私の大事な一人娘

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高さ115mm、横幅34mm、奥行172mmの女の子

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「あ、パパのお友だちの人ー」

 ヘッドホンから聞こえてきたその声は、全く聞き覚えのない少女のものだった。
 だが、モニターに映る顔だけは見たことがあった。
 先輩が遥か昔に自慢していた一人娘の写真の顔だ。
 それからしばらく成長しているように見える。
 

「鷹華(ヨウカ)……ちゃんなのか?」
「うん!なんでおじさんがいるの?」
「おじさんは呼びちょっと嫌だなぁー」

 匠さんという私の名前を教え込みながら、ちらっと目線を箱に移す。
 今話している女の子は、決してスカイプ通話でもなければ、テレビ電話でもない。
 私の先輩から預かった、外付けハードディスクの中にいた。
 かつて生を受けていた。いや、現在進行形でこの中で生きている女の子だった。
 さて、どう説明したものか……。


 ~~~


 私は大学時代、もっぱら人工知能についての研究をしていた。
 その時、同じゼミにいたのが鷹弘先輩だった。
 私はそれまで、プライド高い人間だった。
 どんな研究資料も読み込み、理論値の限界を求めるタイプの人間だった。
 しかし先輩はそんな自分が惨めになる程の天才肌だった。
 どんな研究資料も大して読まず、自分だけの理屈で筋道を通す。
 そしてその結果、理論を壊して更に先の結果を出すタイプだった。

「また来たのか。他の皆は多分今頃飲み会に行ってるぞ」
「先輩の新説を理解するまではベッドで寝付けないんですよ……」
「物好きな奴め。」

 気づけば自分の研究もそっちのけで、先輩の論文を読んで単位を落としかける事も多かった。
 現在研究所で人工知能の研究を出来ているのも、先輩に触発されて学んだ功績が大きい。
 一方先輩は卒業後は研究所勤務等はせず、自宅のPCで次々と斬新な案を考えていた。
 そしてその結果を各機関や雑誌等に売り込んで生活を立てていた。
 研究所浸りな自分は恋愛は無縁の産物だった。
 一方先輩はいつの間にか恋人を作り、あれよあれよと式を挙げて子を設けた。
 可愛い女の子で、新作AIの話を聞きに行ったはずなのに娘の自慢ばかり聞かされていた。
 自分と妻の名前を1字ずつ取って、鷹華と名付けられた。
 4年間と2か月、彼女は両親に愛されながら育っていた。
 
 突然の事故だった。
 友人と遊んでいた鷹華は、古い倉庫の中でかくれんぼをしていた。
 床が腐食していたらしい。
 何かの衝撃で桐箪笥を支える床が壊れて倒れ、鷹華ちゃんは下敷きになってしまった。
 その時、鷹華は死亡したと聞いている。
 そしてその頃から、先輩は様子が変わった。
 離婚し、何かに憑りつかれるような研究を始めたという。
 それが6年前の事だった。


 4日前の事だ。
 疎遠になっていた先輩が危篤という報が入って来た。
 その時、私は研究所で新作のAIのプログラムと格闘をしていた。

 先輩は病院のベッドで、辛うじて生き延びていた。
 末期のガンが多方面に転移したらしい。
 いろんな管が全身に繋がれ、生きているというより生かされているという状態だった。

「俺はもうダメだ。お前なら、俺の論文を誰よりも理解するお前だけなら、あの子を託せる」

 葬式の後、俺は先輩の遺言に従った。
 先輩の自宅の指定された場所にあった真っ黒な外付けハードディスク。
 それが先輩から託されたものだった。
 中身は、鷹華ちゃんだった。


 人間の意識を機械に入れる事は可能なのか。
 そんな議論を冗談交じりで先輩としたことがある。
 いつかは出来るかもしれないが、今は無理だ。
 そう結論付けたが、そのいつかを先輩は鷹華が事故が起きてから脳が死ぬまでの間に到達したのだ。
 恐るべき執念。恐るべき天才。
 そしてこの世界に神は、なんと残酷なまでに天才に薄命を与えたのだろうか。




 鷹華に父親の死を伝えてから、彼女はしばらく引きこもっていた。
 頭の整理をしたいという。頭というのはこのハードディスクのどこなのかは不明だが。

 しかし驚いた。
 何が驚いたというと、鷹華が成長していたことだ。
 外見も思考も、4歳児のそれでは無かった。
 彼女は6年間で、ちゃんと6年分成長していたのだ。
 それが恐ろしくてたまらない。
 成長する事もだが、きっちり6年分育ったのが恐ろしい。
 遅すぎる成長でもなければ、早すぎる成長でもない。
 明らかにAIでなく、1人の人間の成長だと実感してしまう。

 現在の日本での技術では考えられない存在だった。
 しかし私は彼女を研究所に持って行く事も、どこかに売りつける事も微塵も考えなかった。
 私は彼女を……

「おじさん」
「おじさんじゃない、匠さんだって何度言えば」
「じゃあ匠さん。お願いします」

 これから、一緒に居させてください。
 その申し出を、私は快く引き受けた。
 私は彼女を、1人の女の子として育てるつもりだ。
 彼女は、間違いなく1人の人間なのだから。



 ~~~



「起ーきーてー! 起ーきーなーさーいー!」

 枕元の目覚まし時計が喚き散らしている。
 部屋のカーテンはバッサバッサと埃を立て、自動ドアはウィーンウィーンと開閉を繰り返す。
 非常にうっとおしい。

「あと五分……」
「ごーふーんーまーえーにーもー聞きましたー!」
「じゃああと十分……」
「それじゃ遅刻しちゃいますよー! 起きないと1分ごとに1つ端末の連絡先削除しますよー!」
「それはシャレにならないからやめて」

 仕方がないので体を起こす。
 勝手にテレビがニュースを流し始める。
 やかましさが倍増だ。
 朝の占いが耳に入ってくる。
 占いとか凄いどうでもいい。

『では今日23日、木曜日の運勢は~』

 ……ん?

「今日木曜日じゃないか! 私は定休日は土日じゃなくて月木だって知ってるだろう!?」
「そうでしたっけ、ふふふ」

 すっとぼけた鷹華の声と共に、あれほどやかましい目覚ましもピタッと止まった。
 倒れ込むようにベッドに舞い戻る。

 鷹華の面倒を見るようになって6年が経過した。
 年相応の勉強もさせつつ、彼女に漫画を読ませていたある時、鷹華に提案された。

「私もお手伝いしたいですー!」
「手伝いったって何を」
「ほら、これ! この漫画の給仕ってのがしたいですー!」

 お前の体でどうするんだ……と思ったが、意外とそうでもないと思い返す。
 昔はともかく、今は家電も自動化の流れだ。
 私自体収入も悪くないし、鷹華の面倒を見ると言ってもお金はさほどかからない。
 せっかくの独身貴族だ。教育費用と思って思い切るか。
 そう考え、現在の家に引っ越したのが1年前。
 テレビはもちろん、照明、カーテン、ドア、防犯カメラ。
 炊飯器、冷蔵庫、洗濯機、食器洗浄機、掃除機、固定電話等々。
 これらの家電の管理を鷹華に任せてみた。
 それにしても、メイドではなく給仕にこだわるのは漫画の影響だろう。

 結果、やかましい事になったが色々やってくれるようになって助かった。
 パンツを洗濯機に放り込んだら悲鳴があがったり、トイレに入ると毎回照明が消えたりと不便な面もある。
 まぁご愛敬と言ったところだろう。

「そういえば、この前のアレどうでしたか?」
「んー凄い助かったよ」
「それは何よりです」

 ベッドの中でモソモソとしながら数日前の出来事を思い出す。
 鷹華に新しいAIの開発の手伝いをお願いした。
 現在の生活で鷹華が担っているポジション。
 家電の管理専門のAIだ。

 鷹華は立派な人間だが、AIの事は私たちの数倍理解している。
 例え英和と和英の辞書を携えて英語で戦ったところで、現地の外国人には勝てないのと一緒だ。
 勝てるのは……先輩ぐらいだろう。
 いや、やめとこう。

 ともかくお陰で我がチームも大きく研究所に貢献することが出来た。
 家電用AIは、半年後を目途に製品化される見込みだという。
 ……その時のことを思い返すと、色々思う事があって結局目が醒めてしまった。


『続いてのニュースです。中国とインドの国境付近で偶発的に発生した戦闘行為は……』

 物騒なニュースが聞こえてくる。
 朝から気が重い。

「遠くの出来事とは言え、怖いですねぇ」
「そうだなぁ」

 最近、世界各国で情勢が一段と怪しくなってきている。
 それに伴い、我が研究所のAIも軍事利用が検討され始めている。
 AIは人がやりたくない事も出来る。それだけでも強みだ。
 だが理屈は分かるが、軍事利用の研究に携わるというそれだけでも気が乗らない。
 そりゃそうだ。人殺しに使われる技術を誰が好き好んで開発するか。

「コーヒー、飲みます?」
「頼む」

 鷹華が入れたコーヒーを飲み干す。
 苦味が脳を刺激する。
 そのおかげで、少しだけ嫌な事を忘れる事が出来た。


 ~~~


「私は反対です! そんなこと倫理的に許されるはずがない!」
「倫理的に正しいか判断するのは、我々研究者ではないはずですよ」

 反吐が出るような意見に、私は嫌悪感を隠せないでいた。
 どうしてこうなってしまったのか。

「やはり貴方、何か隠しているんじゃないです?」
「だから無いと何度も言っているだろう!」

 事の発端は、とある論文だった。
 それは私も存在を知らない、先輩の論文だった。
 AIの性能はいつか限界が来る。
 しかし人間の意識、精神を取り込めばその限界を超える事が出来るという旨の論文だった。
 思想としては鷹華の取り込みの原型とも言えるものだった。
 先輩が10年以上前に辿りついた論文が、彼らにとって今更宝の山に思えたらしい。

 今ならわかる。この論文は不十分だ。
 人間の脳を機械にぶち込むために必要な過程の一部が書かれていない。
 いや先輩も当時はまだ分かっていなかったのだろう。
 だが、私の抵抗虚しく話だけが進んでいった。
 それも最悪な事に軍事利用目的だ。金になるからだという。

 鷹華の事は絶対に隠し通さなければならない。
 彼女の存在が知られたら、このプロジェクトは止まる事がなく進んでしまうだろう。
 鷹華自体も、人間でないかのように、動物実験以下の扱いを受ける事すら考えられる。

「私はこれで帰ります」
「お疲れ様ですー」

 新人スタッフの声を背に受けて研究所を後にする。
 もうそろそろ頃合いかもしれない。離職届の書き方を調べないとな。



 今やAI運転となった電車に乗りながら、帰宅中の小学生をぼんやる見る。
 世界情勢は4年前と比べものにならない位悪化している。
 中東、アフリカ、ヨーロッパでの小競り合いが続き、中国とインドは開戦から1年経っている。
 そこにロシアとアメリカも加わり、東南アジアも巻き込んで泥沼の様相を呈している。
 日本はまだ開戦こそしていないが、いつ巻き込まれるか
 核戦争もいつ勃発するとも分からない。
 この子供たちに、負の遺産を残す用で心が痛い。

 3つ目の駅に到着すると、ホームに見慣れない色彩が並んでいる事に気づく。
 あ、今日は成人の日か。
 晴れ着を着た若い女の子が乗り込んでくる。
 鷹華もそろそろ20歳ぐらいだろうか。
 成人式に出してやる事はできないが、お祝いぐらいはしてやるか。
 ちょっと遅いが、我が家に来て10年記念も兼ねるか。

 そういえば鷹華が、最近気になると言っていたものがあった。
 お守りだ。買ってってやってもいいかもしれない。
 有名なお寺のある駅で途中下車をする。

 鷹華の好きなピンク色のお守りを手に帰路につく。
 喜んでくれるだろうか。
 そう考えながら鍵を取り出して鍵穴に刺したその瞬間だった。

「……っ!?」

 脇腹が熱さを感じる。
 遅れて猛烈な痛みが脳を駆け抜ける。
 右の脇腹に、深く刃物が突き刺さっている。
 急いで後ろを振り返るが、その瞬間顎を強烈な力で殴られ私は地に伏した。
 犯人の頭は見えるが、濃紺のフードを被っていて誰か分からない。

「お父さん!? お父さん!!」

 家から非常に大きな音の非常音が鳴り響くが、犯人は気にせず私が使おうとした鍵で家の中に入る。
 中で様々な音が聞こえるが、やがて静かになった。
 冷たいタイルの地面が、私の血で暖かく感じる。
 間違いなく致命傷だ。

 やがて家から出てきた犯人の手には、中身は最新式だが外の箱だけは最初のままの外付けハードディスクが持たれていた。
 あの存在は誰も知らないはずだ。
 なのに何故あんなにも的確に持って行くのか。
 そもそも先輩の論文を世に出したのは何者だ。
 もしかして同一人物なのではないのだろうか。

 薄れゆく聴覚の中、犯人が仮想兵器という言葉を口にしたのだけは聞こえた。
 遠くでサイレンが聞こえる。鷹華が固定電話を使って通報してくれたのだろう。
 ハードディスクを、鷹華を連れた犯人が家を後にする。
 ……今まで一度もお父さんって言ってくれなかったのに……。
 ……私の……大事な……むすめ……
 …………よう……か……――――――
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