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観客席のない劇場で
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◆ライゼル──壊れた王子
「……ボク、もう……いないほうがいいのかもね」
その呟きは、かつて「王子」と呼ばれた青年のものとは思えなかった。
鏡の中に映る顔は、誰だかわからないほどやつれ、瞳の光さえも失っている。
「……マリー、ごめん……君だけは、ずっと……」
唇を噛みしめるようにして彼は、その場から姿を消した。
“隔離”という名の国外離脱。
記録上は「療養」とされたが、誰も彼を追わず、迎えにも来なかった。
王子は、廃嫡された。
そして、この国から、静かに、忘れ去られていった。
⸻
◆その夜──王弟とミキ
王弟リヴィウスの私室。
重厚な香がくゆり、金糸の刺繍が施された椅子にミキは腰かけていた。
レースのドレスは完璧に整えられているが、その表情は少し虚ろだ。
「ミキ嬢。……ライゼル坊やは、もう舞台から降ろしたよ」
「うん……ボクのこと、好きだったよね。あの子」
「知っているとも。だが、舞台役者としては不向きだった」
リヴィウスは書類の束を眺めながら、くすりと笑う。
「君は違う。“与えられた役”を理解して、脚本通りに動ける。
可愛く、儚く、無垢で……その実、感情の起伏を完璧に操れる。
君は――最高の人形だ」
ミキは、瞬きを一つ、二つ。
「……お人形?」
「そうさ。王妃なんて重たい肩書き、もういらないだろう?
明日からは、もっと楽な脚本を書いてあげよう。
可愛い衣装に身を包んで、舞台の中心で、毎日違う役を演じるんだ」
ミキの唇が微かに笑った。
それは、どこか壊れた、空っぽな笑みだった。
「……うん、それならできるかも」
「マリー嬢に叱られるのでは、と心配かね?」
「……ううん、マリーちゃんは怒らないと思う。
でも……たぶん、あの子だけが、本当のことを知ってる気がする」
「知っていても、君には何もできない。
君は“皆に愛され、誰にも責任を問われない”役。
それが、君という存在だよ。……ねぇ、可愛いお人形さん」
その言葉に、ミキは素直に頷いた。
その顔には、喜びの影と、虚無の影が同時に宿っていた。
⸻
◆王弟リヴィウス──演出者の独白
夜の執務室。
窓の外に沈みゆく月を見つめながら、リヴィウスは一人、呟く。
机の上には、“聖女演出案”、“衣装プラン”、“信仰操作スケジュール”。
整然と並ぶその書類は、すべて彼の計画の一部だ。
「舞台は、整ってきた……」
「次は“奇跡の再現”。“信仰の爆発”。
感動を仕掛け、涙を誘い、赦しを掲げて、
悪役を――完膚なきまでに叩き潰す」
彼の目に宿るのは、狂気にも似た“演出家の悦び”。
「完璧だ。“感情の構図”は美しい。
人は、美に酔い、涙を流し、物語に服従する。
世界を動かすのは、事実ではなく――“構築された感動”なのだ」
しかし、その完璧な構図の中に――
ひとつだけ、制御不能な存在がある。
「……マリー・ド・アルセイン」
「君は、舞台に立たずして“舞台の本質”を見抜く目を持つ。
脚本の矛盾に気づき、観客の感情ではなく、“真実”に手を伸ばす」
「君だけが、物語を拒絶しようとしている」
⸻
◆マリー──記録の扉“レキシエル”へ
夜の図書塔。
古の記録が封じられた場所に、マリーはヨナと共にいた。
鉄の扉には、魔法による文字認証の鍵がかけられている。
「この鍵、詩文になってる……」とヨナが囁く。
刻まれた言葉:
『信仰とは、信じる心ではなく、疑う勇気である』
マリーは、その言葉を反芻した。
「皮肉なものね……
聖女であるはずの彼女が、“疑うこと”を知らなかったなんて」
扉が開く。
その先には、“世界の運営履歴”が記された神殿記録――
祝福の発動タイミング。
加護の配分。
歴史の改変ログ。
そして、“作者”の干渉履歴。
(これが、“物語を誰がどう書いてきたか”の全記録)
「ここに、リヴィウスの名があれば――」
「……この茶番の黒幕は、彼ということになる」
マリーの眼差しが、鋭く研ぎ澄まされる。
「でも、私は“暴く”ためだけにこれを開いたわけじゃない」
「この世界は、誰かの脚本に支配される物語じゃない。
与えられた役割だけで生きていく人形劇じゃない」
「ここには、“生きている人間”がいる」
静かに、だが力強く、マリーはそう言った。
それは、この世界そのものへの宣戦布告だった。
「……ボク、もう……いないほうがいいのかもね」
その呟きは、かつて「王子」と呼ばれた青年のものとは思えなかった。
鏡の中に映る顔は、誰だかわからないほどやつれ、瞳の光さえも失っている。
「……マリー、ごめん……君だけは、ずっと……」
唇を噛みしめるようにして彼は、その場から姿を消した。
“隔離”という名の国外離脱。
記録上は「療養」とされたが、誰も彼を追わず、迎えにも来なかった。
王子は、廃嫡された。
そして、この国から、静かに、忘れ去られていった。
⸻
◆その夜──王弟とミキ
王弟リヴィウスの私室。
重厚な香がくゆり、金糸の刺繍が施された椅子にミキは腰かけていた。
レースのドレスは完璧に整えられているが、その表情は少し虚ろだ。
「ミキ嬢。……ライゼル坊やは、もう舞台から降ろしたよ」
「うん……ボクのこと、好きだったよね。あの子」
「知っているとも。だが、舞台役者としては不向きだった」
リヴィウスは書類の束を眺めながら、くすりと笑う。
「君は違う。“与えられた役”を理解して、脚本通りに動ける。
可愛く、儚く、無垢で……その実、感情の起伏を完璧に操れる。
君は――最高の人形だ」
ミキは、瞬きを一つ、二つ。
「……お人形?」
「そうさ。王妃なんて重たい肩書き、もういらないだろう?
明日からは、もっと楽な脚本を書いてあげよう。
可愛い衣装に身を包んで、舞台の中心で、毎日違う役を演じるんだ」
ミキの唇が微かに笑った。
それは、どこか壊れた、空っぽな笑みだった。
「……うん、それならできるかも」
「マリー嬢に叱られるのでは、と心配かね?」
「……ううん、マリーちゃんは怒らないと思う。
でも……たぶん、あの子だけが、本当のことを知ってる気がする」
「知っていても、君には何もできない。
君は“皆に愛され、誰にも責任を問われない”役。
それが、君という存在だよ。……ねぇ、可愛いお人形さん」
その言葉に、ミキは素直に頷いた。
その顔には、喜びの影と、虚無の影が同時に宿っていた。
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◆王弟リヴィウス──演出者の独白
夜の執務室。
窓の外に沈みゆく月を見つめながら、リヴィウスは一人、呟く。
机の上には、“聖女演出案”、“衣装プラン”、“信仰操作スケジュール”。
整然と並ぶその書類は、すべて彼の計画の一部だ。
「舞台は、整ってきた……」
「次は“奇跡の再現”。“信仰の爆発”。
感動を仕掛け、涙を誘い、赦しを掲げて、
悪役を――完膚なきまでに叩き潰す」
彼の目に宿るのは、狂気にも似た“演出家の悦び”。
「完璧だ。“感情の構図”は美しい。
人は、美に酔い、涙を流し、物語に服従する。
世界を動かすのは、事実ではなく――“構築された感動”なのだ」
しかし、その完璧な構図の中に――
ひとつだけ、制御不能な存在がある。
「……マリー・ド・アルセイン」
「君は、舞台に立たずして“舞台の本質”を見抜く目を持つ。
脚本の矛盾に気づき、観客の感情ではなく、“真実”に手を伸ばす」
「君だけが、物語を拒絶しようとしている」
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◆マリー──記録の扉“レキシエル”へ
夜の図書塔。
古の記録が封じられた場所に、マリーはヨナと共にいた。
鉄の扉には、魔法による文字認証の鍵がかけられている。
「この鍵、詩文になってる……」とヨナが囁く。
刻まれた言葉:
『信仰とは、信じる心ではなく、疑う勇気である』
マリーは、その言葉を反芻した。
「皮肉なものね……
聖女であるはずの彼女が、“疑うこと”を知らなかったなんて」
扉が開く。
その先には、“世界の運営履歴”が記された神殿記録――
祝福の発動タイミング。
加護の配分。
歴史の改変ログ。
そして、“作者”の干渉履歴。
(これが、“物語を誰がどう書いてきたか”の全記録)
「ここに、リヴィウスの名があれば――」
「……この茶番の黒幕は、彼ということになる」
マリーの眼差しが、鋭く研ぎ澄まされる。
「でも、私は“暴く”ためだけにこれを開いたわけじゃない」
「この世界は、誰かの脚本に支配される物語じゃない。
与えられた役割だけで生きていく人形劇じゃない」
「ここには、“生きている人間”がいる」
静かに、だが力強く、マリーはそう言った。
それは、この世界そのものへの宣戦布告だった。
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