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応接室──夕暮れ前の静けさ アレクサンダー来訪
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アレクサンダーが姿を現したのは、予告もなしにだった。
古びた応接室。重厚な扉が閉まり、空気が張り詰める。
ジェイクは淡々と椅子に座ったまま言った。
「……今さら、何のご用でしょう?」
「……テオに、会わせてほしい」
アレクサンダーの声は低く、どこか硬さを帯びていた。
「父としてではない。ほんの、少しだけでも……」
ルシンダは、微かにまばたきをしただけで、無言のまま立ち上がる。
戸棚の中から、一冊の古びたスクラップブックを取り出してきた。
厚みのある、時の重みをそのまま閉じ込めたような茶色の装丁。
そして、静かに彼の前へと置いた。
「これが、あなたが“父”だった証拠ですって?」
ページをめくると、記事が貼られている。
──侯爵家の御曹司、離婚直後に社交界へ復帰
──女優とのナイトパーティ、夜明けまで
──スキャンダル、続く密会報道……
どの写真にもアレクサンダーがいた。
抱き寄せ、笑い、杯を交わし、時にはキスさえ。
「これは……」
「あなたが“父にならなかった”年月の記録よ」
ルシンダは表情ひとつ変えず、最後のページをめくった。
──【○月○日 深夜──某ホテルにて、名門侯爵の後継者、女優と密会】
そこには鮮明な写真。
アレクサンダーが笑いながら、女性とワイングラスを掲げ、
そのままキスを交わしている姿。
そして、その日の新聞の日付の横に、小さく書かれた文字。
「テオ誕生」
「……この日、私の息子が生まれました。
病院には来なかった。電話もなかった。祝いの言葉すら」
ルシンダの声が淡々と続く。
「その間ずっと、ジェイクは隣にいてくれたわ。
破水した時も、病院に運んでくれて……
あなたがワインを傾けていたその日、
彼は、生まれたばかりの子の小さな手を握ってくれていたのよ」
アレクサンダーは、言葉を失っていた。
ただ、ページの写真を見つめたまま、身じろぎ一つできない。
「テオは七歳になったわ。
熱を出した夜、何度もあったわ。
吐いて泣いて、うなされて……
ジェイクは一晩中、氷枕を替えてくれた。
汗で濡れたパジャマも替えてくれて、
朝になれば笑って“もう平気だ”って剣の稽古に付き合ってた」
ルシンダは、静かに言い切った。
「毎日、朝から晩まで、あの子の“父”でいてくれた人がいるのよ」
そして──
「あなたに“父親”を名乗る資格なんて、どこにあるの?」
「それにあなたには、子供ができないんでしょう。
離婚届の時、医者の診断書が添えられていたわ。
私まだそれ持ってるのよ。」
応接室の空気が、さらに冷たくなる。
アレクサンダーの口が、わずかに開く。
何か言いかけたが、言葉はもう、意味をなさなかった。
「……帰って」
ルシンダは、それだけを告げて、立ち上がった。
スクラップブックは、そのままテーブルの上に残された。
アレクサンダーは、それを閉じることもせず、ただ黙って持ち去った。
扉の向こうに、テオの笑い声がかすかに聞こえた。
だが、彼はその扉に近づくこともなく、
背を向けて──一言もなく、去っていった。
古びた応接室。重厚な扉が閉まり、空気が張り詰める。
ジェイクは淡々と椅子に座ったまま言った。
「……今さら、何のご用でしょう?」
「……テオに、会わせてほしい」
アレクサンダーの声は低く、どこか硬さを帯びていた。
「父としてではない。ほんの、少しだけでも……」
ルシンダは、微かにまばたきをしただけで、無言のまま立ち上がる。
戸棚の中から、一冊の古びたスクラップブックを取り出してきた。
厚みのある、時の重みをそのまま閉じ込めたような茶色の装丁。
そして、静かに彼の前へと置いた。
「これが、あなたが“父”だった証拠ですって?」
ページをめくると、記事が貼られている。
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「これは……」
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アレクサンダーが笑いながら、女性とワイングラスを掲げ、
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「テオ誕生」
「……この日、私の息子が生まれました。
病院には来なかった。電話もなかった。祝いの言葉すら」
ルシンダの声が淡々と続く。
「その間ずっと、ジェイクは隣にいてくれたわ。
破水した時も、病院に運んでくれて……
あなたがワインを傾けていたその日、
彼は、生まれたばかりの子の小さな手を握ってくれていたのよ」
アレクサンダーは、言葉を失っていた。
ただ、ページの写真を見つめたまま、身じろぎ一つできない。
「テオは七歳になったわ。
熱を出した夜、何度もあったわ。
吐いて泣いて、うなされて……
ジェイクは一晩中、氷枕を替えてくれた。
汗で濡れたパジャマも替えてくれて、
朝になれば笑って“もう平気だ”って剣の稽古に付き合ってた」
ルシンダは、静かに言い切った。
「毎日、朝から晩まで、あの子の“父”でいてくれた人がいるのよ」
そして──
「あなたに“父親”を名乗る資格なんて、どこにあるの?」
「それにあなたには、子供ができないんでしょう。
離婚届の時、医者の診断書が添えられていたわ。
私まだそれ持ってるのよ。」
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アレクサンダーの口が、わずかに開く。
何か言いかけたが、言葉はもう、意味をなさなかった。
「……帰って」
ルシンダは、それだけを告げて、立ち上がった。
スクラップブックは、そのままテーブルの上に残された。
アレクサンダーは、それを閉じることもせず、ただ黙って持ち去った。
扉の向こうに、テオの笑い声がかすかに聞こえた。
だが、彼はその扉に近づくこともなく、
背を向けて──一言もなく、去っていった。
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