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ネギスープ
「……ネギしか、浮いてないのか?」
報告書に目を通しながら王弟ハロルドが、
――吹き出した。
「ははっ……なんだそれは。拷問か?」
肩を震わせながら、笑い転げる。
低く抑えたはずの笑いは、すぐに膨らみ、堰を切ったように溢れ出る。
豪奢な執務室の中で、場違いなほどの笑い声が響いた。
肘掛けに寄りかかり、今にも椅子から滑り落ちそうになりながらも、なお笑いは止まらない。
「かわいそうなジュリアだな。
家に何もないなんて、ネギスープって……ネギだけ、俺には無理だ」
豪華な椅子から笑い転げ落ちそうである。
そんなに人の不幸が楽しいのか?
だいたい笑い上戸の王弟ハロルドって、
隣に立つ秘書文官のアロンソが、淡々と答える。
「仕方ありません。ジュリアは、買ってきた家の野菜を、別の女に貢ぐ男を飼っているのですから」
声に感情はない。
事実を、そのまま置いただけの響きだった。
「はは……アロンソも言うな」
ハロルドは、まだ笑いを堪えながらも、ふっと顔を引き締めた。
笑いの余韻が、ゆっくりと引いていく。
代わりに、わずかな興味が浮かぶ。
「だが、野菜で男に転ぶ女も相当だな」
「その程度で満足する相手ということです」
アロンソは、辛辣だ。
「……なるほどな、何かありそうだな」
王弟は椅子に深く座り直し、指先で机を軽く叩いた。
乾いた音が、静かな室内に小さく響いた。
「で?」
アロンソが、わずかに口元を緩める。
「ジュリアに慰めの花でも送りますか?」
「やめておけ」
ハロルドは即座に言った。
ハロルドは、ふっと笑った。
「……俺が欲しいのは、現実のジュリアだけだ」
「もちろん結婚は、考えてないがな」
アロンソが、わずかに眉を動かす。
「まったく、バカな男だな」
ハロルドは、興味を失ったように書類へ視線を落とした。
「自分が浮かれている間に――
手の中の珠が離れて失われていることにも、気づかないのか」
しばらくの沈黙が落ちる。
「……いずれ、知ることになるでしょう」
アロンソが静かに言う。
「その時には、もう遅い」
ハロルドは、何でもないことのように答えた。
ジュリアは、一度決めたら、自分の道を行くさ。
王弟ハロルドは、一度結婚をして、妻を失ってから、独身である。子供は、いない。
王族の跡継ぎ問題には全く関係なく公務を真面目にしている。お気楽な王族である。
王宮で
ジュリアは、掃除を適当にする。
――そう、見えるだけだ。
魔法でゴミは処分する。
だが、必要なものにはいっさい手を触れない。
王弟の執務室は、常に散らかっている。
書類、資料、覚え書き。
どれも乱雑に積み上げられているが――
本人にとっては、すべて意味のある配置だ。
普通の侍女なら、こう言うだろう。
「お片付けしておきました」
そして、勝手に整理し、
時にはいるものも、捨ててしまう。
だがジュリアは違う。
何が必要で、何が不要か。
それを決めるのは、その書類の主人だけだと知っている。
だから彼女は、余計なものに、触れない。
――必要なものには。
代わりに、やるべきことを選ぶ。
優先順位を決め、仕事を振り分け、
流れを整える。
気づけば、すべてが回っている。
いわゆる有能なのである。
だから、ここまで出世した。
「……お前がいないと、仕事にならんな」
王弟ハロルドが、ぽつりと呟いた。
ジュリアは、何も答えなかった。
「今日はね、塩と砂糖が足りないの」
アンナは、困ったように笑って言う。
ジャンは、何の疑いもなく頷いた。
「それくらい、家からすぐ持ってくるよ」
「でも、奥様怒らない?
この前も野菜いっぱいもらったし、」
「大丈夫だ、野菜なんかまた、買わせるから、俺が稼いでるから、妻に文句は、言わせない。」ジャンが当たり前のように言った。
「買い物行くの、少し怖いのよ。よそ者って思われている街の人のあの目が怖くて、
私が頼れるのは、ジャンあなただけだわ。」
アンナが、優しく笑った」
アンナは、家に引きこもっている。
他人の好奇的な目が怖いんだそうだ。
買い物に、行きたくないから、日用品の差し入れは、喜んでいる。
――そして。
キッチンに立ったジュリアは、手を止めた。
「……ない」
塩も、砂糖も。ブイヨンも、
昨日まで、確かにあったはずのものが。
綺麗に消えている。
鍋の前で、しばらく動けなかった。
買ってきた野菜も、ない。
調味料も、ない。
だんだんと。
ジュリアの食卓が、おかしなことになっていく。
報告書に目を通しながら王弟ハロルドが、
――吹き出した。
「ははっ……なんだそれは。拷問か?」
肩を震わせながら、笑い転げる。
低く抑えたはずの笑いは、すぐに膨らみ、堰を切ったように溢れ出る。
豪奢な執務室の中で、場違いなほどの笑い声が響いた。
肘掛けに寄りかかり、今にも椅子から滑り落ちそうになりながらも、なお笑いは止まらない。
「かわいそうなジュリアだな。
家に何もないなんて、ネギスープって……ネギだけ、俺には無理だ」
豪華な椅子から笑い転げ落ちそうである。
そんなに人の不幸が楽しいのか?
だいたい笑い上戸の王弟ハロルドって、
隣に立つ秘書文官のアロンソが、淡々と答える。
「仕方ありません。ジュリアは、買ってきた家の野菜を、別の女に貢ぐ男を飼っているのですから」
声に感情はない。
事実を、そのまま置いただけの響きだった。
「はは……アロンソも言うな」
ハロルドは、まだ笑いを堪えながらも、ふっと顔を引き締めた。
笑いの余韻が、ゆっくりと引いていく。
代わりに、わずかな興味が浮かぶ。
「だが、野菜で男に転ぶ女も相当だな」
「その程度で満足する相手ということです」
アロンソは、辛辣だ。
「……なるほどな、何かありそうだな」
王弟は椅子に深く座り直し、指先で机を軽く叩いた。
乾いた音が、静かな室内に小さく響いた。
「で?」
アロンソが、わずかに口元を緩める。
「ジュリアに慰めの花でも送りますか?」
「やめておけ」
ハロルドは即座に言った。
ハロルドは、ふっと笑った。
「……俺が欲しいのは、現実のジュリアだけだ」
「もちろん結婚は、考えてないがな」
アロンソが、わずかに眉を動かす。
「まったく、バカな男だな」
ハロルドは、興味を失ったように書類へ視線を落とした。
「自分が浮かれている間に――
手の中の珠が離れて失われていることにも、気づかないのか」
しばらくの沈黙が落ちる。
「……いずれ、知ることになるでしょう」
アロンソが静かに言う。
「その時には、もう遅い」
ハロルドは、何でもないことのように答えた。
ジュリアは、一度決めたら、自分の道を行くさ。
王弟ハロルドは、一度結婚をして、妻を失ってから、独身である。子供は、いない。
王族の跡継ぎ問題には全く関係なく公務を真面目にしている。お気楽な王族である。
王宮で
ジュリアは、掃除を適当にする。
――そう、見えるだけだ。
魔法でゴミは処分する。
だが、必要なものにはいっさい手を触れない。
王弟の執務室は、常に散らかっている。
書類、資料、覚え書き。
どれも乱雑に積み上げられているが――
本人にとっては、すべて意味のある配置だ。
普通の侍女なら、こう言うだろう。
「お片付けしておきました」
そして、勝手に整理し、
時にはいるものも、捨ててしまう。
だがジュリアは違う。
何が必要で、何が不要か。
それを決めるのは、その書類の主人だけだと知っている。
だから彼女は、余計なものに、触れない。
――必要なものには。
代わりに、やるべきことを選ぶ。
優先順位を決め、仕事を振り分け、
流れを整える。
気づけば、すべてが回っている。
いわゆる有能なのである。
だから、ここまで出世した。
「……お前がいないと、仕事にならんな」
王弟ハロルドが、ぽつりと呟いた。
ジュリアは、何も答えなかった。
「今日はね、塩と砂糖が足りないの」
アンナは、困ったように笑って言う。
ジャンは、何の疑いもなく頷いた。
「それくらい、家からすぐ持ってくるよ」
「でも、奥様怒らない?
この前も野菜いっぱいもらったし、」
「大丈夫だ、野菜なんかまた、買わせるから、俺が稼いでるから、妻に文句は、言わせない。」ジャンが当たり前のように言った。
「買い物行くの、少し怖いのよ。よそ者って思われている街の人のあの目が怖くて、
私が頼れるのは、ジャンあなただけだわ。」
アンナが、優しく笑った」
アンナは、家に引きこもっている。
他人の好奇的な目が怖いんだそうだ。
買い物に、行きたくないから、日用品の差し入れは、喜んでいる。
――そして。
キッチンに立ったジュリアは、手を止めた。
「……ない」
塩も、砂糖も。ブイヨンも、
昨日まで、確かにあったはずのものが。
綺麗に消えている。
鍋の前で、しばらく動けなかった。
買ってきた野菜も、ない。
調味料も、ない。
だんだんと。
ジュリアの食卓が、おかしなことになっていく。
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