『この命、めぐりて、きみに還る』―“俺の子じゃない”と捨てたくせに―

夢窓(ゆめまど)

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外伝:<ifルート>ルシンダを信じた世界ーーアレクサンダーサイド

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ルシンダが妊娠している――
その知らせを受けた瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。

「……俺は子供ができないはずなんだが」

言葉は冷たく響いたが、ルシンダはまっすぐ俺を見て答えた。
「でも……この子は、あなたの子よ」

正直、すぐには信じられなかった。
心の奥に疑念が残り、眠るたびにその影がまとわりつく。
だが――彼女を手放す決断だけは、なぜかできなかった。

「……産むまで、ここにいろ」
そう口にした瞬間、自分でも驚くほど安堵していた。



探偵に調査させた。
もし裏切りが事実なら、せめて証拠を掴みたかった。
だが、どこを探っても、怪しい男の影はひとつもなかった。

それでもルシンダは、ぼんやりと窓を見つめる時間が増え、
食事もろくに喉を通さない様子だった。

「……ためだな、お腹に子供がいるんだろ」
仕方なく、スープを用意して口元に運ぶ。
ひと口飲んだ彼女が、小さな声で呟く。

「……死にたい」

胸が痛んだ。
その言葉は、俺への拒絶ではなく――
孤独と恐怖の果てに、彼女がすでに諦めかけている証だった。



それからは、できるだけ彼女のそばにいるようにした。
湯を沸かし、毛布を掛け、足を冷やさぬよう気を配る。
少しずつ、ルシンダは食事を摂るようになり、
腹の中の子も元気に動き始めた。

気づけば――
「この子が、俺の子かもしれない」
そう思える瞬間が増えていた。

どうせ俺には、もう二度と子供は授からない。
ならば、たとえ奇跡でも、偶然でも――
この命を、全力で守ろう。

そう、心の底から覚悟した。

出産と変化

季節がひとつ過ぎ、冬の冷たい風が屋敷の回廊を吹き抜ける頃、
ルシンダのお腹は大きく膨らみ、足取りも慎重になっていた。

アレクサンダーは以前のように社交界に顔を出すことをやめ、
代わりに、彼女の側で時間を過ごすことを選んだ。
暖炉の前で読書する彼女に毛布をかけ、
夜中に小さな呻き声を聞けばすぐに水を運ぶ。

最初は義務感だった。
しかし、日を重ねるたびに、
「彼女とこの子を守りたい」という思いが、確かな形になっていった。



出産の瞬間

嵐の夜、予定より早く陣痛が始まった。
医師と侍女たちが慌ただしく動き回る中、
アレクサンダーはルシンダの手を握り続けた。

「大丈夫だ、ここにいる」
そう何度も繰り返し、額の汗を拭い、背をさすった。

夜明け前、産声が響いた。
小さな、けれど力強い泣き声。

医師が彼に抱かせたその瞬間、
胸の奥で何かがはじけた。

「……ようこそ、俺たちの子」



父親としての日々

最初は抱き方もぎこちなく、沐浴では侍女に笑われるほどだった。
しかし、夜泣きの声に真っ先に飛び起き、
寝不足のままでも子を抱いてあやし続けた。

そのうち、子が彼の指をぎゅっと握るようになり、
アレクサンダーが近づくと泣き止むことも増えた。

ルシンダは、そんな彼を見て微笑むことが多くなった。
彼女の笑顔は、以前よりも柔らかく、温かかった。



気づいたこと

「俺は、最初から……この子を欲していたんだ」

信じることを恐れていた自分。
疑いの鎖を解いたとき、
初めて、家族という温もりが胸に満ちていくのを感じた。

幼少期のテオ

アレクサンダーは、テオの成長をまるで宝物のように見守った。
歩き始めた日には屋敷中が拍手で湧き、
初めて「パパ」と呼ばれた瞬間には、
侍女たちの前にもかかわらず涙をこぼした。

彼は公務を減らし、できる限りテオと過ごす時間を作った。
午前は侯爵家の執務室で書類に向かい、
午後は庭で剣の素振りを教えたり、馬に乗せて散歩したり。
その姿は、かつて冷たいと評された若き令息とは別人のようだった。



ルシンダとの関係

子育てを通して、ルシンダとの絆も深まっていった。
出産後しばらくは、互いに距離を測るような静けさがあったが、
夜中に二人で寝かしつけをしているうちに、
笑い合う時間が増えていった。

「最初から信じてくれたわけじゃないのに、
こうして笑っていられるの、不思議ね」
ルシンダが冗談めかして言うと、
アレクサンダーは「もう二度と疑わない」と真剣に答えた。



社交界の変化

侯爵家の跡継ぎが誕生したという知らせは、社交界を揺るがせた。
しかし、噂や疑惑を恐れず、
アレクサンダーは堂々とルシンダとテオを伴って公の場に出た。
その誠実な態度と変化した人柄は、
次第に周囲の心を解きほぐしていった。

「昔のあなたを知っていると信じられないわ」
古くからの友人たちはそう言い、
彼の変化を喜び半ば驚いていた。



未来への決意

テオが10歳になるころ、アレクサンダーは決断した。
彼が成人するまで、侯爵家の全権を自ら握り、
無用な政治争いや後継問題から家族を守ると。

「俺はこの家を、お前のために守る」
暖炉の前で、まだ背丈の低い息子にそう語った。
テオは、父の言葉をしっかりと胸に刻むように頷いた。

テオは、成長するにつれてますますアレクサンダーにそっくりになっていった。
切れ長の黒い瞳、引き締まった口元、少し斜めに構えるときの仕草まで――鏡写しのようだ。

周囲の誰もがそれを認めざるを得ず、
社交界では「侯爵家の正統な跡継ぎ」としての風格が自然と語られるようになった。

ルシンダはそんな息子を見て、胸の奥がじんわり温かくなる反面、
過去の疑いと傷を思い出し、ほんの少しだけ複雑な気持ちになることもあった。
だが、アレクサンダーが息子を抱き上げて笑う姿を見ると、
その迷いは、潮のように引いていった。



アレクサンダーの視点

時折、息子の横顔が目に入るたび、
「あの時、信じてよかった」と心の中で何度も呟いた。
疑いを選んでいれば、この少年と過ごす未来はなかったのだ。

彼はテオの成長を誇りに思い、
剣術の手ほどきも、礼儀作法も、政治の基礎も、
自らの手で教えた。

「父上、次は勝ちます」
そう言って稽古を挑んでくる息子の姿は、
かつての自分よりもずっと頼もしく見えた。

アレクサンダーは、テオの剣術大会や学問の試験で勝ち進む姿を見るたび、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

かつて自分の人生で、これほど純粋に「誰かの勝利を誇れる」瞬間があっただろうか。
名誉や家のための勝利ではない。
血や名に関係なく、ただ息子が努力し、結果を出すその瞬間を、心から誇らしく思えるのだ。

隣でルシンダが、やわらかな笑みを浮かべている。
その腕の中には、2人目の子――小さな女の子、エリザベス。
バラの花びらのようなほっぺたを持つ彼女は、父母、そして兄の宝物だった。

アレクサンダーは、ルシンダとエリザベスを交互に見つめながら、
「家族とは、こういうものだったのか」と、静かに実感していた。

アレクサンダーは、テオとエリザベスに囲まれた幸せな日々を過ごしていた。
庭で剣の稽古をするテオを見守り、赤子を抱くルシンダと笑い合う――
そのすべてが、まるで黄金色の光に包まれているようだった。

「……これが、俺の家族……」
心からそう思った瞬間――

ふっと視界が暗くなった。

気づけば、冷たい天蓋の下、広すぎる寝室のベッドに横たわっていた。
あたりは静まり返り、さっきまでの笑い声はどこにもない。
胸の奥に残る温もりが、残酷なほど鮮やかで。

――あれは、夢だったのか。

天井を見つめたまま、アレクサンダーは薄く笑った。
あの幸福な時間は、二度と手に入らない。
けれど、夢の中のルシンダも、テオも、エリザベスも、
あまりにも眩しく、美しかった。

「……ありがとう」
小さくそう呟き、再び目を閉じた。



ーーーーーーー
外伝『ifアレクサンダー』、最後までお読みいただきありがとうございました。

本編とは違う選択をしたアレクサンダーの物語――
もし信じていたら、もし寄り添っていたら、という“ありえた未来”を描きました。
多くの方に最後まで見届けていただけて、本当に嬉しいです。
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