-Crazy- 殺しあいの約束

寺谷まさとみ

文字の大きさ
20 / 26
第二章

(四)機国マヌーゲルにて

しおりを挟む
――――

 この旅がはじまって半月がすぎるころには、森のようすがずいぶんと変わった。歩いている地面には下草がはえはじめ、あれだけ毎日見ていた夕方の驟雨しゅううも見られなくなった。

 初めての旅は、慣れないことだらけ。おどろくことも、知らないこともたくさんある。わからないことはひとつひとつナギさんに教えてもらう毎日で、退屈はしないけど、毎日くたくた。

 ナギさんはものしりだ。けれど、ちょっと忘れっぽいみたいで、訊きかえすとその前の話も、ナギさんが話したことも思いだせないことがあるみたい。
 いつも朗らかに笑っていて、愛嬌のある人だな、と思う。ナギさんがいなかったら、俺たちがこうして旅をするのに、ずっと手間取っていたと思う。
 ふしぎな人だけど、たぶん、悪い人じゃない、と思うんだ。

 黒影はあいかわらずつっけんどんで、あんまり話してはくれない。
 強いんだけど、まわりを見ようとしていないというか……。
 けれど、ときどき気が向いたら話しかけてくれることがある。だいたいは文句のような言いまわしだけど、黒影なりの人づきあいなのかな、なんて前向きに思っておくことにした。

 魔幽まゆう大陸を抜けて水瑠すいる地方についたら、最初に流国ながれぐにへ立ち寄る予定。そこに魔狩協会の支部があるから、そこで一連の報告をして、上の判断を仰ぐつもり。
 だから、地道に報告書はまとめているんだ。
 それから、ライへこの手紙を送ろうと思ってる。本当はライのことが気がかりでしょうがないんだけど、ライが自分から協会と連絡をとったり、言伝ことづてを頼んだりするようには思えないし。
 せめて、俺が帰るまで、元気でいてくれたらいいな、と思う。

――――


「起きろ」
 低い声にうっすらと目をあける。
 朝のまばゆい室内にそぐわない不健康な顔。こちらを不機嫌そうにのぞきこむ黒影をぼんやりと眺めたまま、ソウはふとぼやいた。
「寝起きに君の顔を見るのも、なんだか慣れてきたなぁ」
「二度寝してもかまわんぞ。次は目覚めないようにしてやろう」
 室内へ張りつめた怒気とともに鯉口こいくちをならす音が響いて、ソウはあわててとび起きた。そのとき、指先に紙のはしが触れる。昨晩まとめた報告書が寝台に散らばっていた。どうやら報告書に不備がないかを確認している途中で寝落ちてしまったらしい。
「ごめんごめん、殺気立たないで。寝ぼけてたんだ」
 ソウはころっと笑いながら寝台から降りた。両手を合わせてかるく首をかしげてみせる。

 最初の街を出立してから、約一ヶ月。
 機国はたぐにに到着したのは、昨日の昼前のことだ。検問所で記入する文面は、ソウが知っている言語とはちがう。おかげで読むのも書くのもまるでわからず、ナギに教えられたとおりに遅々としながら苦労して記入した。人の出入りは多いから待ち時間もずいぶん長く、検問をすませて宿につくころにはもうとっぷり日が暮れ、疲労も最大に。
 初めての長旅での移動生活と続いた野宿。知らない土地に来た緊張感。道中ではやたらと魔種に出会い、黒影は特攻しナギは狙われ、ソウはどうにか攻撃をしのぎ……久々のちゃんとした寝床と見張りをする必要のない夜は、とても快適な睡眠をもたらしてくれた。――爆睡してしまった、といったほうが正しくはあるが。おかげで、多少疲れは残っているものの、ずいぶんと身体が楽になった。
「寝過ごしちゃったかな? 久々のベッドでつい。ごめんね」
「やかましい」
 黒影の声を右から左に流して、散らばった報告書をまとめてじる。
 一度身体を伸ばして、それから窓ぎわへ向かった。たてつけの悪い窓を開く。瞬間、今まで足元でわずかにふるえていただけの駆動音が、大きな圧迫感とともに室内をふるわせた。煙と油のにおいが充満する。黒影が眉間のシワをますます深くした。
 窓外に広がっているのは、この〈鉱山の街〉マヌーゲルだ。機国はたぐにの主要都市であり、とりわけ魔鉱石の採掘地として有名だ、というのは、昨日、検問までの待ち時間にナギが解説してくれた。
 鉱山の街といっても、鉱山区域自体はもう少し奥まったところにあるらしい。ここから見えるのは、固い地盤の壁へはりつくように形成された鉄骨の中心街で、人が歩くたびにカンカンと音が響く縞鋼板の狭い道と、それらを縦につなぐ古い昇降機が特徴的だ。
 密林と比べればずいぶんと文明の気配が感じられるが、空気は油と煙のにおいでじっとりと重く、肌にまとわりつくようだった。
「窓をあけても、あんまり爽やかな感じはしないね」
「今日は街を歩くのだろう」
 眼下を睨みつけながら、黒影が低く言った。
「うん。ここは魔鉱石の加工を担っている店もあるらしいから、魔導武具の調整ができたらいいかなって。すぐ支度するよ」
 すっかり乾いた洗濯物をとりこみながら、ソウは答えた。端と端をきれいに折り合わせ、同じ形に手早く整える。こうしてたたむのは、収納するのも、あとで使うときにも面倒がないからだ。ものはついでとナギの着替えもいっしょに畳んで、それは寝台に置いた。姿が見えないのは、おそらく宿の一階に降りているからだろう。
 ナギはよく、朝方と夜に依頼掲示板を見に行っては、まわりの冒険者たちと話をしている。ソウも手が空いているときは同行したが、やはりなにを話しているのかさっぱりで、ただひたすらナギが楽しそうにしている、という印象だった。
 部屋の隅にかかっていたハンガーを手にとってまとめると、クローゼットの中へ戻した。ソウの記憶になく動いているのは、きっと黒影が使ったからだ。意外にも黒影は、自分のことは自分でしたいらしく、昨晩も「ついでだからいっしょに洗濯するよ」と声をかけたところ、とても嫌そうな顔をされた。
「黒影はゆっくり休めた?」
 椅子に腰かけた黒影は、嫌厭けんえんとしたようすで一度だけ視線をよこした。「問題ない」と一言。まぶたを閉じて、それから口をひらくことはなかった。
 黒影があまり眠らないことは、機国はたぐにに到着するまでの一ヶ月を通してわかっていた。いつも大太刀を抱えこむようにして座り、壁に背をあずけてまぶたを閉じるだけで、横になって熟睡する姿は、いままでに一度も見たことがない。
 昨晩、宿に到着してからも同じで、寝台の上に腰かけているだけだった。横にならないのかと訊ねると、眉間のシワがいっそう深くなり、返事はおろか舌打ちさえなく。案外まつげが長いな、と不躾ぶしつけにそのさまを見めていたら、今度は視線がうるさいと一蹴いっしゅうされた。
 黒影から罵倒ばとうが返ってくると安心するていどには、その剣幕にもすっかり慣れてしまったものの、このことに対して、ソウは内心、釈然としないものを感じていた。
(罵倒されて安心するって、ちょっとなぁ……)
 ソウは洗面所に向かいながら、小さく息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...