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第7話・直観
しおりを挟む真ん中のディスプレイには、何かの銘柄のボードと歩み値。
右側のディスプレイには、分足、時間足、日足と三種類のチャート。
左側には、売買の為のシステム画面が表示されていた。
銘柄は、宝くじで有名なメガバンだった。
圧倒されるのは、左側の残金額や右側のチャート図の反応速度ではなく(いや、それらも見たことのない金額やスピードで思わず見入ってしまうのだが)、真ん中のボードの表示だ。
上下に30段ずつはある。
試しにマウスでカーソルを操作してみると、上はストップ高(50円高)、下はストップ安(50円安)まで表示された。
制限値幅によって段数も増減するのだろう。いわゆるフル板というやつだ。
証券会社か取引所でないと拝めない筈のもので、普通の、一般人が使うツールではせいぜい上下5段ずつしか表示しないのだ!
それにしても、と、チラと後ろを見る。
1メールほど距離を開けて、法帖老たちが横一列になってこちらを注視していた。
(青メイドだけは法帖老の後ろだが)
この老人は、相場の達人かなんかなんだろう。
口座に入ってる金額だけでも、相当な資産家であることがうかがえる。
でも、それなら何故?
何故、他人にトレードをさせようとする?
しかしこの状況に至って、法帖老が梶谷さんをリクエストした理由ははっきりした。
あの人は証券会社あがりだからだ。
年齢的に言って大口トレードの経験もあるだろうし、俺のような一般人よりもずっとマシなトレードができるに違いない。
だがそれなら、普通に現役の証券会社の社員を呼んで来い、って話だ。
なんでわざわざ基板設計会社の社員から選び出す必要がある?
「何か分からないことでもあるのかね?」
背後から法帖老の声。
考える時間はもらえないのか?
「え、あ、えっとですね……」
急いで、左側のシステム画面をカーソルで適当にいじる。
自分の口座のツール(マーケットスライダーって奴だ)に酷似しているのだが、端々の表示が違ってる。
そこで、何か不明な箇所が無いかと探ってみたら、手数料の表示があるページがいくらまさぐっても出てこなかった。
これはラッキーだ。
「手数料はどこを見ればいいですか?」
これがシステムの不備なら、それを修正する間に考える時間が……
「手数料は考えなくていい。発生しないからな」
即座に、しかも驚愕の回答を頂戴した。
え、手数料は無し、いや発生しない?
それじゃホントに証券自己のディーリングルームそのままじゃないか!
と、驚いて反射的に後ろを振り向いた。
すると。
「それは……」
「…………」
何事か言おうとした宇藤が、法帖老の無言の圧力に晒されて萎縮してるところだった。
ちょっと怖い。
「分かりました。それなら……」
それなら、二つの推論が可能となる。
ひとつは、手数料は発生するのだが、金額が少ない(つまり、左の画面の入金額1千億円というのはマヤカシ)ので些細な額だから気にする必要が無い、という事。
もうひとつは、この表示自体がリアルではない=売買練習用シミュレーターなのだという事。
それら二つに共通しているのは、トレーダーの負担が限りなく少なくなるということだ。
つまり、トレーダーのセンスを確認する為の方策なのだろう。
これは試験なのだと。
「……好きにやらせて頂きます」
再びディスプレイに向き直り、今度は本気でトレードにかかることにする。
そもそも、初対面の相手にいきなり1千億円を預ける酔狂者がどこに居るよ。
そう考えると、今しがたの推論もかなりいいところをついてるような気がしてきた。
それで一気に気楽に。
「まずは銘柄選定から」
システム画面は、使い慣れたそれにホントによく似ていた。
だから操作しやすいのだが、同時に、それを使っていた頃の事をも思い出してしまう。
「売買高が金額ベースで上位のものが適当っと」
真ん中のディスプレイにフル板を表示なら、デイトレ、いや分トレしろと言ってるのと同じだ。
だから、それには売買高の高いもの≒値動きが旺盛な銘柄を選ぶのが正解。
……とか考えてやってたんだよなあ、あの頃は。
あの頃、つまり俺が平日休みの日にトレードしてた新興バブルの頃。
特に2005年頃は、マザーズやヘラクレスなどは半狂乱だった。
株式分割ですら上げ材料になっていたのだ。
今でこそ、なんであんなバカなことをしてたんだろうと冷静に振り返れるのだが。
「このETFで行きます」
銘柄をメガバンから変更し、返事を期待しない宣言をする。
背後からは、せっつくような空気が伝わってくるだけだ。
まあいい。
結局あの頃の終焉は、某新興銘柄の社長の逮捕に端を発した、証券会社による信用掛け目ゼロが引き金となって、それまでに膨らみ切っていた新興バブルが一気に弾けたというものだった。
俺は現物も買わずデイトレに徹していたおかげで、大した被害は受けなかった。
まあその分、儲けも少なかったのだが。
が、ほとんどの参加者は信用2階建ての買い専門だったので、その損額は莫大なものとなった。
多くの破産者が発生した。
そんな状況に嫌気がさした俺は、本業に集中することにして相場から降りたのだった。
そして現在に至るのだが、まさかこんな形でまたトレードすることになろうとは。
「さて……デイトレの基本は」
両建てだ。
異論は多くあるだろう。当時でもそうだった。
■ちゃんねるの株式板での冷ややかなレスを思い出す。
しかし、俺はコレなんだ。
「発注、っと」
このETFは日経225という名前がついているだけあって、その値段も日経平均とほぼ同じものだった。
値動きは10円刻み。
いま、板の中心で売買が成立している値段は13250円だった。
前日(つまり先週の金曜日)の終値が13170円。
今日は上げ方向で来ている。
だからといって片張りは危険。
直観で相場を見立てるのはもっと危険。
現金のみで現物株を持っていないのなら尚更だ。
今、板は13260円の売り、13250円の買いだ。
そこで俺は、13260円の板に空売りの注文を、13250円の板に買いの注文を入れた。
各々は同じ株数だ。
「りょ、両建て……?」
宇藤の呆気にとられたような声が聞こえる。
なんだそりゃ、と言いたげな。
しかし無視する。
「これでよし」
各々の注文が出来て、いま値段表示は13260円になっている。
買いは10円分儲けだが、空売りの方はプラマイゼロだ。
仮にどちらかに大きく動いても、各々の損額を儲けが相殺するので、損はしない。
「何がよし、よ。これからどうすんの」
宇藤がうざい。
両建てという言葉が出てくるのに、これからどうするのか分からないのか?
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