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23 一方、サリクスがいなくなった後のヘレナとノエルは(下)

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 それ以降ヘレナは、サリクスを見る目が変わった。
 両親は彼女のためにあらゆる家庭教師を呼び、最高の教育を受けさせている。美容や健康にも気を使い、母が常にサリクスを着飾らせ、父は政治のいろはを教えていた。
 仕立て屋で新しいドレスを作るのも、宝石を買うのも、母や父が選んでくれる。誕生日プレゼントだって、二人が選んだ物だ。妹である自分には、侍女に買わせたのに。
 今まで嫌われていたと思っていた姉が、その実、妹の自分よりも両親に愛されていたことを知り、ヘレナは怒りに狂った。

 両親に振り向いて欲しいがために、わざと使用人を困らせ、勉強をせず、マナーも破った。今まで以上に我儘を言い、好き勝手した。
 だが、それでも二人はヘレナを放っておいた。
 それどころか、最低限の知識とマナーさえあれば、それで良いと言った。次期公爵は、分家から婿養子を貰おう。ヘレナは、子供を産んでくれさえすれば、多少出来が悪くとも構わないと。

 信頼している侍女から二人の真意を告げられ、ヘレナはそのとき深く傷ついた。
 血を絶やさずにいる重要さは子供ながらに理解していたつもりだった。しかしヘレナは、ただ子供を産むためだけの存在でいいと言われ、前向きに肯定できる少女ではなかった。
 そして、彼女は両親に振り向いてもらうには、反抗するだけではダメだと気づいた。
 二人が望んでいるのは、次期王妃になれそうな子供。ならば、自分は姉より優秀になろう。そうすれば、父も母も、きっと自分を見てくれるはず、と。

 ヘレナはその日から一転、人が変わったように勉強をし始めた。
 教養やマナーも身につけ、我儘も言わなくなった。特に魔法の稽古は血が滲むほど努力し、遂には宮廷魔法士の試験に合格するほどの腕を身につけた。
 だが、それでも。
 両親は彼女に興味を向けず、ずっと姉に構ってばかりだった。ノエル王子との婚約が決まった、姉サリクスしか、見ていなかった。
 ヘレナは、二人に振り向いてもらうためには、王妃になるしかないのだと、察してしまったのだ。

(……だから、殿下と恋仲を演じてまで、次期王妃の座を奪い取ったのに。どうして、こんな目に)

 ギリッと、ヘレナは歯を軋ませる。
 予定通りに進まない苛立ちを抱えながら、彼女はノエルの元へ向かった。
 ヘレナはその日、宮廷魔法士の務めた終わった後、彼に呼び出されたのだ。侍従に案内され、ノエルが待っている部屋へ通される。

「失礼致します。遅くなって申し訳ありません。今日は一体、何の御用でしょうか?」

 形だけの挨拶をし、不機嫌さを隠さずに問う。
 ノエルは窓掛けに肘を置き、外を眺めていた。部屋に入ってきたヘレナを一瞥だけして、視線を元に戻す。

「随分と苛立っているみたいだな。姉が行方知らずになって、そんなに悲しいか?」

「………」

 ヘレナは額に青筋を浮かべたが、無言を貫いた。ノエルが「人払いは済ましている」と告げると、途端、彼女は舌打ちをした。

「初めからそう仰ってください。不愉快です」

 ヘレナはノエルが立っているにも関わらず、ソファに腰掛けた。足を組み、王族に対してとは思えない態度で話し始める。

「ノエル殿下こそ、サリクスお姉様がいなくなって心配しているのではありませんか? 少々、お疲れのように見えますよ?」

「……そんなわけないだろう。私は、彼女が嫌いで仕方がなかったんだから」

 ノエルが顔を逸らすと、ヘレナはわざとらしく首を傾げた。

「あら、そうでしたか? ああ、そういえば。元々、婚約解消の話も殿下から持ちかけてきたことでしたわ! すっかり忘れていました。私ったら、物覚えが悪くて仕方ないわ」

 さっきの意趣返しと言わんばかりに、ヘレナは意地悪く笑った。
 彼女の言う通り、サリクスの婚約解消はノエルから持ちかけられたことだった。

 去年、宮廷魔法士になったばかりのヘレナは、自分が王妃になるためにはどうしたら良いか頭を悩ませていた。
 正攻法としては、己が姉より優秀であると示すことだ。だが、サリクスは希少な精霊使い。凡人が十年かかって習得する魔法を、精霊を使役することで一瞬で自分のものにしてしまう存在だ。そんな彼女よりも有用であることを示すのは、不可能に近かった。
 正面からぶつかってはダメだ。サリクスの評判を下げるべきかと、別の作戦を考えているとき、ノエルが接触してきたのだ。
 わけもわからず呼び出されて緊張するヘレナを前に、彼はただ一言、

「君も、王妃になりたいのか?」

 と、尋ねてきた。
 ヘレナは質問の意図を理解しきれなかったが、すぐに肯定した。
 美辞麗句を並べて王妃という地位を称賛していると、ノエルから衝撃的な発言が飛び出してきた。

「では、姉のサリクスと立場を入れ替えても、不満はないか。このことは、国王陛下に報告する。異存はないな?」

 ヘレナが驚いたのは言うまでもない。
 まさか、王妃になる絶好のチャンスが、予期せず己の手に転がってきたのだ。
 湧き上がる喜びと、同時に浮かぶ疑念。
 なぜ、ノエルは急にサリクスとの婚約を反故にするようなこと提案してきたのだろうか。
 婚約者を変えることに、ノエルに利益はない。それどころが、不利益をもたらす可能性が高いのだ。疑わずにいる方が、無理だろう。
 何か裏があるのではないかと問い質せば、ノエルは淡々と答えた。

「サリクスが嫌いで仕方がない。それだけだ」

 ノエルの言葉を、ヘレナは鵜呑みにしなかった。
 嘘だと言い切るには根拠が足りないが、本音だと素直に信じるほど彼女は単純ではない。
 だが、何度尋ねてもノエルは同じ理由しか言わなかったため、ヘレナは追求するのを諦めたのだ。
 何にせよ、彼女にとって好都合な話には違いないのだから。深追いをして、痛い目に遭うのは避けたかった。
 そうして、ノエルは国王に婚約者の入れ替えを提案し、一年以内に実績を作れば良いと条件を出された。ヘレナは必死の思いで得意な回復魔法で手柄を上げ、白魔法部隊に所属することを認められた。
 国王からの許可を貰い、表向きには想い人同士だったと嘘を吐いて、ようやくサリクスとの婚約解消に至ったというわけだ。

 だのに、こんな大事になるなんて、と、ヘレナは今日何度目かにわからないため息を吐いた。

「それで、今日は一体どういった御用件なのでしょうか? お姉様の安否が不明な以上、迂闊に接触は避けた方が良いと仰らなくても、殿下ならお分かりでしょう?」

 ヘレナが嫌味たらしく言うが、ノエルが気分を害した様子はない。窓の外を眺めたまま、無表情に言うのだ。

「ならば、それはもう不要な心配だ。気にしなくて良い」

「……どういうことですか?」

 怪訝な顔をするヘレナに、ノエルは美しい翠玉の瞳を、彼女に向けた。

「サリクスの居場所を突き止めた」
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