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3章 命の猶予

36 姉の教え

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 声を殺して泣きじゃくる。
 こんな泣き方をしたのは初めてかもしれない。

 涙はこの身体のせいかと思っていたけれど、よくよく考えたらヒルスの頃から人前で泣くことは良くあった気がする。ただこうして誰かに受け止められたのは初めてだった。

 抱きしめるれんの手の感触にホッとしている自分が嫌だったけれど、そのまま泣き場を求めて甘えてしまった。

 不覚だ。

 涙がようやく涸れてきたところで、蓮が咲の顔をのぞき込んだ。

「落ち着いた? 俺の部屋にでも行く?」
「何でそうなるんだ。行かないよ、襲われるから」

 蓮が張り切って自分の部屋を掃除していたと、みさぎが言っていた。申し訳ないが、絶対に足を踏み入れることはできない。

「ハッキリ言うね」
「うちのアネキに、男の部屋に入るのは同意するのと同じだって教育されてるからな」
「お姉さんか。まぁ、そういう男もいるんだろうけど、流石に今は何もしないから。とりあえずそっち行こうよ」

 二人はリビングへ移動した。

   ☆
 涙でぐしょぐしょになった服から素早く着替えてきた蓮が、ソファに座る咲に麦茶を持ってきて横に座る。
 少し距離が近い気がしたけれど、咲はそのまま「ありがとう」とグラスを受け取った。

 一口飲んで、咲は宙に視線を漂わせたまま口を開く。

「このこと、みさぎには黙ってて欲しい」
「何? 俺とこうしてること?」
「いや、僕が泣いたこと」

 蓮が短く溜息ためいきをつく。

「何でみさぎに強がるんだよ。まぁ俺も昔の彼女に二股掛けられた時は、アイツが寝てから部屋で泣いてたけどさ。泣きたいときは泣けばいいと思うよ。俺で良かったら、肩でも胸でも貸すからさ」 

 涙の理由は大分違うが、彼なりのやさしさを感じて「ありがとう」と答える。

「咲ちゃんは、みさぎが好きなの? 男……として?」

 首をひねる蓮。確かに男だと言えば、そうらえられてしまっても仕方がない。
 男としてみさぎを愛するか――けれどそんなあわよくば的な感情は、この世界に来ると決めた瞬間に捨ててきた。

「違う。そういうのじゃないんだ。僕は……」

 この人なら、本当のことを言って受け止めてくれるだろうか――ふとそんなことを思ってしまう。

 蓮に会うためにここへ来たのは、みさぎの兄がどんな奴か確かめたかったからだ。
 対抗意識を燃やして、変な奴だったら説教してやろうかくらいの勢いだったのに、ただ肩を借りて泣いただけで気を許してしまってる自分が居る。

「駄目だ……」
「咲ちゃんが男だってのは、みさぎは知らないの?」
「知らないよ。アンタはそんなこと聞いて、僕の頭がおかしいとか思ってるんだろう」
「まぁ驚いてはいるけど。世の中には色んな人が居るから、人と付き合う時に最優先させるところではないと思ってる。さっきは咲ちゃんが泣きそうだったから、俺もしたいようにしただけ。俺の方がおかしいのかな」
「おかしい」

 きっぱりと言ってやる。
 それなのに蓮は怒りもせず笑顔を見せる。咲はまた涙が込み上げてきた。

「アンタが、みさぎのお兄ちゃんなんだな」
「まぁ、そこは現実だからね」

 自分もアイツの兄なのだと言いたくなってしまう。
 思いを共有できたら、この気持ちは少し楽になるだろうか。けれど、今はまだやめておこうとこらえた。

「また泣いてる。おいで」
「何でそうなるんだよ」

 蓮はそっと腕を広げた。
 泣きたくなんかなかったのに、涙を止めることができない。

「蓮……」
「話したくなったらでいいから、今度理由を教えて」

 こんなのは今日限りだと割り切って、咲は蓮の胸に顔をうずめた。

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