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2章 甘い香り
15 二人きりの保健室
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「大丈夫、一人で行けるよ」と言ってみたものの、みさぎは智の申し出を断りきることができなかった。
怪我の具合はと言えば、少し痛みはあるが擦りむいただけで、介添えなどなくても普通に歩ける程度だ。
そっとスタート地点に目をやると、心配して騒ぐ咲の後ろに湊が居た。こっちを向いているのは分かるが、表情までは見えない。
「行こう、みさぎちゃん。保健室まで案内してね」
智に促されて、みさぎは「うん」と視線を戻す。
少しだけ、心が痛んだ。
☆
「あれ、先生いないのかなぁ」
校舎一階の保健室。
ぴたりと閉められた扉を何回叩いても返事はなかった。
智がそろりと扉を横に滑らせて、「失礼します」と中に入る。
いつも机で仕事をしている養護教諭の佐野一華の姿はなかった。二台あるベッドのカーテンも開いていて、部屋は無人だ。
「じゃあ、私ここで待ってるよ」
二人きりと言うシチュエーションに不安を覚えて、ここで彼には戻って貰おうと思ったが、
「先生来るまで居させて」
智はそんなことを言って奥へ入って行く。
「えっ」とみさぎが入口で硬直すると、智は肩越しに振り返って悪戯な笑みを見せた。
「サボらせて、ってこと」
そんなことを言われて、急にみさぎの緊張は緩んだ。
意識しすぎだと自分に言い聞かせて、みさぎは中へ入る。
「けど、俺やっぱり保険の先生呼んでこようか? 職員室とかにいるんじゃないかな」
「ううん、待ってようよ」
体育の授業をサボる気持ちなら、みさぎも同じだ。校庭に面した窓の奥には、ハードルを飛ぶクラスメイトが小さく見える。
二人きりだという緊張よりも、少しでも長くサボる方を優先してしまう自分がおかしくて笑ってしまった。
「どうしたの? みさぎちゃんがそう言ってくれるなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
智は長い脚を大きく開いて側の丸椅子に座ると、みさぎに応接セットのソファを勧める。
みさぎは「ありがとう」と膝を庇いながら深く腰を下ろした。
「そういえば、智くん昨日バンソーコしてたよね。ケガでもしたの?」
みさぎは自分のおでこを指差す。昨日智が絆創膏を貼っていた場所だ。今日は外れていて、跡形もなくなっている。
「あぁ、素振りしてたらちょっとね」
「素振りって野球の?」
「いや、剣の。まぁ本物ではないんだけどさ」
「すごい、修行してるんだ! 湊くんと?」
「湊とは昨日初めて会ったから、一人でだよ。確かに修行みたいな感じなのかな。みさぎちゃんは漫画みたいなの想像してる?」
恥ずかしそうに頬を掻く智に、みさぎは「うん」と大きく頷いた。
みさぎの中の『修行』といえば、汗水流してひたすら戦う訓練をしたり、重いタイヤを背負って坂を駆け上ったりする熱血系だ。
「みさぎちゃんの思ってるのとはちょっと違うかもしれないけど、まぁそれなりにね。記憶を戻したのが最近で、そこから始めたから結構焦ってるんだ。向こうの世界に居た時に兵学校にいたって言ったでしょ?」
「リーナさんのお兄さんとだよね?」
「そう、ヒルスと。あの頃はそれこそ漫画に出てくるような鬼教官がいてさ。いっつも横で眉間に縦スジ入れて睨んでたんだよ」
智は眉間を指差して、その鬼教官とやらの真似をする。
「兵学校って、士官学校みたいなやつだよね? わぁ、ファンタジーの世界だ」
兄・蓮の影響でファンタジーアニメを見たりRPGをやっているみさぎには、それだけでイメージを膨らますことができた。
「けど、その鬼教官もルーシャのことだけは苦手だったから、色々面白かったんだよね」
そう言うと本当に楽しそうに智は笑った。ルーシャと言うのは、智と湊をこの世界に生まれ変わらせた魔女の名前だ。
「あの頃に習ったことを思い出して、自分なりに色々試してる。けどこの間、やりすぎちゃって近くの木が倒れてきてさ」
「偽物の剣で木を倒しちゃったってこと?」
みさぎは興奮して、前のめりに目を輝かせた。
「剣じゃなくて、魔法で。俺、こう見えても魔法使いだから」
「魔法使い!?」
急に声が大きくなるみさぎに、智は慌てて「しっ」と人差し指を立てた。
「ご、ごめんなさい」
興奮をぎゅっとこらえて、みさぎは肩をすくめる。それでも好奇心は次から次へと溢れるばかりだ。
「いいよいいよ」と笑う智に甘えて、
「魔法、見たいなぁ」
意のままを口にするが、智に「ダーメ」と首を横に振られてしまう。
「うぅ」
「面白いね、みさぎちゃん。そんなに興味持ってくれるの嬉しいよ。けど、ここじゃちょっと無理だって」
狭い保健室を眺めて、智は苦笑する。
それでも見てみたいと思いながら、みさぎが唇を噛み締めると、智は突然丸椅子から立ち上がって、みさぎの向かいにあるソファへ移動した。
距離を詰めて、急に真面目な表情をする智。
「ねぇ、みさぎちゃん。俺と付き合わない?」
唐突な告白だった。
怪我の具合はと言えば、少し痛みはあるが擦りむいただけで、介添えなどなくても普通に歩ける程度だ。
そっとスタート地点に目をやると、心配して騒ぐ咲の後ろに湊が居た。こっちを向いているのは分かるが、表情までは見えない。
「行こう、みさぎちゃん。保健室まで案内してね」
智に促されて、みさぎは「うん」と視線を戻す。
少しだけ、心が痛んだ。
☆
「あれ、先生いないのかなぁ」
校舎一階の保健室。
ぴたりと閉められた扉を何回叩いても返事はなかった。
智がそろりと扉を横に滑らせて、「失礼します」と中に入る。
いつも机で仕事をしている養護教諭の佐野一華の姿はなかった。二台あるベッドのカーテンも開いていて、部屋は無人だ。
「じゃあ、私ここで待ってるよ」
二人きりと言うシチュエーションに不安を覚えて、ここで彼には戻って貰おうと思ったが、
「先生来るまで居させて」
智はそんなことを言って奥へ入って行く。
「えっ」とみさぎが入口で硬直すると、智は肩越しに振り返って悪戯な笑みを見せた。
「サボらせて、ってこと」
そんなことを言われて、急にみさぎの緊張は緩んだ。
意識しすぎだと自分に言い聞かせて、みさぎは中へ入る。
「けど、俺やっぱり保険の先生呼んでこようか? 職員室とかにいるんじゃないかな」
「ううん、待ってようよ」
体育の授業をサボる気持ちなら、みさぎも同じだ。校庭に面した窓の奥には、ハードルを飛ぶクラスメイトが小さく見える。
二人きりだという緊張よりも、少しでも長くサボる方を優先してしまう自分がおかしくて笑ってしまった。
「どうしたの? みさぎちゃんがそう言ってくれるなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
智は長い脚を大きく開いて側の丸椅子に座ると、みさぎに応接セットのソファを勧める。
みさぎは「ありがとう」と膝を庇いながら深く腰を下ろした。
「そういえば、智くん昨日バンソーコしてたよね。ケガでもしたの?」
みさぎは自分のおでこを指差す。昨日智が絆創膏を貼っていた場所だ。今日は外れていて、跡形もなくなっている。
「あぁ、素振りしてたらちょっとね」
「素振りって野球の?」
「いや、剣の。まぁ本物ではないんだけどさ」
「すごい、修行してるんだ! 湊くんと?」
「湊とは昨日初めて会ったから、一人でだよ。確かに修行みたいな感じなのかな。みさぎちゃんは漫画みたいなの想像してる?」
恥ずかしそうに頬を掻く智に、みさぎは「うん」と大きく頷いた。
みさぎの中の『修行』といえば、汗水流してひたすら戦う訓練をしたり、重いタイヤを背負って坂を駆け上ったりする熱血系だ。
「みさぎちゃんの思ってるのとはちょっと違うかもしれないけど、まぁそれなりにね。記憶を戻したのが最近で、そこから始めたから結構焦ってるんだ。向こうの世界に居た時に兵学校にいたって言ったでしょ?」
「リーナさんのお兄さんとだよね?」
「そう、ヒルスと。あの頃はそれこそ漫画に出てくるような鬼教官がいてさ。いっつも横で眉間に縦スジ入れて睨んでたんだよ」
智は眉間を指差して、その鬼教官とやらの真似をする。
「兵学校って、士官学校みたいなやつだよね? わぁ、ファンタジーの世界だ」
兄・蓮の影響でファンタジーアニメを見たりRPGをやっているみさぎには、それだけでイメージを膨らますことができた。
「けど、その鬼教官もルーシャのことだけは苦手だったから、色々面白かったんだよね」
そう言うと本当に楽しそうに智は笑った。ルーシャと言うのは、智と湊をこの世界に生まれ変わらせた魔女の名前だ。
「あの頃に習ったことを思い出して、自分なりに色々試してる。けどこの間、やりすぎちゃって近くの木が倒れてきてさ」
「偽物の剣で木を倒しちゃったってこと?」
みさぎは興奮して、前のめりに目を輝かせた。
「剣じゃなくて、魔法で。俺、こう見えても魔法使いだから」
「魔法使い!?」
急に声が大きくなるみさぎに、智は慌てて「しっ」と人差し指を立てた。
「ご、ごめんなさい」
興奮をぎゅっとこらえて、みさぎは肩をすくめる。それでも好奇心は次から次へと溢れるばかりだ。
「いいよいいよ」と笑う智に甘えて、
「魔法、見たいなぁ」
意のままを口にするが、智に「ダーメ」と首を横に振られてしまう。
「うぅ」
「面白いね、みさぎちゃん。そんなに興味持ってくれるの嬉しいよ。けど、ここじゃちょっと無理だって」
狭い保健室を眺めて、智は苦笑する。
それでも見てみたいと思いながら、みさぎが唇を噛み締めると、智は突然丸椅子から立ち上がって、みさぎの向かいにあるソファへ移動した。
距離を詰めて、急に真面目な表情をする智。
「ねぇ、みさぎちゃん。俺と付き合わない?」
唐突な告白だった。
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