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第20話・美観
しおりを挟む「あんちゃん、そりゃあ矢板スコールっつーんだよ」
「はあ……」
古ぼけたガソリンスタンドの、狭い事務所内。
ぐしょ濡れのサマースーツにエアコンの冷風が直撃し、不快さに閉口してしまう。
そんな仏頂面の俺にお構いなしに、スタンドのおっさんが饒舌に話し始める。
「栃木の北あたりまで来ると、道路の混み方は高速も国道もそれほど変わらなくなってくるのさ」
「はあ……」
結局、例の豪雨はすぐに納まった。
ただ、車の直前が立木だったのには驚いたが。
(路肩とあぜ道の接続部に、ちょうど車が入って止まっていた。ちょっとヤバかった)
他の車たちも似たような状況で、てんでに好きな方向を向いて止まっていた。
ちなみに、エンジンも止まっていた。
「だから、4号線が近くにある矢板インターで高速を降りる貧乏トラックが多い」
「はあ……」
窓を開けっぱなしだったので車内びしょ濡れ。床には水たまり。
それでも走行に支障はなかったので、雨なんて降りましたっけ? ってな青空の下、この大田原市まで走ってきたのだ。
車がこんな有様なので、衣料品店より先に車のディーラーへ直行した。
ディーラーは大田原市の町はずれにあり、場所もすぐに分かり(カーナビがあるのだから当然だが)、営業の人もすぐに出てきてくれたのだが。
「そいつらを狙って、矢板インターの近くには広い駐車場を持ったドライブインがあるのさ。東京を10時ごろ出れば、矢板にはちょうど昼飯の時間だ」
「…………」
あいにくと、サービスマンたちは全員盆休み中で、申し訳ないのですがエアコンの修理は受けられません、とのことだった。
まあアポ無し飛びこみの依頼なので無理は言えないか。
と一応納得はしたのだが、それでもこのまま帰るのは如何にも芸が無い。
近くに相手してくれる自動車工場みたいな店はありませんかねえ、とディーラーの店先で話をしていたら、国道を挟んで向かいのガソリンスタンドから声がかかったのだ。
「で、昼のくそ暑いころにトラックが集まる。連中はタコグラフを止めたくないもんだから、エンジンかけっぱなしで停めとくわけよ」
ホースで招き水を撒いていたおっさんが。
なんかウチの常連客のに似た赤い車が入っていったが、何かあったのか? と。
ディーラーの営業さんとも知り合いだったようで、このスタンドなら大丈夫、と太鼓判を頂戴して車をスタンドへ移動させた。
車のエアコンはすぐに診てくれた。
結論もすぐに出た。『コンデンサ破損により、すぐには直らない』
部品待ちになるため代車を用意すると言われ、いまこうして、代車(向かいのディーラーも出払ってて無いらしい)を探しに出て行った、もう一人のスタンドの人が帰ってくるのを待っている。のだが。
「それで、集まったその熱気から駐車場を中心に上昇気流が発生し、局地的な低気圧となって近くに豪雨を見舞う、という寸法さ」
「な、なるほどおっ」
それで矢板スコール……なわけねーだろっ!
っと突っ込みそうになる。
いや、このおっさん(60絡み?)はすごくまじめな人のようで、エアコンの壊れ方について頼んでもいないのに熱心に説明してくれたのだ。
立ち話だったのでメモ用紙も無く、簡単な図をおっさんの手の平にボールペンで書いて見せてくれたりもした。
ディーラーの人いわく、大正時代からあるガソリンスタンドとのことだったが。
しかも整備士大型一級持ちとか(いや、それがどれだけ凄いのかはよく分からないのだが)。
そういう人が言うのだから、あながち嘘とも言い切れないのかも……?
「まーたウソばっか言ってえ」
言いながら入ってくる、栃木弁風の発音がキツいおっさん(こちらは50過ぎか)。
代車を探しに行ってくれた人だ。
「ウソでねえってぇー」
「いやぁ、兄さんは東京の人にはすぐウソつくしィ」
ははあ、この二人は兄弟なのか。
つうか、俺、関内から来たって言った筈なんだけどなあ。
「豪雨は、本当は那須野スコールつってだな」
「はあ」
「那須野が原にいる沢山の牛馬が、昼過ぎに一斉に水飲んでゲップするんで上昇気流が……」
「あ、ウソだ」
「ちょっとぉ、最後まで言わせてくれっけ?」
「……ど、どうぞ」
迫力に負けてしまった。
「あー、で、大雨が降るんだっぺ。おしまい」
し、尻切れトンボ……
「おいおい、おしまいじゃねーだろ、代車どーしたの」
「あ、そうそう」
弟さん、振り返って事務所のドアを開け、手招きをする。
外には、何やら真っ白い車が。
…………
「どうよ、スタリオン」
「え、あ、はあ」
いや、いきなりどうよ、と訊かれてもな。
つうか、見たことないんだけど、この車。
最近はやりの、86とかいうのに似てると言えば似てる、かも。
隠しライトだし。
「お、よく貸してくれたな、こんな上物」
「ああ、これ手漕ぎだから」
「あ、それけ、なるほどね」
訊くと、近くの中古車屋から借り受けたらしい。
しかし、お兄さんの方が言う通り、外見はピカピカでとても不特定多数用の代車って感じじゃない。
いいのか? こんなクルマを貸してもらって。
「あんちゃん、マニュアルは平気だよね」
「え、あはい、大丈夫ですが」
ああ、手漕ぎってMT(=マニュアルトランスミッション)のことだったのか。
しかし、てこぎ……MTが手漕ぎ……妙にウケる。
「でも、大丈夫なんでしょうか? 私のような一見の客が、こんな上等なクルマをお借りしても」
素直に訊いてみた。お兄さんの方に。
「一見? いやあ、法帖さんとこのお使いさんでしょ、あんちゃんは。それだけで充分だから」
「あ、いえ、こう言ってはなんですが、私が嘘ついてる可能性も」
「それはねーわ。乗ってきたのが祢宜さんとこの嬢ちゃんのクルマだったからねえ。あんちゃんは嘘ついてないよ」
ああ、なるほど。そういう風にクルマでその人となりを見るのか。
クルマには、そういう使い方もあるんだな。
「それに、商売は信用が一番大事なんだよ」
「は、はい」
「これでもし、俺らが修理断ってみ? 法帖さんの心証悪くなるから。そうすっとそれが他の店とかにも伝わる。これはマズい。ウチの信用が下がる」
「はあ」
「それに、田舎の商工会でのガソリンスタンドやカーディーラーなんて、親戚みたいなもんなんだわ。その客が本当に困ってたら、ウチが断っても近所の他所に行く。結局ウチらで面倒見ることに変わりはないからな」
「そ、そうですか」
だから、向かいのディーラーがここを勧めてくれたのか。
なるほどねえ、田舎のネットワーク、侮れん。
「まあ、そういうわけなんで、変な遠慮なんかしないで乗っていきな。修理が終わったら館の方へ電話入れるから。ほいこれ鍵」
「あ、はい」
思わず両手でキーを押し頂いてしまった。
大げさすぎだ俺。苦笑。
…………
「じゃあ、遠慮なくお借りします」
室内も、外見と同じように綺麗だった。
ただ、バケットシートというのか? 座席の背もたれが動かせないのが少し窮屈だったが。
「おう、気をつけてな」
お兄さんの方が、手を振りながら。
そこへ、弟さんの方が車の窓へ顔を近づけて。
「で、祢宜さんの嬢ちゃんとはどういう関係なの?」
と、訊いてきた。
「いや、関係だなんて、会ってまだ3日……」
「ヤってるだろ、とっくに」
お兄さんがからかう。
いや、無理だからそんなん!
「でなきゃ、クルマの修理出しなんて雑用、やらされたりしてねーよ」
「あ、はあ……」
そ、そうなのか?
クルマが必需品の田舎では、そういう認識が一般的なのか?
「じゃ、じゃあ、ヨロシクお願いします……」
反論はムダだと悟り、慣れないMT車のギアを1速へシフトして、ヨタヨタと衣料品店の方へ向かって行ったのだった……
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