打つ者、打たれる者

弐式

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二.

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 八十助の師匠だった首領の末路は、確かに悲惨なものだった。何と言っても、自分の配下の一番下っ端だった男――つまり、八十助に殺されたのだ。

 八十助の師匠だった男が死んだのは、今の八十助と同じくらいの年齢の頃だった。死ぬ前年に突然。頭が痛いと叫んで倒れ、奇跡的に回復したものの、その後は何故か感情の制御ができなくなった。浴びるように酒を呑むようになり、急に怒り出して仲間に罵声を浴びせたり、酷いときには錯乱したように刀を振り回したりするようになった。

 八十助の背中の古い切創は、その時に首領につけられたものだった。

 堪り兼ねた八十助は、ある夜、酔いつぶれて大いびきで寝入っている首領の首に、短刀を突き立てた。首領はすぐには死ななかった。大きく目を見開き、もがきながら何事か言おうとした。穴の開いた喉からひゅうひゅうと声にならない音が漏れるだけで、助けを求めていたのか、それとも八十助に対する怒りの言葉を発しようとしたのか、今となっては分からない。

 この白州で、八十助の後ろに座っている“仲間”の男たちは当時の“仲間”ではない。盗賊団は八十助の師匠の――首領が死んだことで解散することになった。首領を殺した者は新たな首領となるか、他の構成員から私刑を浴びて殺されるか追放されるか、どちらかだろう。だが八十助の場合まだ若かったので新たな首領とはならなかったし、他の悪漢たちも首領の普段の言動に辟易していたので、八十助の行動を咎めるものはいなかった。

 誰が言うともなく盗賊団は解散となり、当時の仲間たちは散っていった。それ以来八十助は他の誰とも会っていなかった。まぁ、碌な生き方も死に方もしていないだろう。

 八十助はそれから黒駒屋に潜り込み、身代を乗っ取ることに成功したのは先に述べた通りだ。

 八十助は決して頭の悪い男ではなかった。それは奪った黒駒屋を、それ以前とは比べ物にならないほどに大きくした手腕を見れば明らかである。

 このまま、商人として生きていく人生だってあった。そして、その道を選んだ方が、人々の尊敬と信頼を受け、盗賊として生きるより遥かに実りあるものになったであろうことは想像に難くない。

 八十助にそれが分からなかったわけがない。

 たしかに八十助は何年間は誠実な奉公人に徹し続けた。だが、何がきっかけでタガが外れたか自分でも分からないが、黒駒屋の身代を悪辣な手段を用いて乗っ取ったり、再び悪党たちを集めて盗賊団を結成したりといった悪事に手を染めるようになった。

 尊敬される商人という表の顔で培った人脈は、八十助に様々な情報をもたらし、その情報はかつての盗賊団よりも八十助の盗賊稼業を容易なものにした。そして、盗賊稼業によって黒駒屋の商売敵を追い落とし、表の稼業にも多大な利益をもたらした。

 そうして得た金を使って、公儀の役人はおろか幕閣とさえ付き合いがあった。そしてそのつながりは、黒駒屋にさらなる富をもたらす。

 鼻薬を嗅がせてある奉行所の役人や火付け盗賊改め方の役人も少なくなかった。そうやって常に情報を収集することを怠らず、自分たちに役人たちの手が伸びてきていないことを常に確認し続けていた。

 全てがうまく回っているはずだった。

 商人としての生活を楽しみ、盗賊稼業を楽しみ、自分たちを追う役人たちとの剣を交えない攻防を楽しんでいた。

 自分ほど人生を楽しんでいる者はいないだろう、と八十助は自負していた。
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