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第三章

南楓と手を繋ぐ

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「ねえねえ、手でもつなぐ?」
「......!?」
「そんなに驚くことないでしょ。付き合ってるんだし、おかしくないよね?」
「でも、心の準備というものが......」
「なんか前もそんなこと言ってたよねー。えいっ」

 俺の左手が自分の意思に反して、彼女の方に引き寄せられた。強引だ......。

「感想をどうぞ」
「感想って。うーん。あったかい」
「それだけ?」
「それだけ」
「そうですかー」

 ちょっと不貞腐れたようだ。
 そりゃあ、あったかい、以外にも色々感じたことはある。悪くない、どころか、良いなって思ったし、彼女の手は小さく、子供の手を握ってるように思えた。それに、柔らかい。
 そんなことを赤面せずに説明するのは不可能だし、気持ち悪がられそうだと思い、あったかい、という一言だけにしておいた。

 集合場所の少し手前まで、手をつないで歩いた。注目を浴びそうなので、手前でつないだ手を解いた。

 集合場所は、園の外だ。すでに何人かの生徒が座って待っていた。一般客の邪魔にならないように、端っこで。
 スマホを確認すると、神崎から、『了解! お疲れ!』というメッセージが届いていた。俺もスマホが振動していたことに気づかなかった。
 どうやら神崎たちはまだ帰ってきていないようだ。

「お二人さん、おめでとう」

 誰に話しかけられたのかと思い、声のした方へ目をやると、山下さんがいた。

「おめでとう?」

 楓が不思議そうに小首を傾げた。

「ちゃんと付き合ったんでしょ」
「なっ。どうしてそれを......? ストーカー?」
「違う! そんなことしてない! さっきここから二人が手をつないでるのが見えたのよ。今まで手なんかつないだことなかったでしょ」
「見えてたのか......」

 今まで手をつないだことが一度もないというわけではない。この前、遊びに行った時に、ほんの数秒だけ楓に引っ張られる形でつないだ。それを手をつないだということで、カウントして良いものなのかわからないけど。
 というか、この人よく知ってるなあ。俺たちがアピールのために、一度も手をつながなかったことを。

「うん。だから、おめでとう」
「ありがとう。で、いいのかな」
「それでいいと思う。二人の邪魔しないように、私は戻るね~」

 手を振って、山下さんは先ほどまでいたグループの元へ戻っていった。

「思ってたより誰かに手をつないでるところ見られるのって恥ずかしいね」
「だろ? 楓は一度アピール方法としてこのやり方を提案したんだぞ」
「そんなことあったかなぁ」
「あったよ」

 数分後、神崎たちが帰ってきた。こいつの体格はよく目立つなあ。すぐに気づいた。

「上手くいったんだろ?」
「ちょっ」

 今更、隠すのも変なのかもしれないけれど、神崎に相談したことを楓に言ってないので、いきなり暴露しないで欲しい。
 須藤も何のことか、気になるだろう......。

 神崎は「あっ」と言って、顔の前で両手を合わせ、形式上の謝罪をしている。ニヤニヤしているので、本気で悪いことをしたとは思ってないだろう。

「上手くいったってどういうこと?」

 楓が尋ねてきた。いずれ言うつもりではあったので、説明するか......。

 俺は昨日、神崎に相談した内容を楓に説明した。彼女は小悪魔的な表情を浮かべ始めた。勝手に喋った罰として、何か要求されそうだ。

「私に内緒で喋ったんだあ」
「不可抗力で......」
「これは不可抗力って言わないでしょ」

 俺、劣勢。ケーキでも何でもお申し付けくださいませ、とでも言って許してもらうか?

「楓ちゃん、ちょっとずるいなぁ」

 須藤が口を開いた。この状況を理解できていなくても、おかしくないはずだ。俺と楓が付き合っていなかったことを知らないのだから。ずるいってどういうことだ?

「ちょっとちーちゃん!」
「天野くんがかわいそうだし~」

 俺と神崎は目を見合わせて、疑問符を浮かべる。状況が理解できていないのは、俺の方なのか?
 
「んー。もう少し悟の反応を楽しみたかったのにー」
「ごめんごめん。楓ちゃんが言わないなら、言っちゃうね。私も楓ちゃんから色々聞いてたんだよね。天野くんとの関係とか」
「……マジですか?」

 楓の方を見ると、下手な口笛を吹いている。吹けてないぞ。

「マジだよ。まあ、親戚の話に置き換えられてたから、二人のことっていう確証はないけど、明らかに二人の話っぽかったしねえ。今までの天野くんの態度見てると、付き合ってなかったっていうのは納得できたし」

 神崎が小声で、「お前ら思考も似てんのな」と笑いながら言ってきた。苦笑しかできなかった。ははは。

「バレるまでは自分から言わないんじゃなかったのかよ」
「しょうがないでしょ。ちーちゃんに脅迫されたんだから」
「きょ、脅迫?」
「言い方が悪いよ~。私は優しく何があったのか訊いてただけなのにー」

 須藤の笑顔がちょっと怖い。一体、何をされたんだ......。
 神崎も「それなら納得だ」と、頷きながら言ってる。暴力に訴えるようなものではないだろう。俺の知らないところで、取り調べが行われていたのか。

「あの時のちーちゃんちょっと怖かった......でも、色々アドバイスもらえた......」
「ははっ。だって友達が布団に包まって、叫んでたら、誰だって気になるでしょ?」
「まあ、気になるな。それは」
「でしょでしょ」

 ということは、今朝楓の身に何かあったのか、須藤が訊いてきたけれど、真相を知っていたということか。あの時楽しそうだったのは、俺が自分の口から言えないのを知っていたから。俺は、須藤が怖いよ!

「悟も神崎くんに言ってんじゃん」
「俺も脅迫されてだなあ......」
「嘘つけ」

 神崎に頭にチョップを食らわせられた。

「悪かったよ。勝手に言って」
「私も言っちゃったから、おあいこなんだけどね。ごめんね」

 なんか変な雰囲気になっちゃったな。ちょっと気まずい。
 そう思っていると、須藤が俺たちの腕を掴んだ。

「仲直りの握手しよう!」
「いや、小学生じゃないんだから」
「いいのいいの。ほら」

 何がいいのかわからないけれど、言われるがまま、握手することになった。

「よしっ、これでおっけーだね」

 手をつないでるところを見られて嬉しがるような性癖はないので、めちゃくちゃ恥ずかしい。小学生の頃なら、きっとここまで羞恥を覚えることはなかっただろう。
 目の前に楓の顔がある。夜なので当然暗いけれど、それでも彼女の顔が赤くなっているのがわかった。自分の顔は見えないけれど、俺も赤面度合いで言えば、負けてないだろう。

「も、もう......いいかな? 恥ずかしくて、死にそう......」

 楓が須藤に言った。
 一応、他にも同級生たちが大勢いるわけだ。暗いから目立ってないとは思うけれど、数人には見られている可能性がある。よくこれだけ恥ずかしがるくせに、アピール方法として校内で手をつなぐことを提案したよなぁ......。もしかして、俺がそんなことできるわけないって楓はわかっていたのかな?

「仲直りしたぁ?」
「したした! ねぇ?」
「......うん」
「それなら、解いてよろしい」 

 手は解かれた。

「お前、顔真っ赤だぞ」
「うるさい。ちょっと暑かったんだよ」

 赤面している姿を人に見られるほど、恥ずかしいことってない。

「楓ちゃんも赤くなってるー」
「ちーちゃんのせいだからっ」

 恥ずかしかったけれど、須藤のおかげで俺たちの間に気まずさは消え去っていた。


 ホテルに向かうバスの中、神崎にどういう風に告白したか、どういう反応をされたか、など質問責めにあっていた。今まで俺たちの関係を黙っていた後ろめたさもあり、正直に全て答えた。無表情で淡々と喋れるわけもなく、また顔が赤くなっていたことを指摘された。

「仏頂面がマシになったよな。最近」

 どうやら表情の変化が以前より激しくなっていたようだ。ポーカーフェイスが得意だなんて言えないな。

 これは良い変化だと思うし、嬉しくなって、また頰が緩んだ気がした。 
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