24 / 66
第24話・唯物史観
しおりを挟む上の式は何となく見覚えがある。
たしか質量欠損だったか。
陽子や中性子は結合すると軽くなり、分裂すると重くなる、ってやつだ。
高校物理だな。懐かしい。
しかし下の式は分からん。
パッと見、二項定理みたく見えるが、ちょっと違う。
これは、何かの量を求めようとしてるのだろうか?
…………
まあいい。
クルマの元の持ち主が、何かの考えをまとめる若しくは進める為にやった雑記なのだろう。
こんなものの中身を気にする奴なんて、居ない……?
宇藤『なにこれキモチワルイ』
サラ『論理展開が甘い、失格』
美原さん『この車の名前のスタリオンって、スターとアリオンを足したものだそうですね。そもそもアリオンとはギリシャ神話で……』
め、めんどくせえ……
ま、まあ、居ないってことにしとけばいいか。
そう思って、車検証入れにメモ書きを戻そうとした。
しかし。
「……ちょっと待てよ」
メモ書きなんて、多くの場合は要らなくなった書面とかの裏を使ったりするもんだ。
適当な大きさに切って、クリップでとめて、机の横に置いておくもんだ。
このメモ書きも、どうやらそういうもののようだった。
気になったのは、それが明らかに基板の図面を切ったものだという事だ。
俺は仕事柄、基板の図面をCADからしょっちゅうプロットアウトしている。
確認が済んだら用無しなので、ほとんどの場合、適当な大きさに刻んでメモ用紙だ。
だから、この車検証に入ってたメモ書きの表が基板図でも、それほど気にならなかったのだ。
しかし基板の図面なんて、普通の生活をしていれば、まずお目にかかれるものではない。
それに、ほとんどの場合社外秘の塊だ。社外に持ち出すなんてもっての外。
それを車検証入れの中に入れるなんて、いったいどこのアンポンタンだ?
いったん気になると、とりあえず確認できるとこまでは確認しないと気が済まない性分だ。
とりあえず、車検証入れの中に入ってるメモ書きを全部出して表に向けてみた。
全部で9枚。どうやら一枚の基板図面を切ったもののようだった。
銅箔部とシンボルプリントが重ね合わせて印刷されている。
ジグソーパズルよろしく、メモ書きを並べ替えて元の形に戻してみた。
どうやら、あまり大きくない基板のようだ。
外形は、ロールシャッハテストの、蝶の形に似ている……
「ま、まさか」
外形で推測するまでもなく、シンボルプリントに基板の名称があった。
『Mist2』と書かれている。
「なんでこんなところに」
この基板は、俺が今の会社に入ったころ、研修用として散々見せられたものだ。
SACD用とDVD-AUDIO用の、2つの巨大なデコーダーが載せられている。
オマケに後段のアナログ回路や映像出力もキチンとある。
光学ディスクメカ用の回路基板だ。
ペンタソニックと50NY(どちらも日本を代表する電機メーカーだ)の両社が、各々が開発した次世代オーディオ用のデコーダーを、両方載せた基板の開発を某社に依頼したらしい。
基板は完成したが、種々の事情により、その2社は採用しなかったらしい。
それで某社は、開発代を稼ぐためにその基板を使った製品を自社ブランドとして販売したらしいが……全く売れなかったそうな。
それでもその基板は、現在でも最密クラスの部品密集度や均一な熱分布、ごく低レベルな不要輻射、更に当時始まったばかりのローズ指令の対応までしてあるという、優れものだった。
その為、その2社が別の基板設計の仕事を外注に出す場合に、参考としてこのMist2の生基板を貸与していたのだ。
俺も散々見させられた。
最初はウンザリしていたが、ある程度基板が描けるようになってくると、このMist2は参考になるところの宝庫だというのが分かってきた。
その為、中堅の設計者たちからは、ある意味でバイブル的な存在だったのだ。
そういった理由から、このMist2は業界では結構有名な基板である。
だが、設計した某社がデータの公開を拒否したため、CAD上でのデータはもちろん、プロットアウトの図面も見たことがない者がほとんどだ。
そのMist2の図面が(9分割とはいえ)いま目の前にある。
ここは、基板設計とは縁もゆかりもない、那須の山の中なのに……!
図面を使える、しかも裏紙としてメモ書きにしてしまえることから、このメモ書きをしたのは、Mist2の設計にごく近いところに居た者、または設計者本人だろう。
その者が残した、その息づかいまで聞こえてきそうなメモ書きの数々。
何が書かれているのか。
何を目的にしているのか。
気になって、寝るどころの騒ぎではなくなってきた……
………………
…………
8月14日木曜日 午前9時
「さて、ベンチマークの準備はよろしいか?」
朝食を終わらせて、PCルームにてディスプレイの一枚に向かって話しかける。
(今朝の分で総菜パンと菓子パンは全て消化し終えた。これで昼食からはまたあの石上さんの美味い料理が堪能できる。やれやれだぜ)
「加治屋、偉そう」
ディスプレイの中で、サラが。
朝の挨拶は厨房で済んでいた。
「今日から本格的にベンチマークとなります。昨日一日分の注文データを使ってのシミュレーションとなりますので、現実のお金はかかりません。どうぞ思う存分トレードをなさってください」
サラの隣から、美原さん。
さすが、見事なチュートリアルだ。
「一昨日みたいに寝てるんじゃないわよ」
隣に座ってる宇藤が。
「あ、それは大丈夫。夕べはぐっすり寝たから」
そう、寝れたのだ。
それは、ある事を法帖老に依頼しようと思ったから。
それで、とりあえず気になることを先送りにしただけではあったのだが。
「ふむ? カネは使わんのかね?」
言って、後ろの椅子から立ち上がる法帖老。
横に立っていた祢宜さんが、小首をかしげた。
「では儂は此処に居なくともよいのだな」
「あ、はい、そうなんですが……」
宇藤が申し訳なさそうに。
「でも、出来ましたら、作業の様子をご覧いただいた方が当方と致しましても」
一歩を踏み出した法帖老、止まって軽く宇藤の方を見て。
「気遣いは不要だよ。今日は双子と車の様子を見る日とするので」
クルマという単語が法帖老の口から。チャンスだ。
機会を逃さじと、椅子から立ち上がって法帖老に話しかける。
「あ、あの、唐突に厚かましいお願いにて大変恐縮なのですが」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる