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第三章

昼ごはんを求めて

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「いた!」

 楓が指差す方向には、神崎の背中にしがみつく須藤の姿があった。

 神崎たちがプールから上がり、ようやく四人で話せそうな時間が訪れた。

「須藤が追いかけられてなかったっけ? 何があったの?」
「......色々あったんだ。色々、な」

 追いかけていた側の神崎の背中に須藤がしがみついていたのは謎だけど、神崎が苦笑しながら、色々あった、と言うのでこれ以上は訊かないことにした。立場が逆転してしまうような、色々なことがあったのだろう。

 須藤はずっとニコニコしてる。こっちはいつも通りだ。

「そろそろ昼ごはん食べない?」

 十二時になりそうな時間だったので、かなりお腹がすいてきた。

「確かに腹減ったな。飯にするか」
「何食べる?」
「あっちに焼きそばとか売ってたけど、そんなんでいいんじゃない?」
「とりあえず行ってみるか」

 プールサイドを走らず、歩いていくつかの店舗が並ぶエリアに向かった。近づくにつれて、ソースの香りが濃くなり、空腹を刺激する。
 丸くて、白いテーブルがいくつか設置されていたが、満席のようだった。

「席空いてないねー」

 楓が肩を落としながら、言った。

「昼時だし、そりゃ多いよな。空くの待つか?」
「そうするしかないよねー。楓ちゃんは待てるかなぁ?」
「待てるよぉ」
「賢いねぇ、よしよし」

 なぜか親子みたいなやりとりをする二人。頭を撫でられてる楓は、至福の表情をしていた。子犬みたいだ。

「俺らもや......」
「やらないから」

 どうしていつも神崎はそういうことをしたがるんだ。こいつには羞恥といった感情が抜け落ちているのか? 結局、「そうかそうか」と言いながら、俺の頭を揺するし。不服だ。

 数分待つと、一つテーブルが空いた。全員で買いに行くわけにはいかないので、別れることにした。楓と須藤がテーブルで荷物番、俺と神崎が昼飯を求め、並ぶことになった。
 長蛇、とまではいかないけれど、そこそこ並んでいる。時間をずらすべきだったかもしれない。

 財布はロッカーに置いてきている。どうやらプール内では入場時に貰ったリストバンドで支払いをするらしい。施設を出る時に、まとめて清算することになる。 
 楓と須藤は焼きそばをご所望。俺はたこ焼きにするつもり。

「神崎は何食べるの?」
「カレーだな」
「へー」
「お前、自分から訊いといて反応薄くね? もっと俺に関心持てよ」

 俺が得たかった情報は、神崎が何を食べるかということなので、それ以上訊くことが特になかった。確かに、質問したのは俺なのだから、もう少し関心を持ってあげるべきだったかもしれない。
 
「じゃあ、神崎と須藤ってどういう経緯で付き合うことになったの?」

 前々から気になっていたのだ。どちらかが告白して、付き合うことになる。それはわかるのだけれど、そこに至るまでの過程が必ずあるはずだ。神崎たちはどのように距離を縮めていったのか、気になる。

「は......は? いや、そんなこといいだろ。別に」
「神崎が関心持てって言ってたじゃん」
「それはそうなんだけどさ......これはまた別だろ! さっきの会話の流れフル無視の質問じゃねえか」
「だってカレーについてこれ以上話題広げられないし......それだったら二人のことについて質問した方がいいかと」

 神崎は悩んでいるようだった。眉間にしわを寄せ、真剣な目つきだった。図体がでかいこともあり、ちょっと怖い。正直、神崎のことを知らない人なら、近寄りがたいだろう。

「ま、また今度な! いつか話してやるよ、いつか!」

 言いたくないのなら、仕方ない。少し照れてる様子の神崎を撮影し、須藤に売りつけたい。

 俺たちが注文する番になった。えっと、まずは......。

「天野と神崎?」

 どうして俺たちの名前を? それに、どこかで見たことがある顔だ......。知り合いか?

「ん、あ! 富永か!」

 富永? それも聞いたことがある名前だ。どこで聞いたんだろう。

「天野はピンと来てないみたいだね」
「ごめん」

 向こうは俺のこと認知してくれているのに、俺が知らないのは申し訳なかった。

「一年の時のバレーボール大会あったろ。その時のことを思い出せ」

 神崎が言って、やっと思い出した!

「バレー部の富永だ! ごめん。雰囲気が違ったから、気づかなかった」
「いいよいいよ。結構並んでるっぽいし、注文聞いちゃおうかな」
「えっと、焼きそば二つとたこ焼き一つ、それと」
「カレーで」
「じゃあ、ちょっと横にずれて待ってて。すぐできると思うから」

 一年の頃の彼にはもっと静かそうなイメージを持っていた。俺たちの注文を聞いてくれた彼は、陽気な印象を受けた。二年になってからはクラスも違うので、ほとんど会っていなかった。そのため知らなかったが、イメチェンでもしたのだろうか。それとも、バイト仕様だろうか。

「うちの高校ってバイトしても良かったっけ?」
「申請したら、問題なかったと思うぞ。してるやつはほとんどいないけどな」

 一応、九割以上の人が大学進学する高校なので、バイトをしてる人はほとんどいなかった。俺が知る限り、富永以外にバイトをしてる人は思い当たらなかった。

「お待ちどーさん」
「さんきゅーな」
「バイト頑張って」
「ありがとう」

 喋ったことはほとんどなかったが、バイトに勤しむ彼を応援しておいた。

 今まで全くバイトをするなんて考えは思い浮かばなかった。高校生のうちにする気はなかったけれど、同い年の知り合いがしているのを見ると、少しは考える。バイトをすればお金に余裕ができて、楓に何か買ってあげられるんじゃないか。それだけでバイトをする理由が生まれる。

「俺もバイトしようかな」
「お前が? なんで?」
「楓にもっと色々してあげられるんじゃないかなって思って」
「ありだとは思うけど、南も別に天野に何か買ってもらったり、奢ってもらったりするために付き合ったわけじゃないだろうし、今のままでもいいと思うけどな。それに、バイトすれば二人で遊ぶ時間も減るしな」

 確かに話す機会が少なくなるのは、嫌だな。きっと楓にバイトをするか迷ってることを伝えれば、反対されるような気がした。来年受験生になることもあり、これ以上勉強時間を削ぐことも許されない。やっぱり、バイトはなしかな。

「たまに神崎って良いこと言うよね」
「たまには余計だ」

 俺は神崎と仲良くなれて、良かったと思う。恥ずかしいようなセリフも顔色一つ変えず、躊躇することなく言えてしまうそんなところにすげえな、と思うし、リスペクトしてる。やっぱり、本人には伝えられないけれど、いつか何らかの形で恩返しができれば良いな。

「なあ、あの人可愛くね?」

 そういう発言をするのはもう少し躊躇って欲しい。須藤がいるんだから。まあ、包み隠さず話すところは、神崎らしいなって思った。
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