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第28話・擬人観

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「どういう風にって、ねえ?」

 俺のキレ芸を受け流すように、宇藤。

「私はただ、法帖さんの隠し子だとばかり……」
「はあ!?」

 法帖老のか? 年齢的に有り得んだろ!
 つうか。

「勝手にそう思い込んでたのか?」

 なんだよそれ。
 それでなんで、俺が確認しようとするのを止めるんだ?
 むしろ調査してとお願いするくらいの話じゃないか?

「あ、あの、私はその、石上さんの隠し子なのかなって」

 と、おずおずと美原さんが。

「石上さん? 厨房の? 夫婦で来てるじゃん?」

 それでなんで隠しになるのか。

「あ、それはその、奥さんの不倫というかなんか他人が口を挟んじゃいけないような」

 なるほど、それで勝手に斟酌しんしゃくしたのか。
 たしかに、髪や目の色から外人系なものがあるしな、あの双子。
 それはまあ、美原さんらしいが。

「……課長の隠し子だと思ってた」

 最後の一人と目を向けたサラが。

「ちょ、おま」
「なんですって!?」

 目を剥く宇藤。
 そりゃまあ怒るわ。左手の薬指に指輪は無いが、それにしても。

「居てもおかしくない年齢」

 サラが更に追い打ちをかける。
 その隣の美原さんは、体を斜めにしてメガネをずり落としながら、サラを凝視している。
 いや、ちょっとやりすぎじゃね?

「ぐぬぬ……」

 うお、リアルでぐぬぬって言う宇藤初めて見た。
 デジカメ……は祢宜さんが持ってったか。チッ。

「さあ、時間ですよ皆さん!」

 捻じ曲がった空気をはらう様に、美原さんが。
 姿勢もメガネも、いつの間にか直ってる。

「後場が始まりました。加治屋さん、前場と同じ調子でお願いします」

 いきなりの死刑宣告。
 その傍らで、サラがなにやら宇藤に向かってサムアップしてる。

「ちょ……」

 見ると、宇藤もほんの小さく親指を立てて見せている。
 むう、とりあえずゴマカシ成功ってところなのか。

「さあ加治屋くん、頑張ってね」

 ホッとした顔の宇藤が。
 サラも、視線を下に落として黙々と何かの準備をしている風だ。

「あーはいはい分かりましたよ。じゃあ銘柄は前場と同じ2銘柄ってことで……」

 結局、双子の件はうやむやに。
 彼女らは上手く誤魔化せたつもりなんだろうなあ。

 だが実は、俺も彼女らに打ち明けてない事があるのだ。

 それは車検証の一件。
 昼休み、祢宜さんに一眼レフの使い方を教えてるときに、自然とその話題になって。

『あの車検証に書かれてた所有者、実は私の叔父がやってる店屋さんなんです』

 たしか子浦中古車販売、と記載されていたな。
 父親も母親も兄弟姉妹が多いので、いちいちだれがどんな仕事をしてるのか覚えていられないらしい。
 ただ、どこかで目にした記憶があるので実家に電話して確認したら、叔父の店だったと。

『あ、じゃあ、祢宜さんが使うってのは、その叔父さんには分かってたのかも』

 それで、あんなにピカピカのクルマを寄こしてくれたのか?

『ああいえ、それはないかと……私がAT限定免許なのは知ってる筈ですから』
『え、そうなんですか? うわ、しまったな……』
『代車は、加治屋さんに運転していただくということで』

 結局、車を使う用事は俺が担当ということになってしまった。
 ううむ、なにかいいようにされてるような気が……

『要するに、おじい様があの車の車検証を調べる必要は無いんじゃないかと』
『いや、それは無いわけじゃ』

 陸運局に調査願いを出せば、新車時から現在までの持ち主が分かったはず。
 それを祢宜さんに説明する。

『そうですか。それなら何か、手掛かりが見つかるのかもしれませんね』
『手掛かり……それは双子に関わる事なのですか?』

 なんか引っかかるんだよな、双子がお母さんのクルマだと言ってたのが。
 製薬会社の社長夫人が、あんな峠族まがいのクルマを買ったりするものだろうか?
 いや、そもそもクルマの運転なんてするのか? 愛娘を乗せて?

『い、いえいえ、加治屋さんの探し人のことですよ』
『あ……そうですか』

 なんか祢宜さんが一瞬マジで狼狽えたように見えたが。
 ってことは、普段の天然ぶりは芝居……?
 いやいや、信用第一。こっちが信用しないと向こうも信用してくれないぞ。

 っと思い直して、その場は済んだんだが。
 それにしても。

「やるけどさ、でも今日びこんな大口注文のデイトレで、イチイチ手打ち入力してる奴なんていねえよ」

 そう。普通は最低でもエクセルでマクロ組んで半自動で発注してるもんだ。
 少なくとも、俺がデイトレしてた2年前まではそれが常識だった。

「そうなの? 噂には聞いたことがあるけど」

 宇藤が胡散臭そうに。

「そうだよ。実際に売買してみれば分かるんだが、注文の順番を追い越されたような、あの強引な感じの注文の載り方が」
「ああ、加熱してる銘柄でよくあるわね。それって機械発注なの?」
「そうだと言われてる」
「一応、全ての注文は一旦証券会社でまとめられてから、東証ウチに入ってくる形になってる筈なんだけど」

 宇藤はまだ半信半疑だが。

「証券会社からのデータを常に監視するプログラムを組んでおけば、不可能ではない」

 合間にサラが。

「その上で、条件に合致すれば発注まで行うようにしておけば、他人の発注に先んじる事も可能」

 冷静な突っ込みをしてきた。

「でもそれじゃあ、加治屋さんの出番が無くなってしまうのでは?」

 普通な感じで、美原さん。

「いや、そういうアルゴリズムにしたとしても、条件設定は人手だし、それは常に変えていかなきゃならない筈だから」

 実は、似たようなものをエクセル上で組んだことがあるのだ。
 走らせると、儲けがほとんど無いまま、あっという間に一日分の信用枠を使い切ってしまって、まるでお話にならなかった。

 しかしこれを話すと、宇藤から大笑いされそうなので黙ってるが。

「分かった、今日の大引け後に適当に組んどく」

 サラが簡潔に。

「いやマジで助かるけど、大丈夫なのか?」
「後場からの加治屋の売買を見て、条件設定を汲み上げられれば、コード自体は単純だから」
「いや、そうじゃなくて、資金無限大でそんな乱暴なプログラムを走らせても……?」

 下手するとサーバーを破壊するんじゃないか?
 考えすぎか?

「もし本当にそういうアルゴが民間に溢れてるのなら、それが例え2倍になっても3倍になっても対応出来なければ話にならないかと」

 美原さんが割って入って。

「そもそも弊社のなろうヘッドうちの子は、2度と落ちないサーバーを標榜して作り上げられたハードですから」

 自信満々に言い切った。
 擬人化も加えて、なんだかよく分からないが凄い自信だ。

「そうか、それならこれ以上の遠慮はヤボってもんだな。サラ、よろしく頼む」
「頼まれた」

 相変わらずの無表情で。
 しかし、そこはかとなく頼りがいのある感じもあって。

「じゃあ、後場も頑張ります」
「やっとなの、もうどれだけグズれば気が……」

 歩み値やチャートを表示させ、強引に両建て玉を約定させていく。
 最後の宇藤の文句は聞こえなかったことにした。



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