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お芋令嬢ですが、いいですか?
お勉強大好き侯爵令嬢、アンネットです。
私の婚約者は、みんなが憧れるキラキラの王子ルナン殿下。
──いつものことですが、殿下は今日も令嬢たちに囲まれて、にこにこと笑っておられます。
あれだけ囲まれていたら、そのうち私と間違えて別の方と手を取られてしまうのでは、と冷や冷やいたします。
けれど殿下は、私とのお茶会を欠かさず設けてくださるのです。
「アンネット、君の研究の話を聞きたい」と言われるものですから、つい、私は畑の話を……。
ええ、侯爵令嬢らしくありませんよね。わかっております。
今はジャガイモを植える予定でして、芽の出た塊茎をどう分けるか、つい熱を込めて語ってしまいました。
殿下はきっと「ジャガイモなら煮て食べるもの」としかご存じないでしょうに。
私が五種類のジャガイモの特徴と料理法の違いを並べ立てると、殿下は目を輝かせ──いえ、きっとお愛想でございますわ。
でも、あの微笑みが私だけに向けられていると思うと、胸が少しだけ温かくなるのです。
「ルナン殿下は、紅茶や流行のファッション、宮廷のお菓子……そういった話題ならいくらでも引き出しをお持ちなのです。
畑? ジャガイモ? ましてや田植えなんて、ご存じないに決まっていますわ」
そう思って、私はいつもの調子で芽の出たジャガイモの分割の話を切り上げようとしました。
けれど殿下は、紅茶を一口含んだあと、真剣な眼差しでこう言ったのです。
「──それで、アンネット。
丸ごと植えたものと、分けて植えたものでは、生育に差が出るのか?
あと五種類のジャガイモ、それぞれ料理にどう活かすべきか、詳しく教えてほしい」
……え?
私は思わず、言葉を失いました。
殿下はにこにこ笑っているだけの王子様だと思っていたのに、その瞳は、まるで学者のように好奇心で輝いていたのです。
「アンネット、君の話は面白い。
ファッションの流行よりもずっと、実際に人の暮らしを支えるものだからな。
ジャガイモの研究……素晴らしい」
……殿下、もしかして本気でジャガイモに興味を……?
私、ずっと勘違いしていたのかしら。まさかね。
「まあ……アンネット様ったら、また畑のお話?」
隣にいた令嬢がくすくす笑い、ほかの令嬢たちも口元を隠して囁き合う。
「ジャガイモの種芽をどう分けるか、ですって。
お野菜の育成の話なんて退屈ですわ」
──わかっています。
私の趣味は侯爵令嬢らしくない。
ルナン殿下のお耳汚しになっているのも重々承知です。
本当はもっと流行のドレスや新作のお菓子の話題で盛り上がれる令嬢なら……。
けれど殿下は、令嬢たちの笑い声に動じず、むしろ身を乗り出すようにして私を見つめていた。
「退屈? いや、むしろ逆だ。
人の暮らしを支えるものほど、興味深いものはない。
ジャガイモを分けて植えるか、丸ごと植えるかで収穫が変わる……それはとても重要なことだと思うが」
柔らかな笑みを浮かべながら、けれど声は真剣で、まるで講義を受けたいとでもいうように。
……でも、私にはそれが社交辞令にしか聞こえなかった。
「お優しい方。変わった話でも合わせてくださるのね」
そう心の中で呟きながら、私はまた紅茶を一口含んだ。
殿下の瞳に好奇心の光が宿っていることに、私はまだ気づかない。
「殿下、実は……次回のお茶会ですが、日程を変更していただけますでしょうか」
「ふむ、なにかご予定が?」
──ここで普通の令嬢なら「母の体調が」や「舞踏会が」と言うのでしょう。
けれど私は正直者ですから、隠しても仕方ありません。
「種の買い付けで王都におりませんの」
令嬢たちが一斉に固まる。
そしてすぐにくすくすと笑い声。
「まあ、種の……? まるで農夫みたいですわ」
「侯爵令嬢が“買い付け”だなんて」
頬が熱くなる。ああ、やっぱり私、変わり者ですわよね。
殿下をまた退屈させてしまったに違いありません。
けれど、ルナン殿下は目を輝かせた。
「……種の買い付けとは! なんと大切な仕事だろう。
どの品種を選ぶかで、その年の収穫が決まるのだな?」
え?
「君はただ育てているだけではなく、最初の選択から携わっているのか。
実に興味深い。ぜひ同行したいくらいだ」
……同行!?
私にはただの“畑仕事用の種”なのに、殿下の中ではまるで国家的研究に……。
私は必死に微笑んで取り繕った。
「おほほ……とんでもございませんわ、殿下。そんな、退屈なお話」
殿下は「退屈? むしろ胸が躍る」と真剣に呟いていたが、
私はそれを、またもや“優しいお愛想”だと思い込んでしまうのだった。
「種の買い付けは、うちの領地の商人が同行いたしますし……」
私はなんとか笑顔を作りながら言葉をつないだ。
「いろいろ交渉ごともございますの。値切りや、運搬の段取りや……とても殿下がお関わりになるようなことではございません。
お気遣いなく。
それに……王子様が来られたら、領民が萎縮いたしますわ。畑で腰を抜かしてしまいます」
令嬢たちがまた笑いをこらえて、ひそひそと囁く。
──ほらね、やっぱりおかしい話なのです。
侯爵令嬢が畑の交渉なんて、みっともないに決まっています。
けれどルナン殿下は、深く頷いて言った。
「……交渉も含めてか。
種の質、価格、運搬路、すべてが人々の生活に直結する……なるほど。
アンネット、君は領地経営の根幹を担っているのだな」
「……え?」
「領民が萎縮? いや、そんなことはない。
むしろ王家が関心を持っていると伝われば、安心するだろう。
私はぜひ、現場を見てみたい」
ま、またそんなお優しいことを……!
本当はつまらない話なのに。
私を気遣って、無理やり価値のあることにしてくださっているのね……。
「……殿下は、本当にお優しい方ですわ」
私はますます自虐的に微笑むしかなかった。
殿下の瞳が、純粋な好奇心できらきらと輝いていることに、私はまだまったく気づいていない。
私の婚約者は、みんなが憧れるキラキラの王子ルナン殿下。
──いつものことですが、殿下は今日も令嬢たちに囲まれて、にこにこと笑っておられます。
あれだけ囲まれていたら、そのうち私と間違えて別の方と手を取られてしまうのでは、と冷や冷やいたします。
けれど殿下は、私とのお茶会を欠かさず設けてくださるのです。
「アンネット、君の研究の話を聞きたい」と言われるものですから、つい、私は畑の話を……。
ええ、侯爵令嬢らしくありませんよね。わかっております。
今はジャガイモを植える予定でして、芽の出た塊茎をどう分けるか、つい熱を込めて語ってしまいました。
殿下はきっと「ジャガイモなら煮て食べるもの」としかご存じないでしょうに。
私が五種類のジャガイモの特徴と料理法の違いを並べ立てると、殿下は目を輝かせ──いえ、きっとお愛想でございますわ。
でも、あの微笑みが私だけに向けられていると思うと、胸が少しだけ温かくなるのです。
「ルナン殿下は、紅茶や流行のファッション、宮廷のお菓子……そういった話題ならいくらでも引き出しをお持ちなのです。
畑? ジャガイモ? ましてや田植えなんて、ご存じないに決まっていますわ」
そう思って、私はいつもの調子で芽の出たジャガイモの分割の話を切り上げようとしました。
けれど殿下は、紅茶を一口含んだあと、真剣な眼差しでこう言ったのです。
「──それで、アンネット。
丸ごと植えたものと、分けて植えたものでは、生育に差が出るのか?
あと五種類のジャガイモ、それぞれ料理にどう活かすべきか、詳しく教えてほしい」
……え?
私は思わず、言葉を失いました。
殿下はにこにこ笑っているだけの王子様だと思っていたのに、その瞳は、まるで学者のように好奇心で輝いていたのです。
「アンネット、君の話は面白い。
ファッションの流行よりもずっと、実際に人の暮らしを支えるものだからな。
ジャガイモの研究……素晴らしい」
……殿下、もしかして本気でジャガイモに興味を……?
私、ずっと勘違いしていたのかしら。まさかね。
「まあ……アンネット様ったら、また畑のお話?」
隣にいた令嬢がくすくす笑い、ほかの令嬢たちも口元を隠して囁き合う。
「ジャガイモの種芽をどう分けるか、ですって。
お野菜の育成の話なんて退屈ですわ」
──わかっています。
私の趣味は侯爵令嬢らしくない。
ルナン殿下のお耳汚しになっているのも重々承知です。
本当はもっと流行のドレスや新作のお菓子の話題で盛り上がれる令嬢なら……。
けれど殿下は、令嬢たちの笑い声に動じず、むしろ身を乗り出すようにして私を見つめていた。
「退屈? いや、むしろ逆だ。
人の暮らしを支えるものほど、興味深いものはない。
ジャガイモを分けて植えるか、丸ごと植えるかで収穫が変わる……それはとても重要なことだと思うが」
柔らかな笑みを浮かべながら、けれど声は真剣で、まるで講義を受けたいとでもいうように。
……でも、私にはそれが社交辞令にしか聞こえなかった。
「お優しい方。変わった話でも合わせてくださるのね」
そう心の中で呟きながら、私はまた紅茶を一口含んだ。
殿下の瞳に好奇心の光が宿っていることに、私はまだ気づかない。
「殿下、実は……次回のお茶会ですが、日程を変更していただけますでしょうか」
「ふむ、なにかご予定が?」
──ここで普通の令嬢なら「母の体調が」や「舞踏会が」と言うのでしょう。
けれど私は正直者ですから、隠しても仕方ありません。
「種の買い付けで王都におりませんの」
令嬢たちが一斉に固まる。
そしてすぐにくすくすと笑い声。
「まあ、種の……? まるで農夫みたいですわ」
「侯爵令嬢が“買い付け”だなんて」
頬が熱くなる。ああ、やっぱり私、変わり者ですわよね。
殿下をまた退屈させてしまったに違いありません。
けれど、ルナン殿下は目を輝かせた。
「……種の買い付けとは! なんと大切な仕事だろう。
どの品種を選ぶかで、その年の収穫が決まるのだな?」
え?
「君はただ育てているだけではなく、最初の選択から携わっているのか。
実に興味深い。ぜひ同行したいくらいだ」
……同行!?
私にはただの“畑仕事用の種”なのに、殿下の中ではまるで国家的研究に……。
私は必死に微笑んで取り繕った。
「おほほ……とんでもございませんわ、殿下。そんな、退屈なお話」
殿下は「退屈? むしろ胸が躍る」と真剣に呟いていたが、
私はそれを、またもや“優しいお愛想”だと思い込んでしまうのだった。
「種の買い付けは、うちの領地の商人が同行いたしますし……」
私はなんとか笑顔を作りながら言葉をつないだ。
「いろいろ交渉ごともございますの。値切りや、運搬の段取りや……とても殿下がお関わりになるようなことではございません。
お気遣いなく。
それに……王子様が来られたら、領民が萎縮いたしますわ。畑で腰を抜かしてしまいます」
令嬢たちがまた笑いをこらえて、ひそひそと囁く。
──ほらね、やっぱりおかしい話なのです。
侯爵令嬢が畑の交渉なんて、みっともないに決まっています。
けれどルナン殿下は、深く頷いて言った。
「……交渉も含めてか。
種の質、価格、運搬路、すべてが人々の生活に直結する……なるほど。
アンネット、君は領地経営の根幹を担っているのだな」
「……え?」
「領民が萎縮? いや、そんなことはない。
むしろ王家が関心を持っていると伝われば、安心するだろう。
私はぜひ、現場を見てみたい」
ま、またそんなお優しいことを……!
本当はつまらない話なのに。
私を気遣って、無理やり価値のあることにしてくださっているのね……。
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