8 / 11
第三六話『甘い罠 下地の大切さと映えの果て』3
しおりを挟む「クリフ財閥推薦特別審査員は出されたスイーツを全て食べて批評しなくちゃならない……ってキツくね?」
「優勝はバエルで決まってるけれど、一応コンテストの体を保つため……にね?」
俺は腕に胸を押し付けて絡み付いてくるハニーを見ずに、参加者を見回した。ザッと見ても五〇人はいる。仮に制限時間内に完成出来なかった奴がいると考えても三〇食は食べなくてはならない。キツイ。何故俺が審査員にならなければならないのか。出来レースだと一応伏せているのに優勝者が審査員とか明らかに怪しいじゃないか。いや、もう伏せる気はないのかもしれない。
「超有名イケメンスイーツインフルエンサーと美食界の重鎮財閥の娘が結ばれるなんて……世界中が羨む大ニュースね」
「うん、そうだな……」
「コンテストの表彰式と同時に婚約発表するってパパも張り切っちゃって♥その為に報道陣もたくさん呼んじゃった♥」
――バエルくん、貴方はわたし――家の婚約者として世間に知られてはいるけれど、私の存在をネットとかで匂わせちゃ駄目だよ。世間は思った以上に人の幸せ、特に男女関係に関して妬み嫉みが強いの。それにバエルくんのフォロワーにはガチ恋……この場合はリアコ勢とも言うんだけれど……も沢山いる。貴方はあくまでスイーツや料理の事だけを発信していくべき。
「炎上回避……」
「え?何?」
「あ、いや、なんでもない」
『聞き馴染んだ声』が脳裏をかすめた気がした。が、もう思い出せない。ただ『愛しさ』だけが感覚として残った。俺はハニーの絡み付いた腕を振り解いてオーブンへと向かった。焼き上がったそれを取り出し、軽く粗熱を取る。
「作っている時から気になっていたけど……すっごく野暮ったいマカロンよね。映えないわ」
「マカロンじゃない。バーチ・ディ・ダーマ。お前も一応プロのパティシエールなんだろ?見分け位つけろ」
「え~初めて見るスイーツだもん。分からないわよぉ!……なににしても、こんな映えないどころかちょっと焦げた見た目のスイーツをどうして作ったの?」
「……さぁ?」
自分も分からなかった。焼き上がったクッキー生地は軽く焦げて濃茶色になってしまっている。それにチョコレートを付けてサンドすると見た目が茶一色で全く映えない。更にボロボロと破片も落ちてしまう始末――スイーツの申し子とまで呼ばれてた映得バエルがこんな物を作るなんてあり得ない『はずだ』。別に出来レースだからと手抜きをしたわけでもない。本気で優勝するつもりで作った『はず』だった。なのにまるで『初めて作った』かのような仕上がりになってしまった。
「……もぉ!やっぱり緊張しているのね。まあ、仕方ないわ、私との婚約発表ですもん!こんな時にフォローしてあげるのが妻としての役目。内助の功だわ」
「あっ!おい!」
ハニーは止める間もなく、俺の作ったバーチ・ディ・ダーマに蜂蜜をぶちまけた。黄金色に染まったそれは光に反射して輝き、まるで宝石のような見た目に変身した。
「これなら蜂蜜の水分で周りが崩れるのも防げるし、甘さも倍増だし、何より映えるわよ~♥そうだ、フルーツも添えましょ」
フルーツも添えられ、何故か生クリームも追加され、これはもうバーチ・ディ・ダーマではない何か……創作スイーツとなっていた。――しかし、確かにこの方が万人受けはするだろうと思った。加工前と後、それぞれ人に出して食べたいと思うのはきっと後の方だろう。ハニーもプロなのだ。見栄え=食欲をそそるという事をキチンと理解しているようだ。……だが、何かが『違う』と感じた。
――バエルくんこれ初めて作ったの?すごいね、美味しそう。才能があるよ。味は……優しい味がする。ちょっとほろ苦いけれど……こうなったのはバエルくんが一生懸命考えた結果だよ。次は成功出来るようにどうしたら良いか一緒に考えよう。
「……」
「あっ、これってもしかして……初めての共同作業~?キャッ~♥」
ハニーの声が脳に入って、思考を消し去る。会場を包む甘ったるい匂いはぶちまけられた蜂蜜の香りか、ハニー自身の香りか、それとも他の参加者の作ったスイーツの香りか……軽い吐き気を感じたタイミングで制限時間のアナウンスが鳴らされた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる