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序章
(三)魔鉱列車にて
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窓外を流れていく草原を横目に、ソウは雑誌を一頁めくった。わずかに手間取ってしまったのは、手のひらの古傷のせいだろう。紅を薄めたような色をしたそれは、袖の奥まで枝葉を広げる火傷痕だ。痛むことはすくないが、もともとの皮膚と新しい皮膚のつぎ目が、ふとしたひょうしにつっぱることがある。
さきほど車内販売で購入したお茶をひとくち飲みくだして、新しい頁に視線をおとす。大きな見出しとともに特集が組まれていたのは、ちょうど、ソウが乗っている魔鉱列車のことだった。魔導時代に存在していた技術を再現してできた魔鉱列車は、その名の通り〈魔鉱石〉と呼ばれる鉱石を動力源としている。ふつうなら歩いて数ヶ月かかる距離も、わずか二日ほどで地方を横断し、ほかの国へ移動できるのだから、便利をとおりこして、すこし恐ろしくもある。今はまだ数えるほどの本数で、先進国にしか存在しないものだが、いずれ技術が普及すれば、これもあたりまえになるのだろう。
窓外を眺めると、青い風になびく草原が広がっていた。
「先輩! おはようございます」
明るく跳ねるような声が響いた。視線を向けると、その先で桃色の団子髪が嬉しそうに二つ揺れる。やわらかな頬の線に、大きな丸い瞳。鼻先は小さく、まだあどけなさを残す彼女は、ソウが時折面倒をみている後輩のモモだ。魔狩候補生であり、歳は十六とまだ成人して一年過ぎたばかり。いつもはきはきと元気で、愛らしいという言葉が似合う女性だ。
「おはよう。あいかわらず元気そうだね」
ソウは雑誌を閉じて、脇へ置いた。
「先輩にも〈赤紙〉届いたんですね。席、おじゃましてもいいですか?」
うなずいて席をうながすと、モモは肩から荷物をおろして抱えあげる。――上の荷物棚へ乗せるのだろう。立ちあがって、彼女が抱える荷物を支えるようにして預かり、やさしく乗せた。
「荷物、ここでいいかな? 必要になったら言ってね。いつでもとるから」
「は、はい! ありがとうございます」
モモはうわずった声で大きくうなずいた。ソウが腰かけるより少し遅れて、彼女は頬の熱を冷ますように向かいの席へ座った。窓外を見たのは、場をつなぐ話題をさがしているからだろう。ややあって、モモはこまったように小さく笑った。
「……空国、見えませんね。ちょっと残念です」
「うん。俺も見れるかなって、ちょっと期待してたんだけど」
運が良ければ、高くそびえる絶壁とその上に鎮座する美しい空国の街並みが見られるという話だったが、青空の向こうは雲が渡っていて、雑誌に描写されているような光景は見られない。ソウもまた、苦笑してみせた。
「ちょっと見てみたかったな」
「帰りならいっしょに見られるかもしれませんよ」
目が合う。とろりと溶けそうな彼女の瞳のなかで、ソウはうなずいてみせた。――ふと、考える。この既視感はなんだろうか。
(ああ、そっか)
思いだした。砂糖を熱で溶かしたときと同じだ。濃く甘ったるい香りの中で、とろりと粘るような光だ。彼女の瞳は、そういう色をしている。
「そういえば、試験はそろそろだっけ?」
訊ねると、モモはうなずいた。
「実技試験が来月なんです。筆記試験は昨日終わって、やっと憂国に帰るところだったんですけど……赤紙が来ちゃって」
それまで元気そうに跳ねていた声の抑揚が、わかりやすく落ちこんだ。膝の上で、女性らしいしなやかな指先を合わせて、はずして、また組んで。それを不安げに眺めて、モモは肩を落とす。
「わたし、初めてで……候補生なので部隊所属じゃなくて、待機組なんですけど。昔、後方待機の部隊が魔種の集団暴走で襲われたって話もあるじゃないですか。……だから、怖くて」
そこまで言って、モモはしゅんと口を閉じた。
「ごめんなさい。先輩は部隊所属なのに。こんな話」
「ううん。わかるよ。怖いよね」
同調を示す。モモはほっと眉じりを下げたが、その瞳はまだ不安そうに揺れていた。
「でも、それだけじゃなくて、だって先輩は……」
彼女はその先をためらった。後輩である彼女は、ソウがランクBであることを知っている。上位ランクはとうぜん、苛烈な前線に配置される。そのことを杞憂しているのだろう。
「大丈夫。そんなに心配しないで」
ソウはさとすように笑ってみせた。
「先輩が強いのはわかってるんですけど」
モモは視線を伏せて、その胸元で両手の指先をつき合わせる。しかしすぐに、彼女は顔を上げた。どこか不安そうに。憂いを帯びた大きな瞳は、いまにも溶けて雫を落としてしまいそうだ。
「けど、やっぱり。なにかあったらって思うと不安です」
桃色の頬っぺたをさらに赤くして、彼女は言った。
「だってわたし……」
「ありがとう」
ソウは微笑んだ。
「こうやって君が心配してくれてるのが、嬉しいよ。大丈夫。弟もいるし、死ぬつもりはないから」
重ねて笑みをうかべる。
視線を下げたモモが、すこし不服そうな表情をしたことは、あえて見すごした。
さきほど車内販売で購入したお茶をひとくち飲みくだして、新しい頁に視線をおとす。大きな見出しとともに特集が組まれていたのは、ちょうど、ソウが乗っている魔鉱列車のことだった。魔導時代に存在していた技術を再現してできた魔鉱列車は、その名の通り〈魔鉱石〉と呼ばれる鉱石を動力源としている。ふつうなら歩いて数ヶ月かかる距離も、わずか二日ほどで地方を横断し、ほかの国へ移動できるのだから、便利をとおりこして、すこし恐ろしくもある。今はまだ数えるほどの本数で、先進国にしか存在しないものだが、いずれ技術が普及すれば、これもあたりまえになるのだろう。
窓外を眺めると、青い風になびく草原が広がっていた。
「先輩! おはようございます」
明るく跳ねるような声が響いた。視線を向けると、その先で桃色の団子髪が嬉しそうに二つ揺れる。やわらかな頬の線に、大きな丸い瞳。鼻先は小さく、まだあどけなさを残す彼女は、ソウが時折面倒をみている後輩のモモだ。魔狩候補生であり、歳は十六とまだ成人して一年過ぎたばかり。いつもはきはきと元気で、愛らしいという言葉が似合う女性だ。
「おはよう。あいかわらず元気そうだね」
ソウは雑誌を閉じて、脇へ置いた。
「先輩にも〈赤紙〉届いたんですね。席、おじゃましてもいいですか?」
うなずいて席をうながすと、モモは肩から荷物をおろして抱えあげる。――上の荷物棚へ乗せるのだろう。立ちあがって、彼女が抱える荷物を支えるようにして預かり、やさしく乗せた。
「荷物、ここでいいかな? 必要になったら言ってね。いつでもとるから」
「は、はい! ありがとうございます」
モモはうわずった声で大きくうなずいた。ソウが腰かけるより少し遅れて、彼女は頬の熱を冷ますように向かいの席へ座った。窓外を見たのは、場をつなぐ話題をさがしているからだろう。ややあって、モモはこまったように小さく笑った。
「……空国、見えませんね。ちょっと残念です」
「うん。俺も見れるかなって、ちょっと期待してたんだけど」
運が良ければ、高くそびえる絶壁とその上に鎮座する美しい空国の街並みが見られるという話だったが、青空の向こうは雲が渡っていて、雑誌に描写されているような光景は見られない。ソウもまた、苦笑してみせた。
「ちょっと見てみたかったな」
「帰りならいっしょに見られるかもしれませんよ」
目が合う。とろりと溶けそうな彼女の瞳のなかで、ソウはうなずいてみせた。――ふと、考える。この既視感はなんだろうか。
(ああ、そっか)
思いだした。砂糖を熱で溶かしたときと同じだ。濃く甘ったるい香りの中で、とろりと粘るような光だ。彼女の瞳は、そういう色をしている。
「そういえば、試験はそろそろだっけ?」
訊ねると、モモはうなずいた。
「実技試験が来月なんです。筆記試験は昨日終わって、やっと憂国に帰るところだったんですけど……赤紙が来ちゃって」
それまで元気そうに跳ねていた声の抑揚が、わかりやすく落ちこんだ。膝の上で、女性らしいしなやかな指先を合わせて、はずして、また組んで。それを不安げに眺めて、モモは肩を落とす。
「わたし、初めてで……候補生なので部隊所属じゃなくて、待機組なんですけど。昔、後方待機の部隊が魔種の集団暴走で襲われたって話もあるじゃないですか。……だから、怖くて」
そこまで言って、モモはしゅんと口を閉じた。
「ごめんなさい。先輩は部隊所属なのに。こんな話」
「ううん。わかるよ。怖いよね」
同調を示す。モモはほっと眉じりを下げたが、その瞳はまだ不安そうに揺れていた。
「でも、それだけじゃなくて、だって先輩は……」
彼女はその先をためらった。後輩である彼女は、ソウがランクBであることを知っている。上位ランクはとうぜん、苛烈な前線に配置される。そのことを杞憂しているのだろう。
「大丈夫。そんなに心配しないで」
ソウはさとすように笑ってみせた。
「先輩が強いのはわかってるんですけど」
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「だってわたし……」
「ありがとう」
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