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006. 世界の片鱗
しおりを挟む毛皮がふわりと地面に落ちる。
「ヒッ…!」
声にもならない声で小さく息を吞み、腰を抜かす。
昨夜の狼そのものではないにせよ、
小さな少女にとってその姿形は恐怖を蘇らせるのに容易いものであった。
その様子を察したのか、二足立ちをしている服を着た狼はばつが悪そうに話し始めた。
「…すまないな。怖がらせるつもりはなかったんだが…。」
夜明け前の優しい口調の言葉を聞き、ハッと我に返る。
「ううん!ごめんなさい。びっくりしちゃって…」
首をふるふると横に振り、腰を抜かした状態から
座った状態で前のめりに姿勢を変える。
「お話には聞いたことあるけど、おしゃべりの出来る狼さん、初めて会ったから…
獣人さん…って言うんでしょ…?」
先程の恐怖心はもう露程もないようだ。
「…え?」
狼が不意を突かれたかのような声を上げる。
「え?」
少女も不思議そうに声を上げる。
「あ、いや…獣人… 初めてなのか?」
「うん。初めて…だよ?」
何でそんなことを聞いてくるのかと言わんばかりの返事をする。
「―――。」
何かを言いかけたが、疑いの余地もないほど真っ直ぐな目を見てその言葉を呑み込み
「大したもんだ… 今までどんな生活をしてきたんだ…。」
少し呆れるような、観念するかのような息を漏らした後、
少女の前まで歩き、しゃがみ込む。
「どの村や町に行っても住民の9割は大抵獣人だ。
獣人がいない集落なんて聞いたことないぞ。
お前、どこから来たんだ…?」
頭を下げ、少女の目線に合わせながら問いかける。
「えっとね。小さな村…。
目の前がぐにゃあって。頭ふわふわってなって…。
あれ…?」
考えても考えても映像、言葉が出てこない。
分かってはいるはずなのに、経験しているはずなのにそのことを言語化できない。
「思い出せないのか。」
その言葉に力無くコクリと頷く。
「『星の道』か…。」
「ほしの…みち?」
「人間がどう呼んでいるかは知らないが、少なくとも獣人ではそれが通称だ。
【古代から続く神秘】、【外と内を繋ぐもの】、【星降る夜の魔法】。
色々と意味合いは多いが、理解が追い付かないもの、【奇跡】と呼ばれるものは
大体『星の道』に由来する。」
少女を確認し…
「おそらくお前が村から飛ばされたのも、記憶が曖昧なのもそれが原因だ。
『星の道』は【真実を辿る道】とも呼ばれている。
記憶や記録に関することも星の道を巡れば啓示を得られるという話があるぐらいだ。
その逆も然りということだろう。」
― 少女がポカンとしている。
「あ~…
…要するに、不思議なことのほとんどは『星の道』が原因だ。」
ようやく納得できた様子で
「…じゃあ、あなたも『星の道』?」
唐突な質問に驚いた様だが、顔が少し綻びつつ
「違う違う、むしろお前たち人間の方が―…。」
途中まで言いかけたが、それを呑み込む。
「…いや、もしかしたら【獣人】がそうなのかもな。
それを知るために旅をしているのかもしれない。」
「…?」
きょとんとした顔でこちらを見ている。
「こっちの話だ、気にするな。
それより、お前のこのあとの話だが…。」
「…お家…帰れるかな…。」
俯き、落ちていた毛皮を握り締める。
その様子を見、軽く溜め息をついたあと
「『星の道』の現象はとかく不可思議だ。何も断言はしてやれなくて悪いが…。
心配するな、近くの町までは送ってやる。」
しかし、首をぶんぶんと横に振る。
「違うの…。」
毛皮を握り締めていた手の片方で、
自身の腰に未だ巻かれている縄を持ち上げる。
「ああ、すまない。やはり何か良くないものだったか。
如何せん解いてやろうにもこの手の大きさだ。
その太さを切る道具もなかったからな。苦しいのか?」
少女はまたしても首を横に振る。
「ならなぜ―」
言いかけたが、
「待て、その縄…。」
少女が握っていた縄を大きな指でひょいと持ち上げ、
その長い鼻先まで持っていき、スンスンと匂いを嗅いでいる。
― なるほど、そういうことか。
「近くの町は迂回する。
別の町に着いても、人間が受け入れられているかどうか確認してからにしておこう。
それでいいか?」
「―…うん…。ありがと…ありがとう…。」
それは、申し訳なさと感謝、そして恐怖の感情が入り混じった返事であった。
― まだ年端も行かない子にこんな顔をさせるなんて、一体どんな仕打ちをしたのやら…。
― ― ― ― ―
この世界に於いて人間は少数だ。そして長命種である。
70~80歳が平均寿命の獣人に対して、人間の平均寿命は200~300歳と言われている。
大半が獣人という人口で、人間の扱いは部落、集落、その町の慣習によって多種多様。
同じ「人」として対等に接する場所もあれば、その寿命と知識から「賢者」として敬われたり、
将又「星」の使者として崇拝されることもある。
ただし、それは「人」以上の価値として扱われた時の話で、
獣人に比べ突出した身体能力を持たない人間は「劣等種」として蔑まれ、
「穢れた血」、「星の贄」として迫害されることも少なくない。
一部の地域では「珍味」として食されることもある。
人間の平均寿命に散付きがあるのは後者によるものが原因とされている。
― ― ― ― ―
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