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第一章

須藤からの電話

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「もしもし」
『いきなりかけてごめんね。ちょっと翔太のことで相談があってさ』

 予想はしていたので、特に驚くことでもない。でも、須藤の方からの相談ってなんだろう。
 
「相談って?」
『あいつと喧嘩しちゃったんだけどさ、なんか引くに引けないっていうか』

 俺は先ほど神崎から聞いた話をもう一度須藤から聞くことになった。神崎と会っていることは何となく黙っておいた。
 演技をすることには慣れているので、初耳の情報であるかのように反応をしておいた。ショートケーキのくだりでは、それは神崎が悪いな、と言い、ジュースのくだりでは、それは須藤が悪いな、と言った。
 
 そして、既知情報だけでなく、新情報も聞けた。どうやら須藤はもう怒ってなどいないらしい。けれど、昨日かなり強く当たってしまい、引くに引けないそうだ。喧嘩でよくあるパターンのやつだ。なので、俺に相談してきたのは、どのタイミングで和解すれば良いのかということ。
 面倒事に巻き込まれてしまったが、ファミレスに来ていなかったとしても、須藤からは相談を受けていたはずなので、結局関わることになっていたと思う。須藤には借りがあるので、頼まれごとを無下にするわけにいかない。

 あまりにも俺の帰りが遅いと神崎に怪しまれるので、早くこの会話を終わらせなければならない。

 偶然出会ってしまい喋らざるを得ない状況を作ってしまえ作戦でいこう。ネーミングセンスが皆無であることは自覚しているので、二度と心の中でつぶやかない。

「引っ込みつかなくなってるんだよな?」
『そうそう。暴言垂れ流してたから』

 物理攻撃ではなく、精神攻撃を与えていたのか。神崎にとっては今の仲違い状態の方が精神的にやられてそうだな、と思った。
 普段の須藤は俺に協力してくれるし優しいんだけど、たまに猛獣になっちゃうからなあ。
 
『天野くんも楓ちゃんから言われることない? 喧嘩した時』

 言われる、とは暴言を吐かれるということだろうか。

「楓が言うところは、想像できないな」
『確かに。言わなそー。その言い方だと、私だったら簡単にできるってことかなぁ?』
「い、いや、そういうわけじゃないよ。話を戻そう」

 次に会った時噛み殺されてしまうのではないか、と思い、作戦の話に戻そうとした。

『強引だねえ。まあ、いいけどー。今は私が相談してる立場だしね』
「須藤は自分から神崎に言い出しにくいなら、前に教えてくれた駅前のケーキ屋に行って欲しい。そこに神崎をなんとかして、向かわせるから。当然、須藤がいることは内緒で。そこで偶然出会ったことにして、嫌でも話さなければならない状況を作る」

 須藤の話によると、神崎からのメッセージに返信すらしていないらしい。それならまずは二人で会話する必要がある。痴話喧嘩なんてしたことないので、解決策なんて知らない。というか、する相手がいない。
 とりあえず、二人で話し合えばなんとかなるのではないかという安易な考え。けれど、二人とも反省し、許しあっていることの確認が取れたので、こんなやり方でも上手くいくと思う。

『天野くん頼りになる~。それじゃあ、翔太への連絡お願いね』
「うん。電話切った後にしとくよ。時間はまた伝える」
『了解!』

 後は、神崎をどうやって向かわせるかだなあ。

「遅かったな」
「確かに遅かった。トイレ混んでたプラスお腹の調子がよろしくない」

 トイレは空いていたし、腹痛に苦しんでいるわけでもない。軽い嘘。

「変な物でも食ったのか?」
「思い当たる節はないな」
「そっか。トイレで考えてくれたか? 何かいい方法は見つかった?」
「やっぱり、ケーキを持って、須藤に会いに行くしかないと思う。未読無視されてるなら、訪問するしかないよ」
「千草に無視されてること俺、お前に言ったっけ?」
「え、言ってた気がするよ。そうでないと、俺が知るわけないし」
「それもそうか」

 これはさっき須藤から聞いたことだ。つい口を滑らせてしまった。上手く誤魔化せただろうか。

「駅前のケーキ屋でケーキを今から買いに行くべきだと思う。今すぐに」
「別に明日でもよくね?」
「早いに越したことはないでしょ。早く仲直りしたくないの?」
「そりゃあ、したいけど。てか、なんで店まで指定なんだよ」

 当然の疑問だ。しっかりと答えを考えておいたので、即答する。

「須藤のお気に入りのケーキ屋だから。多分、喜んでくれると思う」
「そうだったのか。なんでお前が知ってんだ?」
「前にケーキ買うことがあって、その時におすすめはどこか訊いたんだよ。その時言ってた店が、駅前のところ」

 正確に言えば、ケーキではなくプリンを買うために行ったわけだけど、そこはどっちでも良い。青葉ちゃんに差し入れを持って行ったあの時のことだ。
 
「お前、結構千草と仲良いよな。この前も二人で買いもの行ってたよな」
「それは神崎が勧めたから、そうなっただけ。まあ、相談しやすい人だなあ、とは思うよ」
「俺が言ったんだっけ?」
「そうだよ。神崎がドタキャンした日」

 こいつの成績が悪いのは記憶力に問題があるからなのかもしれない。人間どうでも良いことはすぐに忘れてしまうので、仕方ないけど。
 でも、須藤が俺と二人で買いものに行ったという事実はきちんと覚えてるんだなあ。

「そんなこともあったな。そうか、あの日がお前と千草が行った日か」
「うん」

 話が逸れ過ぎた。針路を変えないと、須藤を待たせることになる。

「というわけで、今すぐファミレスを出て、ケーキ屋に向かって欲しい。きっといいことがあるよ」
「なんだ? 天野は予言者にでもなったのか?」
「今日の俺の言葉は信じた方がいいと思うよ。君の幸せを保証するよ」
「そこまで言うなら、これから予定ないし、行くかあ。いきなり行っても迷惑がられないか?」
「女々しいなあ。ちょっとくらい迷惑がられてもいいんじゃない? それだけ、須藤のことを想ってるってことだし」
「お前に言われたくねえ。けど、まあそうだよな。ちょっと行ってくるわ。家から出てくるまで、ずっと待機しとくわ!」

 それは通報されかねないので、やめた方が良いと思うけれど、そういう状況になることはないことを知っているため、無駄なアドバイスは送らないことにした。ここは気分良く送り出すのが、俺の役目だろう。

「良い知らせを期待しとく。じゃあ、頑張って」
「おう」

 俺たちは会計を済ませ、店を出た。ケーキ屋は俺の家の方角とは真逆なので、店先で別れることになった。神崎を見送った後、須藤にあと数十分後には着くことを知らせた。ずっとスマホの前で待機していたのか、『おっけー!』と三秒以内に返信がきた。
 
 俺も帰るとするか。日は沈み始めており、時間を潰すことができた。ちょっと楽しかったし、来て良かったかもな。

 帰り道を一人で歩いている最中に思ったことがある。

 神崎たちのことを少し羨ましいと感じてしまった。でも、それが何に対して羨ましいと感じたのかはよくわからない。なんだかんだ言って、仲が良いこと。けれど、それでは俺と楓だって仲は良いわけで、羨ましがる要素はない。

 俺たちになくて、神崎たちにあるもの。多分、本気で考えれば、気づくことは可能なのだろうけど、自覚したくない思いもあって、俺は思考を停止させた。知っても良いことなんて一つもない、と俺の直感が言ってる。

 考えることもなくなった。楓がお土産を買ってきてくれるそうなので、その中身について予想でもしておこう。


 夕飯を食べ終わった後、スマホを見ると、神崎からメッセージが送られてきていた。

『お前知ってたんだろ』

 いくら神崎でもさすがに気づくよね。指定されたケーキ屋に行ったら、偶然仲直りしたい相手が現れる確率なんてかなり低い。一生のうちに、交通事故に遭う確率の方が高いのではないだろうか。
 一応、俺は知らないことになっているので、『何を?』とすっとぼけておいた。ポーカーフェイスは得意なので、対面で言っても知らないフリはできただろうけど、アプリ上だと感情は全く見えないため、フリを貫ける可能性が高そうだ。

『別にいいけどさ 今日はさんきゅーな』

 感謝されるということは、きっと上手くいったのだろう。感謝されるのは嬉しいけど、どう返せば良いのか悩む。
 褒められたり、人から感謝されると、照れてしまい感情を上手く制御できていない気がする。顔には出ていないとは思うけど、勘の良い人には気づかれているかもしれない。真のポーカーフェイスまでの道のりは長そうだ。

 俺が考えていると、もう一件届いた。

『天野もなんか困ったことあればいつでも言えよ友達なんだし』

 こういうことをサラッと言えるのがこいつの良いところ。
 心の中で思っていたとしても、本人の前では気恥ずかしくて言えない。おそらく、神崎は対面だったとしても顔色一つ変えずに言ってしまうだろう。

 俺は『ありがとう』とだけ返しておいた。
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