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息子まで
気がつけば、息子も一緒に行くようになっていた。
「これ、持っていく」
そう言って、タオルを抱えている。
「それ、うちのだけど」
私が言うと、息子は不満そうに顔をしかめた。
「だって、あっちは困ってるんだよ」
ジャンも、当然のように頷く。
「そうだろ。助け合いだ、ケインお前は、優しい子だ」
――助け合い。
ゴミ袋まで、持っていくようになった。
新品のものを、箱ごと。
その頃、私は、何も言わなかった。
言っても無駄だと思い始めた。
最初は、怒ったが、かわいそうだと思わないのか。冷たい女だと言われた。
ただ、思った。
女に貢ぐなら、
――せめて、花にしてくれないかしら。
その方が、まだましだ。
生活用品は、地味にくる。
家の調味料には、容器がついている。
ただの入れ物ではない。
蚤の市で見つけて、少しずつ揃えたものだ。お気に入りというやつだ。
砂糖のポット。
塩入れ。
小さなスプーンが付いた、お気に入りのセット。
――それごと、なくなっていた。
「……あれは?」
ジャンは、あっさりと言った。
「持っていった」
「容器ごと?」
「その方がアンナ使いやすいだろ」
私は、しばらく言葉が出なかった。
――ああ、この人は、私の事軽く考えている。
私にも感情があると、考えていない。
私は、静かに息を吐いた。
お願いだから。
指輪でも、ネックレスでもいい。
そういうものを、買って渡してほしい。
「生活」を、持っていかないでほしい。
家の調味料が、ない。
味が決まらない。
塩も、砂糖も。
いつもなら当たり前にあるものが、ない。
仕方なく、鍋の前で立ち尽くす。
裏の土手には、ネギが青々と生えている。
――それなら、いくらでも手に入る。
でも。
仕事帰りに買ってきた野菜が、消えていく。
調味料も、容器ごと持っていかれる。
それなのに。
「あっちは、困ってるんだよ」
そう言って、ジャンは当然のように持っていく。
私は、静かに思った。
――自分の小遣いで、やってくれないかしら。
「あーははははっ!」
王弟が、腹を抱えて笑い転げている。
涙まで浮かべている。
「ネギだけのスープだと?
それは……拷問だな」
「笑い事ではありませんよ」
アロンソが静かに言う。
「いや、笑うしかないだろう。
あの男、どこまで行くんだ」
ひとしきり笑ったあと、王弟は手をひらりと振った。
「よし。ジュリア今日は昼、奢ってやる」
「ありがたいですね」
私は、素直に頭を下げた。
「肉と野菜、たっぷりのを用意させよう」
その言葉に、少しだけ息が抜ける。
「……優しさというのは、ありがたいものです」
王弟が、ふっとこちらを見る。
「どうした」
「いえ」
私は、静かに微笑んだ。
「タオルも、石けんも、ゴミ袋も……
すべて貢がれておりますので」
「……」
「少し、荒んでおります」
一瞬の沈黙のあと。
「……あーははははっ!!」
ハロルドは、再び笑い出した。
気がつけば、部屋の中の“いいもの”だけが、なくなっていく。
花瓶も、消えた。
今、花は――
バケツに入れたまま、放置されている。
ジュリアの部屋に置いてあった、新品のエプロンも。
いつの間にか、姿を消していた。
ある日。
夫が出かけようとしていたので、私は声をかけた。
「……持ち物、見せていただけます?」
夫は、一瞬だけ固まった。
布巾の間に、見覚えのあるものが混じっている。
「……それ」
私のお気に入りのカップだった。
ペアカップ。
もともとは、夫と二人で使っていたもの。
でも、夫のは割れてしまって――
残った一つを、私は大切に毎日、使っていた。
それを。
布巾に包んで、持ち出そうとしている。
「……」
ジャンは、気まずそうに顔を歪めた。
そして。
何も言わずに、逃げるように出ていった。
――ああ。
こんな使い古しを、喜ぶ女がいるのだろうか。
わからない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
毎日、少しずつ。
私の生活が、削り取られていく。
買い置きは、もうない。
昨日あったはずの紅茶も、なくなっていた。
砂糖は、買えば店にある。
――それは、そうだ。
けれど。
毎日、何を買うかは――
すべて、計画と、やりくりのうちだ。
砂糖のような重いものは、大袋で買う。
だから、買う日は決まっている。
その日は、それだけで荷物が重くなる。
玉ねぎや、白菜と一緒には買えない。
持ちきれないからだ。
だから、買うのが軽い日を選んで買う。
そうやって、少しずつ回している。
――生活というのは、そういうものだ。
なのに。
「彼女、引きこもりだから買い物行けなくて、困ってるんだよ」
そう言って、簡単に持っていく。
その一袋に、どれだけの段取りがあるのか。
誰も、考えない。
家にあるのが、当然のように、
最近、塩や砂糖の袋が小さくなっている。
割高だけど仕方ない、
あっちに、持っていかれるよりマシだ。
無造作に手で開けられ、
開け口はぐしゃぐしゃだ。
もう、人にあげる状態ではない。
そういうのは、持っていかない。
タオルも、すっかりゴワゴワになった。
これは持っていけないじゃないか、
「おーい、新しいの買っとけよ」
夫は気軽に言う。
返事はしなかった。
石けんは、安物に変わり。
お茶は――ほとんど水のように薄くなった。
少しずつ。
少しずつ。
生活が、削られていく。
ただ、ジャン達は、自分の部屋のものは、持っていかなかった。
男って、勝手すぎる。
――やり過ぎたかもしれない。
夫は思っているのだろう。
だが、
ジュリアは、ひとりでは生きていけない。
だから、多少雑に扱っても、かまわないだろうと。
俺に惚れてるから、あいつは出て行かないと、
いいことしてるから、俺は悪くない。
ジャンは、ジュリアをみくびっていた。
「これ、持っていく」
そう言って、タオルを抱えている。
「それ、うちのだけど」
私が言うと、息子は不満そうに顔をしかめた。
「だって、あっちは困ってるんだよ」
ジャンも、当然のように頷く。
「そうだろ。助け合いだ、ケインお前は、優しい子だ」
――助け合い。
ゴミ袋まで、持っていくようになった。
新品のものを、箱ごと。
その頃、私は、何も言わなかった。
言っても無駄だと思い始めた。
最初は、怒ったが、かわいそうだと思わないのか。冷たい女だと言われた。
ただ、思った。
女に貢ぐなら、
――せめて、花にしてくれないかしら。
その方が、まだましだ。
生活用品は、地味にくる。
家の調味料には、容器がついている。
ただの入れ物ではない。
蚤の市で見つけて、少しずつ揃えたものだ。お気に入りというやつだ。
砂糖のポット。
塩入れ。
小さなスプーンが付いた、お気に入りのセット。
――それごと、なくなっていた。
「……あれは?」
ジャンは、あっさりと言った。
「持っていった」
「容器ごと?」
「その方がアンナ使いやすいだろ」
私は、しばらく言葉が出なかった。
――ああ、この人は、私の事軽く考えている。
私にも感情があると、考えていない。
私は、静かに息を吐いた。
お願いだから。
指輪でも、ネックレスでもいい。
そういうものを、買って渡してほしい。
「生活」を、持っていかないでほしい。
家の調味料が、ない。
味が決まらない。
塩も、砂糖も。
いつもなら当たり前にあるものが、ない。
仕方なく、鍋の前で立ち尽くす。
裏の土手には、ネギが青々と生えている。
――それなら、いくらでも手に入る。
でも。
仕事帰りに買ってきた野菜が、消えていく。
調味料も、容器ごと持っていかれる。
それなのに。
「あっちは、困ってるんだよ」
そう言って、ジャンは当然のように持っていく。
私は、静かに思った。
――自分の小遣いで、やってくれないかしら。
「あーははははっ!」
王弟が、腹を抱えて笑い転げている。
涙まで浮かべている。
「ネギだけのスープだと?
それは……拷問だな」
「笑い事ではありませんよ」
アロンソが静かに言う。
「いや、笑うしかないだろう。
あの男、どこまで行くんだ」
ひとしきり笑ったあと、王弟は手をひらりと振った。
「よし。ジュリア今日は昼、奢ってやる」
「ありがたいですね」
私は、素直に頭を下げた。
「肉と野菜、たっぷりのを用意させよう」
その言葉に、少しだけ息が抜ける。
「……優しさというのは、ありがたいものです」
王弟が、ふっとこちらを見る。
「どうした」
「いえ」
私は、静かに微笑んだ。
「タオルも、石けんも、ゴミ袋も……
すべて貢がれておりますので」
「……」
「少し、荒んでおります」
一瞬の沈黙のあと。
「……あーははははっ!!」
ハロルドは、再び笑い出した。
気がつけば、部屋の中の“いいもの”だけが、なくなっていく。
花瓶も、消えた。
今、花は――
バケツに入れたまま、放置されている。
ジュリアの部屋に置いてあった、新品のエプロンも。
いつの間にか、姿を消していた。
ある日。
夫が出かけようとしていたので、私は声をかけた。
「……持ち物、見せていただけます?」
夫は、一瞬だけ固まった。
布巾の間に、見覚えのあるものが混じっている。
「……それ」
私のお気に入りのカップだった。
ペアカップ。
もともとは、夫と二人で使っていたもの。
でも、夫のは割れてしまって――
残った一つを、私は大切に毎日、使っていた。
それを。
布巾に包んで、持ち出そうとしている。
「……」
ジャンは、気まずそうに顔を歪めた。
そして。
何も言わずに、逃げるように出ていった。
――ああ。
こんな使い古しを、喜ぶ女がいるのだろうか。
わからない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
毎日、少しずつ。
私の生活が、削り取られていく。
買い置きは、もうない。
昨日あったはずの紅茶も、なくなっていた。
砂糖は、買えば店にある。
――それは、そうだ。
けれど。
毎日、何を買うかは――
すべて、計画と、やりくりのうちだ。
砂糖のような重いものは、大袋で買う。
だから、買う日は決まっている。
その日は、それだけで荷物が重くなる。
玉ねぎや、白菜と一緒には買えない。
持ちきれないからだ。
だから、買うのが軽い日を選んで買う。
そうやって、少しずつ回している。
――生活というのは、そういうものだ。
なのに。
「彼女、引きこもりだから買い物行けなくて、困ってるんだよ」
そう言って、簡単に持っていく。
その一袋に、どれだけの段取りがあるのか。
誰も、考えない。
家にあるのが、当然のように、
最近、塩や砂糖の袋が小さくなっている。
割高だけど仕方ない、
あっちに、持っていかれるよりマシだ。
無造作に手で開けられ、
開け口はぐしゃぐしゃだ。
もう、人にあげる状態ではない。
そういうのは、持っていかない。
タオルも、すっかりゴワゴワになった。
これは持っていけないじゃないか、
「おーい、新しいの買っとけよ」
夫は気軽に言う。
返事はしなかった。
石けんは、安物に変わり。
お茶は――ほとんど水のように薄くなった。
少しずつ。
少しずつ。
生活が、削られていく。
ただ、ジャン達は、自分の部屋のものは、持っていかなかった。
男って、勝手すぎる。
――やり過ぎたかもしれない。
夫は思っているのだろう。
だが、
ジュリアは、ひとりでは生きていけない。
だから、多少雑に扱っても、かまわないだろうと。
俺に惚れてるから、あいつは出て行かないと、
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ジャンは、ジュリアをみくびっていた。
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