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王子の熱愛?
夜更け。
ろうそくの火が細く揺れる私室に、扉を叩く音が響いた。
「俺だ、アンネット」
恐る恐る開ければ——そこには、目の下にうっすら隈を作った殿下が立っていた。
「殿下、夜遅うございます……なんで、ここへ?」
「疲れたんだ。それに、よく眠れてない」
声は低く掠れて、子どもみたいに弱々しい。
「……今夜は、ここで寝る」
「は、へっ!? こ、ここ、私のベッドでしてよ!」
慌てて言い募る私をよそに、殿下はぐいと部屋に入ってきて、そのまま私の寝台に腰を下ろす。
「アンネットの匂いがする……」
「えっ、へ、変態っ!? 殿下、酔ってます?」
私は思わず後ずさる。顔が熱い。だが殿下は答えず、ふっと目を細めて枕に顔を埋めた。
「……」
「ちょ、ちょっと! ほんとに寝るつもりですの!? 私のベッドで!? 信じられませんわ!」
そう叫んでも、返事はない。
ばたり、と音を立てて、殿下の体は横たわった。
……すやすや。
「寝ちゃった!? 本当に!? おつかれなのかしら……」
私は両手を腰に当てて、呆れと困惑で顔を覆う。けれど、寝台の上の殿下は子どものような寝顔をしていた。
疲れ果てて、もう限界だったのだろう。
「……殿下ったら、ほんとにもう。王子様なのに、私のところでしか眠れないんですか」
小声で呟いて、そっと毛布をかけ直す。
殿下の呼吸が深くなる。
私は机の椅子に腰掛けて、夜の畑の予定をノートに書きながら、ちらちらとベッドを見てしまう。
(……まあ。こんなの、一晩限りに決まってるわよね。慰め代わり。どうせ明日には聖女様の隣へ戻るんだから)
そう自分に言い聞かせるほど、胸の奥がきゅうっと痛んだ。
夜更け。
机に突っ伏して、畑の計画表を書いていた私の耳に、不意に声が届いた。
「……アンネット……」
思わず顔を上げる。殿下は毛布の中で寝返りを打ち、子どものように眉を寄せていた。
「離れるな……君がいないと……眠れない……」
「……えっ」
心臓が跳ねる。私は椅子から立ち上がり、ベッドに近寄った。殿下は夢の中なのに、手を宙に伸ばしている。
「僕には……君しか……」
掠れた声が途切れ途切れに続く。
(……な、なにこれ。本気にしたら、きっとバカを見るやつ……!)
私は顔を真っ赤にして、その手をそっと布団の中へ押し戻した。
「……殿下、寝言がお上手ですこと。慰めるにも程がありますわ」
そう呟いて、わざと鼻で笑ってみせる。
けれど、胸の奥では別の声が囁く。
(……でももし、本当だったら。もし、殿下が本気で私を……?)
その答えを確かめる勇気は、まだなかった。
私は、寝台を背にして深呼吸する。背中越しに聞こえる寝息が、やけに近くて心臓に悪い。
朝。
まだ日も昇りきらないうちに、私は気づいた。
――ベッドの中に、殿下。
その横で、私。
……生きててよかった。
殿下はすっきりした顔で伸びをする。
「よく眠れた。君の枕、いい匂いだな」
……ちょっと待ってください。
私は、あまりのことに立ちくらみした。
「な、なななな、なにして……!」
「寝ただけだよ?」
「その“だけ”が信用できません!」
してないとか、したとか、それ以前の問題です。
この状況、どう証明すればいいんですか!?
――こうして、朝の邸宅には再び嵐が吹き荒れるのだった。
「ん~……」
ベッドの上で大きく伸びをする殿下の声に、私は正気になった。
これ、あかんやつ。
「ひゃっ、もう朝!? お、お戻りくださいませ殿下! 今のは……夢、ということに!」
慌てふためく私の耳に、ドアの向こうから声がした。
「お嬢様、朝食のご用意が——」
がちゃり。
「…………」
侍女二人、そして廊下を通りかかった使用人が、同時に硬直した。
ベッドの上の殿下と、その隣で真っ赤になって立ち尽くす私。
「……えっ」
「きゃ……っ! 」
侍女たちは手で口を覆い、次の瞬間、廊下に駆け出していった。
(し、しまったあああああ!!)
廊下からはすでに、ひそひそ声が波のように広がっていく。
「ご覧になりました?」「殿下が……!」「アンネット様のお部屋に……!」
「夜を……?」「まあ、まあまあまあ!」
私は頭を抱えて机に突っ伏した。
「……ああ、終わったわ。侯爵令嬢なのに、もう“お泊まりされた令嬢”って呼ばれるに決まってますわ……」
一方で、殿下はというと——
「久しぶりにぐっすり眠れた。いい朝だ」
さわやかにそう言って立ち上がり、いつもの金の髪を揺らして微笑んだ。
「アンネット、君のおかげだな」
「……っ、そんなお愛想、余計に誤解を招きますわーー!」
私は叫んで、顔を覆った。
ろうそくの火が細く揺れる私室に、扉を叩く音が響いた。
「俺だ、アンネット」
恐る恐る開ければ——そこには、目の下にうっすら隈を作った殿下が立っていた。
「殿下、夜遅うございます……なんで、ここへ?」
「疲れたんだ。それに、よく眠れてない」
声は低く掠れて、子どもみたいに弱々しい。
「……今夜は、ここで寝る」
「は、へっ!? こ、ここ、私のベッドでしてよ!」
慌てて言い募る私をよそに、殿下はぐいと部屋に入ってきて、そのまま私の寝台に腰を下ろす。
「アンネットの匂いがする……」
「えっ、へ、変態っ!? 殿下、酔ってます?」
私は思わず後ずさる。顔が熱い。だが殿下は答えず、ふっと目を細めて枕に顔を埋めた。
「……」
「ちょ、ちょっと! ほんとに寝るつもりですの!? 私のベッドで!? 信じられませんわ!」
そう叫んでも、返事はない。
ばたり、と音を立てて、殿下の体は横たわった。
……すやすや。
「寝ちゃった!? 本当に!? おつかれなのかしら……」
私は両手を腰に当てて、呆れと困惑で顔を覆う。けれど、寝台の上の殿下は子どものような寝顔をしていた。
疲れ果てて、もう限界だったのだろう。
「……殿下ったら、ほんとにもう。王子様なのに、私のところでしか眠れないんですか」
小声で呟いて、そっと毛布をかけ直す。
殿下の呼吸が深くなる。
私は机の椅子に腰掛けて、夜の畑の予定をノートに書きながら、ちらちらとベッドを見てしまう。
(……まあ。こんなの、一晩限りに決まってるわよね。慰め代わり。どうせ明日には聖女様の隣へ戻るんだから)
そう自分に言い聞かせるほど、胸の奥がきゅうっと痛んだ。
夜更け。
机に突っ伏して、畑の計画表を書いていた私の耳に、不意に声が届いた。
「……アンネット……」
思わず顔を上げる。殿下は毛布の中で寝返りを打ち、子どものように眉を寄せていた。
「離れるな……君がいないと……眠れない……」
「……えっ」
心臓が跳ねる。私は椅子から立ち上がり、ベッドに近寄った。殿下は夢の中なのに、手を宙に伸ばしている。
「僕には……君しか……」
掠れた声が途切れ途切れに続く。
(……な、なにこれ。本気にしたら、きっとバカを見るやつ……!)
私は顔を真っ赤にして、その手をそっと布団の中へ押し戻した。
「……殿下、寝言がお上手ですこと。慰めるにも程がありますわ」
そう呟いて、わざと鼻で笑ってみせる。
けれど、胸の奥では別の声が囁く。
(……でももし、本当だったら。もし、殿下が本気で私を……?)
その答えを確かめる勇気は、まだなかった。
私は、寝台を背にして深呼吸する。背中越しに聞こえる寝息が、やけに近くて心臓に悪い。
朝。
まだ日も昇りきらないうちに、私は気づいた。
――ベッドの中に、殿下。
その横で、私。
……生きててよかった。
殿下はすっきりした顔で伸びをする。
「よく眠れた。君の枕、いい匂いだな」
……ちょっと待ってください。
私は、あまりのことに立ちくらみした。
「な、なななな、なにして……!」
「寝ただけだよ?」
「その“だけ”が信用できません!」
してないとか、したとか、それ以前の問題です。
この状況、どう証明すればいいんですか!?
――こうして、朝の邸宅には再び嵐が吹き荒れるのだった。
「ん~……」
ベッドの上で大きく伸びをする殿下の声に、私は正気になった。
これ、あかんやつ。
「ひゃっ、もう朝!? お、お戻りくださいませ殿下! 今のは……夢、ということに!」
慌てふためく私の耳に、ドアの向こうから声がした。
「お嬢様、朝食のご用意が——」
がちゃり。
「…………」
侍女二人、そして廊下を通りかかった使用人が、同時に硬直した。
ベッドの上の殿下と、その隣で真っ赤になって立ち尽くす私。
「……えっ」
「きゃ……っ! 」
侍女たちは手で口を覆い、次の瞬間、廊下に駆け出していった。
(し、しまったあああああ!!)
廊下からはすでに、ひそひそ声が波のように広がっていく。
「ご覧になりました?」「殿下が……!」「アンネット様のお部屋に……!」
「夜を……?」「まあ、まあまあまあ!」
私は頭を抱えて机に突っ伏した。
「……ああ、終わったわ。侯爵令嬢なのに、もう“お泊まりされた令嬢”って呼ばれるに決まってますわ……」
一方で、殿下はというと——
「久しぶりにぐっすり眠れた。いい朝だ」
さわやかにそう言って立ち上がり、いつもの金の髪を揺らして微笑んだ。
「アンネット、君のおかげだな」
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私は叫んで、顔を覆った。
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