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1章 異世界から来た二人

8 苦手なものはたくさんある

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「育ち盛りの若者が、昼にクリームソーダだけなんて良くないわよ。これ今度店に出そうと思って焼いてみたんだけど、食べてくれない?」
「差し入れですか? やったぁ」

 パチリと手を合わせて喜ぶさき
 あやは大きな皿に四つ乗ったパンをテーブルの真ん中に置いた。
 焼き上がったばかりなようで、ふわりと熱い空気がスパイスの香りを漂わせる。高さのある丸いパンで、中心にクルリと黒い渦が描かれ、白い砂糖でコーティングされていた。

「あ、俺これ好き。シナモンロールですよね」
「そうよ、転校生くん」

 男子二人が「いただきます」と遠慮なく手を伸ばした所で、咲が「どうした?」と険しい顔のみさぎに声を掛けた。
 焼き立てのシナモンロールを絢は他のテーブルの生徒にも配っていて、店内はそのスパイシーな香りで充満していた。

「あぁ、みさぎはシナモン苦手だっけ」

 みさぎは両手を鼻と口に当てたまま「ごめんなさい」と絢に謝った。

「気にしないで。シナモンって好き嫌い別れるわよね。なら違うの持ってきてあげるわ」
「ありがとうございます」

 絢はカウンターの向こうからアンパンを取って来てみさぎに渡した。

相江あいえくんたちはどう? 美味しい?」
「はい、美味いです。みさぎちゃんの分も貰っちゃいます」
「構わないわよ。口に合ったなら良かった」

 みさぎの分まであっという間に完食する男子二人に、絢は満足そうに微笑む。咲も「めちゃくちゃ美味しいですぅ」と笑顔を広げた。

 絢は隣の席から空いた椅子を引いてきて、興味津々な顔を四人の間に突っ込む。

「で、さっきは何の話してたの? 人生相談なら乗るわよ。それとも恋愛相談?」
「あ、いえ。そういうのじゃないんです」

 アンパンに噛り付きながらみさぎは手を横に振った。どうやって誤魔化そうか考えていると、咲がニコリと笑って返事を返す。

「絢さぁん、この二人ったら、トラックにひかれて地球に異世界転生してきたとか言うんですよ。笑っちゃいますよね」
「ええっ? なにその話」
「だから、トラックになんてひかれてないから!」

 否定する智に、キラリと目を輝かせる絢。
 湊が「オイ」とにらむが、咲は面白そうに笑うばかりだ。もちろん絢も冗談だと思ったらしく、それ以上追求せずに呆気あっけなく立ち上がる。

「楽しそうな話してるなら、それでいいのよ。四人とも仲良くするのよ?」

 空になった皿を持って、絢はカウンターの向こうへと戻って行った。

「ドキドキしちゃった」

 みさぎは大きく胸をで下ろした。

海堂かいどうも智も、あんまり話すなよな」

 あきれたように湊が注意する。
 「はいはい」と返事する智の向かいで、咲は急に火が消えたように黙り込んで、食べかけのシナモンロールを見つめていた。

   ☆
 帰り際、店の出口に真新しいポスターを見つけて、みさぎは足を止めた。
 高校の裏にある神社で月末に開催されるという、秋祭りの告知だ。

「そんな時期か。毎年同じ頃にやるんだよ。屋台がいっぱい出てさ。一年で一番人が多く集まるんじゃないかな」

 唯一この町に住む咲が楽しそうに声を弾ませた。

「へぇ。じゃあ、みんなで行こうよ」
「みんなって、この四人でってこと?」

 みさぎの提案に咲は少々不服な顔をして、「しょうがないな」と腕を組む。

「本当はみさぎと二人で行きたいけど、四人でも構わないよ。あ、でも地球を救う準備とかがあるなら、遠慮してくれても構わないんだからね?」
「咲ちゃんって本当にみさぎちゃんが好きなんだね」
「ちょっと異常なくらいにな」
「何だよ湊。私とみさぎは唯一無二の親友なんだからな」

 そう言って咲はみさぎの腕に両手を絡ませた。

「あはは。祭は俺たちも混ぜてもらえたら嬉しいよ。準備とかは気にしないで」

 ハロンの来襲は十二月一日だという。それまであとちょうど三か月だ。
 みさぎは背中にぞわぞわっと走る恐怖を感じて、自分をぎゅっと抱きしめた。

「そう……だよね。この町が襲われちゃうんだよね」
「心配しなくていいよ」

 先に行く湊がみさぎを振り返るが、急な雨音に視線を返す。

「あ……」

 さっきまでは天気だったのに、壁越しでも分かるほどに激しい雨が地面を撃ち付ける。
 みさぎは雨が苦手だった。小さい頃からずっとそうだ。

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