『豊穣の女神?いいえ、ただの土いじり令嬢です!――王子と歩む農地改革』

夢窓(ゆめまど)

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君は僕の女神だ!



畑にて

午後の陽が傾きかけた頃。
私は鍬を振るい、玉ねぎの畝を整えていた。泥跳ねで裾はすっかり茶色に染まり、長靴にはひび割れた泥がこびりついている。

「アンネット」
背後から聞き慣れた声。振り向くと、馬を降りた殿下が立っていた。農夫姿ではなく、今日はきちんとした軍服に近い装い。

「殿下……どうしてここへ?」
「どうしても君に伝えたいことがあって」

殿下は畝を一歩またぎ、泥を気にもせずに近づいてきた。その真剣な眼差しに、私は思わず鍬を止める。

「民は君を“女神”と呼んでいる。豊穣の女神だ、と」

「……はぁ!?」
思わず声が裏返った。
「な、何を仰ってますの!? 私なんて土まみれで、泥だらけで、こんな格好で……。長靴ですのよ? 女神って、笑い話にしかなりませんわ!」

「笑い話じゃない」
殿下は一歩踏み込む。
「舞台も新聞も噂も、すべて君の働きが広めたんだ。畑を耕し、作物を実らせ、民を飢えから守る。その姿が“奇跡”だと、人は感じている」

「……そ、それは……領民の皆さんがお愛想を言ってるだけで……」
私は頬を赤らめて、泥のついた手を慌てて振った。
「女神だなんて。聖女様がいらっしゃるのに、そんなふうに言われるのは恐れ多いですわ」

殿下は首を振り、私の泥だらけの手をぐっと握った。
「恐れる必要はない。僕が誇りに思うのは聖女ではなく、君だ。君は民の心を救っている。僕にはわかる」

心臓が跳ねた。
(……また、そんなことを……。でも、その目が、嘘を言ってるようには見えない……)

私は思わずうつむいてしまう。殿下の手の温もりが泥の冷たさを和らげ、胸の奥がきゅうっと締めつけられた。

「……夢みたいなことを仰るんですのね」
「夢じゃない。現実だ。君は、僕の女神だ」

夕陽に照らされながら、殿下の言葉はまっすぐに響いた。


噂の現場

「君は、僕の女神だ」
殿下の言葉に、私(アンネット)はただ顔を真っ赤にして俯いてしまった。

(……ああもう、なんてお愛想を。畑に来てまで、そんなこと言わなくても……)

その時だった。

「……あの」
畝の端で、鍬を抱えた領民がぽりぽりと頭をかいていた。
「さっきから見えてまして……殿下、本気で仰ってますよね」

「へっ!? み、見てたの!?」
私が飛び上がると、後ろの木陰から侍女たちもわらわらと出てきた。

「まあまあ……」
「やっぱり……」
「お嬢様はやっぱり自覚がないのが、うちのお嬢ですわねぇ」

くすくす笑いながら、皆が口々に言う。
領民の一人はにっこり笑って言い切った。
「アンネット様は王子様の愛を、ちゃんと受け止めるべきです」

「な、なにを勝手に決めてるんですの!? 私はそんなつもり……!」
必死に否定する私を、殿下はにこやかに見つめ、そして一言。

「そうだ。君に受け止めてもらえるまで、僕は何度でも言う」

ざわ……と場が揺れた。
領民たちは「まあ!」「殿下すごい!」と拍手し、侍女たちは顔を赤らめて目を潤ませている。

「……やっぱり、殿下は本気なんですわ」
「お嬢様が自覚なさすぎるから、余計に物語みたいに見えますわね」

私は頭を抱えて、しゃがみ込む。
(……ちがう、夢だ、これは夢だ! 目が覚めたら土いじりだけの日常に戻ってるはず……!)

だが、その瞬間も殿下は当たり前のように私の隣に立ち、泥だらけの手を握った。
周囲の目と噂が、また一気に王都へと広がっていくのだった。

王都日報・号外

《速報!》
アンネット嬢、殿下の愛を受け止める!
「豊穣の女神」として国中に祝福の声

昨日、侯爵領の畑で殿下が「君は、僕の女神だ」と宣言し、アンネット嬢がこれを受け止めたとの目撃談が相次いだ。領民や侍女たちによる証言が次々と集まり、王都は純愛の嵐に包まれている。

「死んでも共に」の誓いを再び!
舞台版『豊穣の女神降臨 ― 二人で農地改革を ―』は初日を上回る人気を記録。続演が即決まり、今後は巡回公演も予定されているという。



王都大劇場・舞台続報
• 第二幕を改訂! 新しく「畑での“女神宣言”シーン」が追加され、観客からは「見たかった場面が早くも反映された!」と大喝采。
• 客席参加型イベント 「お嬢様と一緒に種まき」コーナーが毎回追加され、紙吹雪の麦の種が会場を舞う。
• グッズ情報:「泥つき長靴チャーム」「豊穣の女神御守り」も登場。



王都の街角の噂

「もう殿下とアンネット様の話題しかないね」
「聖女様? ああ、泣き叫んでたって記事なら読んだよ」
「殿下の“僕の女神だ”って台詞、子供たちが真似してるんだよ!うちの子まで畑で叫んでて困るわ」
「次は婚礼舞台だな。王都の商人は準備に走り回ってるぞ」



アンネット本人は相変わらず畑でジャガイモを仕分けながら、
「えっ?新聞に?舞台に?……ま、またお愛想ですわね」
と、自分の“純愛フィーバー”をまったく信じていなかった。


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