『彼女』

水野 悠

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『彼女』と夕方

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「ねえ、洋楽のラブソングってさ、恋人に向けた歌だと、"you"で、片思いとか失恋ソングだと、"he"とか"she"になるんだよ」

『あなた』に向けて歌えないって、なんだか切ないよね

と続ける。

夏祭りの屋台から少し離れた河川敷、夕日の中、『彼女』が泣きそうな顔で笑った。

「そうだな」

泣くな、いや、そんな顔で笑うならいっそ泣け、もっと信用しろ、頼ってくれ

浮かぶ言葉はたくさんあるのに、出てくるのは何の気休めにもならない四文字

「『あの人』ね、年下は興味無いみたい…っ」

悲鳴のような呟きと同時に、うつむいたその下に雫が落ちる

川の対岸の向こう側に、ついに赤色が沈む

「うん」

震える肩をさすりながら、普段と変わらない声で答える


遠くで聞こえる祭りの喧騒と、彼女の嗚咽が響く

しばらくたって、彼女の呼吸が少し落ち着いた

「あー、これは引きずるかもなあ」

泣きながらまたへらへらと顔をあげる

「ああ」

「うん、もうしばらくは、先輩は私の"he"で居続けそう」

「…」

「付き合わせてごめんね、ありがとう!じゃあ、また!」

「うん。またあした」

そう言ってお互い立ち上がり、それぞれ家に帰る

背を向けてから放った呟きが彼女に聞こえていませんように

' What are you saying? Eaven I have saw "her" loves on her next for many years. '

(何言ってんだ、俺なんかもう何年も『彼女』の恋を隣で見てきたんだぞ)

1発目に打ち上げられた花火が、地面に影を作り、それはゆっくりと溶けていく
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