むから頭を上げて座ってください」

そう言うと、オレリアンはエリアスの方に助けを求めるような顔を向けた。

エリアスは苦笑し、
「コニー、オレリアンが困っている」
とコンスタンスに座るよう促した。

兄に言われ、コンスタンスは気まずそうにソファに腰掛けた。

そして顔を上げると、オレリアンは彼女を真っ直ぐに見つめた。

「コ…、ルーデル公爵令嬢」

そう呼んで、少し苦笑する。

正直、なんと呼んだらいいのかわからない。

目覚めた時、彼女から名を呼ぶなと言われていた。

本当ならヒース侯爵夫人だが、妻をそう呼ぶのはおかしなものだ。

それに気づいたコンスタンスは泣きそうな顔で、また「申し訳ありません」と頭を下げた。

「どうぞ、どうぞ名前で呼んでください」

「それでは…、コンスタンス嬢」

「はい」

「毎日見舞いの花を贈ったのは、私の自己満足です。
貴女が気に病むことではない。
お聞き及びでしょうが、私は結婚してすぐ貴女を自領に送ったまま別居していたような、冷たい夫です。
貴女が事故に遭ったのも、記憶を失ったのも、そのせいで今も頭痛に苦しむのも、全て私の罪だ。
だから、私の記憶が全く無い貴女が私を遠去けるのは当然のことで、それを酷いだなどと思うわけがない」

「では、以前お会いしたいとお声をかけた時、断られたのは…」

「貴女が私を見て、また頭痛を起こされたらと思ったのです。
私は貴女を苦しめる存在になりたくはない」

コンスタンスを見つめるオレリアンの目は穏やかだ。

彼のその真摯な態度に、コンスタンスは目を見張った。

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