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学校で
(学校でのお昼)
昼休みの鐘が鳴り、食堂が賑わい始めた。
私は持参した弁当を静かに開こうとしたとき――。
「アンネット、君と一緒に昼をとりたい」
突然の王子の声に、場が一瞬しんと静まった。
次の瞬間、取り巻きの令嬢たちが顔を見合わせ、くすくす笑う。
「まあ殿下ったら、またアンネット様に“農夫体験”のお話でも?」
「お昼まで畑のことを聞かされるなんて退屈ですわ」
「そうそう、“パラパラと適当に”のご高説でも始まるのかしら?」
私も思わず苦笑した。
「まあまあ殿下……ご冗談を。
私などとご一緒しても、野菜の話しか出ませんのに」
けれど殿下は真剣なまなざしを向けてきた。
「いいのだ。それが聞きたい。
君と同じ食卓を囲みたい――それが私の望みだ」
一瞬、胸がきゅっとなった。
でもすぐに、私は自嘲めいた笑みを浮かべる。
「お優しいお言葉ですこと。物好きと笑われますわよ」
周囲の令嬢たちは笑い声を上げ、誰も王子の言葉を本気にしない。
「殿下はお優しいから、どなたにでもそう仰るのですわ」
「まあまあ、次はどんな“芋の講義”をなさるのかしらね」
……殿下だけが、本当に真剣。
けれどその想いは、まだアンネットにも、周囲にも届いていなかった。
(台風の前の畑)
「アンネット様! 台風が近づいておりますぞ!」
屋敷に飛び込んできた領民の声に、私は箸を置いた。
「……畑が!」
考えるより早く、長靴を履いて外に飛び出していた。馬に乗って畑に向かう。
突風が吹き始め、空はどんよりと暗い。
「アンネット!」
背後から聞こえたのは、ルナン殿下の声だった。
振り返れば、王子もまた馬を駆けて追いかけてきている。
「殿下、危険ですからお戻りを!」
「君ひとりを行かせられるか!」
畑に着くと、支柱に結んだ豆の蔓が風に煽られていた。
私は迷わず縄を取り、ぐいっと結び直す。
「殿下は、そちらの支柱を押さえてください!
それから、もう育ちきったナスとトマトは収穫を!」
「了解した!」
殿下は衣をまくり上げ、泥に足を取られながら必死に支柱を押さえる。
領民も駆けつけ、皆で一斉に畑を守る。
雨がぽつぽつと降り出し、風がますます強まる。
私は黙々と作業を続けながら、ちらりと殿下を見た。
王子が泥まみれで、必死に畑を守っている姿――。
(……まあまあ、本当に物好きな方ですこと)
そう、心の中で小さく呟いた。
けれど殿下の胸には、別の想いが熱く燃えていた。
(アンネット……君がこんなにも懸命に守ろうとするものを、私も共に守りたい)
(台風一過)
夜半、どうにか畑を守り抜き、風雨もようやく収まった。
支柱は倒れず、収穫できるものは収穫済み。
領民たちも胸をなで下ろしている。
泥にまみれた王子が、ふっと笑みをこぼした。
「……アンネット」
「はい、殿下」
私も汗をぬぐいながら振り返る。
「君を誇りに思う」
その瞳は真っ直ぐで、言葉はとても静かで力強かった。
けれど私は思わず小さく肩をすくめ、微笑んでしまった。
「まあ……殿下は本当にお優しい方ですわ。
こんな泥まみれの娘にまで、お愛想を言ってくださるのね」
「……お愛想ではない」
王子は思わず言葉を重ねる。
けれど私は首を傾げるばかり。
「侯爵家の後ろ盾があれば、畑で泥にまみれても、皆さま笑って見逃してくださるのでしょう。
そうでなければ、とっくに“変わり者”と後ろ指をさされていたはずですわ」
そう言って、私は軽く笑った。
自嘲の響きを含んだその笑みに、王子の胸は締めつけられる。
(君はまだ気づかないのか……私が見ているのは侯爵家の後ろ盾などではなく、君自身なのだと)
けれど、その想いはまだ届かず、夜明けの空に風の音だけが残っていた。
昼休みの鐘が鳴り、食堂が賑わい始めた。
私は持参した弁当を静かに開こうとしたとき――。
「アンネット、君と一緒に昼をとりたい」
突然の王子の声に、場が一瞬しんと静まった。
次の瞬間、取り巻きの令嬢たちが顔を見合わせ、くすくす笑う。
「まあ殿下ったら、またアンネット様に“農夫体験”のお話でも?」
「お昼まで畑のことを聞かされるなんて退屈ですわ」
「そうそう、“パラパラと適当に”のご高説でも始まるのかしら?」
私も思わず苦笑した。
「まあまあ殿下……ご冗談を。
私などとご一緒しても、野菜の話しか出ませんのに」
けれど殿下は真剣なまなざしを向けてきた。
「いいのだ。それが聞きたい。
君と同じ食卓を囲みたい――それが私の望みだ」
一瞬、胸がきゅっとなった。
でもすぐに、私は自嘲めいた笑みを浮かべる。
「お優しいお言葉ですこと。物好きと笑われますわよ」
周囲の令嬢たちは笑い声を上げ、誰も王子の言葉を本気にしない。
「殿下はお優しいから、どなたにでもそう仰るのですわ」
「まあまあ、次はどんな“芋の講義”をなさるのかしらね」
……殿下だけが、本当に真剣。
けれどその想いは、まだアンネットにも、周囲にも届いていなかった。
(台風の前の畑)
「アンネット様! 台風が近づいておりますぞ!」
屋敷に飛び込んできた領民の声に、私は箸を置いた。
「……畑が!」
考えるより早く、長靴を履いて外に飛び出していた。馬に乗って畑に向かう。
突風が吹き始め、空はどんよりと暗い。
「アンネット!」
背後から聞こえたのは、ルナン殿下の声だった。
振り返れば、王子もまた馬を駆けて追いかけてきている。
「殿下、危険ですからお戻りを!」
「君ひとりを行かせられるか!」
畑に着くと、支柱に結んだ豆の蔓が風に煽られていた。
私は迷わず縄を取り、ぐいっと結び直す。
「殿下は、そちらの支柱を押さえてください!
それから、もう育ちきったナスとトマトは収穫を!」
「了解した!」
殿下は衣をまくり上げ、泥に足を取られながら必死に支柱を押さえる。
領民も駆けつけ、皆で一斉に畑を守る。
雨がぽつぽつと降り出し、風がますます強まる。
私は黙々と作業を続けながら、ちらりと殿下を見た。
王子が泥まみれで、必死に畑を守っている姿――。
(……まあまあ、本当に物好きな方ですこと)
そう、心の中で小さく呟いた。
けれど殿下の胸には、別の想いが熱く燃えていた。
(アンネット……君がこんなにも懸命に守ろうとするものを、私も共に守りたい)
(台風一過)
夜半、どうにか畑を守り抜き、風雨もようやく収まった。
支柱は倒れず、収穫できるものは収穫済み。
領民たちも胸をなで下ろしている。
泥にまみれた王子が、ふっと笑みをこぼした。
「……アンネット」
「はい、殿下」
私も汗をぬぐいながら振り返る。
「君を誇りに思う」
その瞳は真っ直ぐで、言葉はとても静かで力強かった。
けれど私は思わず小さく肩をすくめ、微笑んでしまった。
「まあ……殿下は本当にお優しい方ですわ。
こんな泥まみれの娘にまで、お愛想を言ってくださるのね」
「……お愛想ではない」
王子は思わず言葉を重ねる。
けれど私は首を傾げるばかり。
「侯爵家の後ろ盾があれば、畑で泥にまみれても、皆さま笑って見逃してくださるのでしょう。
そうでなければ、とっくに“変わり者”と後ろ指をさされていたはずですわ」
そう言って、私は軽く笑った。
自嘲の響きを含んだその笑みに、王子の胸は締めつけられる。
(君はまだ気づかないのか……私が見ているのは侯爵家の後ろ盾などではなく、君自身なのだと)
けれど、その想いはまだ届かず、夜明けの空に風の音だけが残っていた。
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