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第六話 豊臣秀吉と唐揚げ
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「お館さまっ! この秀吉をお忘れですかっ!?」
「——いや、知らんっ」
その返答によっぽど衝撃を受けたのだろう。
秀吉さんは、肩をガックリと落としている。
いつものように信長さんがやって来て。
そしていつものように、お爺ちゃん秘蔵のお酒を飲んでいた。
そこへ秀吉さんがやって来たのだけれど。
秀吉さん。
信長さんを見るなり、突然涙と鼻水を撒き散らしながら飛びついたのだ。
信長さんはそれを難なく回避し、飛びついた勢いのまま秀吉さん畳の上に頭から突っ込んでしまった。
「お館さーまーっ! 本当に本当に秀吉をお忘れなのでございまするかっ!?」
額を真っ赤にさせた秀吉さんは、必死に信長さんに自分のことを思い出させようとしているのだけれど——
「くどいっ! 知らんものは知らんと言ってるだろうがっ」
と、まあ。
信長さんには、なしのつぶてなのだよ。
「お主も黙っておらんで、助けてくれんか?」
「わたしがです!?」
「あったり前じゃ! お館さまに信頼されておるお主だけが頼りなのだ……頼むっ!」
「ええと……でもですねぇ」
「お主以外に、この秀吉を助けてくれる人物はおらんぞ」
「えへへ~そ、そうなんです?」
「そうだともそうだともっ。ワシの家臣以上に頼りになるのは、今この場にいるお主しかおらんのだからなっ!」
わたし以外にいないとか……そんな風に言われたら断れないわよね。
訴えかけるように瞳をうるうるとさせた秀吉さんが、わたしの両手をがっちりと握って懸命に懇願している。
「——分かりましたっ。わたしが信長さんに秀吉さんの事を思い出させてあげます」
「おお、なんと頼りになる力強い言葉じゃ! では、ここはお主に任せたぞ、娘っ!」
「はい任せてくださいっ……って、そう言えば秀吉さんは、どの秀吉さんなんです?」
と、頼まれたのはいいのだけれど。
どの時点の秀吉さんかをわたしが把握しておかないとだ。
「……お主の言ってる意味がよく分からんが……秀吉と言えば、豊臣秀吉以外にはおらんのじゃないのか?」
「豊臣秀吉さんって、あの関白秀吉さんっ!?」
「そうじゃが……?」
秀吉さんは、怪訝そうな視線をわたしに送っている。
わたしはわたしで、今目の前にいるのが豊臣秀吉さんって事実に驚いているのだけれど。
——豊臣秀吉さん
織田信長、徳川家康に並ぶ時代の寵児・豊臣秀吉さん。
生まれは農民の子ながら、戦国時代の乱世を終わらせて「天下人」にまで大出世した秀吉さん。
もちろん超がつくほどの有名人である。
そんな超有名人が、わたしに一生懸命頼み込んでくる……
さすが人たらし—— 人をうまく味方につけるのが上手いなぁ。
わたしもちゃっかり利用されているんだろうけど。
秀吉さんに頼まれたら、嫌な気はしないんだよね。
「と、言うわけで信長さん」
「ん? あの男とようやく話が終わったのか?」
お酒を飲む手を止めて、信長さんはわたしをみやった。
ここにいる信長さんは、今川義元を破った時期の信長さんだし。
秀吉と言う名前に聞き覚えが無くて当然と言えば当然なのだ。
となると——
「ええとですね。木下藤吉郎って名前に聞き覚えはないです?」
「あのサルみたいな顔をした男の名が木下藤吉郎と言うのか……?」
あ、ダメだ。
信長さん、不思議そうな顔をして首を横に捻ってる。
頭の上に『?』が出てそう……
「くっ、ダメですか。そうしたらですねぇ……寒い日に信長さんの草履を暖めてくれた人、覚えてません?」
割と有名な逸話。
これがダメなら、他に手を考えるしかないぞ。
しばらくの間、信長さんは首を左右に捻って懸命に考えていた。
そして——
「おお、アレか……! 俺の草履を尻に敷てた奴かっ! あの男も確かにサルみたいな顔をしていたなっ!」
「そうでございますよ、お館さまっ! アレが……アレがワシでございますっ! ……と言いますか。あれは尻に敷いてのではなく、胸元で暖めておったんですが……まあ、良いか」
「そうか……あのときの奉公人が、ずいぶんと立派になったものだな」
「はいぃ! それもこれも全てはお館さまのお陰でございますっ……農民の小倅《こせがれ》からここまで来れたのも、お館さまがワシをワシを……うぅ……っ!」
感極まったのかな。
咽び泣く秀吉さんの目からは、涙が溢れてくる。
見ているわたしまで、なんだか目頭が熱くなってしまうのだよ。
信長さんは、秀吉さんの肩をポンポンと叩いてあげてるし。
……ふむ。
今日の晩ご飯のメニューが決まったな。
「ねえ、信長さん。今日の晩ご飯だけれども……唐揚げなんてどうかな?」
「唐揚げだとっ!! 俺が初めてここで喰った料理……もしかして、またアレが喰えると言うのかっ!?」
唐揚げって単語に反応したんだな。
顔を紅潮させた信長さんの口から、たらーりとヨダレが垂れてくる。
もちろんわたしのお腹も、ぐぐぐぅ~と地鳴りのように反応したのだけれど。
「わたしのお腹も減って来たことだし……それじゃあ唐揚げ、作ってきますねっ」
おう、頼んだぞっと信長さんの応援を受け、わたしはいつものようにキッチンへ。
壁に掛けたエプロンを身につけ、冷蔵庫から出した材料を並べていく。
今回、唐揚げにした理由。
信長さんと久しぶりに再会した秀吉さんへのサプライズ。
信長さんが美味しいと絶賛した唐揚げ。
それを秀吉さんにも味わって欲しいと、わたしは考えたのだよ。
「よしっ、調理開始しますかっ」
まず鶏もも肉を一口大に切っていく。
切り終わった鶏もも肉をボウルに入れて……
そこへ擦り下ろしたニンニクと生姜、塩と胡椒を少々、醤油にお酒を加える。
ボウルの中で鶏もも肉と揉んで揉んでまた揉んで、しっかりと調味料を馴染ませていく。
調味料をお肉に馴染ませたら、だいたい30分くらい浸けておくこと。
それくらいしっかりと染み込ませておけば、出来上がったときにはジューシーな唐揚げが完成するのだよ。
「さてと……次は衣の準備だ」
袋から取り出した鶏もも肉に、小麦粉をまぶしていく。
少し叩いて、余分な小麦粉を落としてっと。
フライパンに油を注いで、170度まで温めて……
「お肉を投入っ!」
小麦粉をまぶした鶏もも肉が、カラカラといい音を立てて揚っていく。
美味しそうな匂いが、キッチンに充満している。
このまま熱々の唐揚げをつまみ食いしたいところだけれど、我慢我慢。
焼き色がついてきたら、一旦バットに置いて3分ほど置いておく。
「んふふふ……これだけでは終わらないのが、今回の唐揚げなのだよっ!」
190度まで温めた油の中に、もう一度唐揚げを投入し、高温で約2分揚げる。
二度揚げされた唐揚げは、外はカリっとして中はジューシーに出来上がるのだ。
「塩胡椒と、カットしたレモン……それと自家製タルタルソースを用意して……」
揚った唐揚げをお皿に盛り付ければ——
「完了っ!」
熱々の唐揚げと、炊き立てほかほかのご飯を、秀吉さんと信長さんの前に並べる。
「くははは……これだこれっ! 夢にまでみていた唐揚げをまた喰える日が来るとはなっ! ……もう我慢ができん。俺は先に喰わせて貰うぞっ!」
「もう、先に食べるなんてずるいっ! わたしもいただきますからねっ……はむっ!」
一口唐揚げをかじったわたしは、自然に笑いがこみ上げてくる。
「くふ……くふふふふ」
もちろん、それはわたしだけじゃない。
「くははははっ!」
「ほぉ~っ! ほうほうほうっ!」
信長さんはずっとニコニコしてるし。
唐揚げに塩胡椒やレモン、タルタルソースをつけて堪能している。
カリっとした衣……中から大量に溢れ出す肉汁。
こんなに美味しい唐揚げを食べて、笑いが出ない方が変だからね。
秀吉さんも一口食べるごとに、感嘆のため息が漏れてくる。
「んふふふぅ~こうやって食べるのもイケるんですよ」
塩胡椒をつけた唐揚げを食べて、次にご飯を口に掻きこむ。
レモンをかけた唐揚げからのご飯。
タルタルソースを乗せた唐揚げからのご飯……このローテーションが堪らなく——
「んん~おいひぃ~っ!!」
わたしの食べ方を見た二人は、めちゃくちゃ羨ましそうな表情してる。
「お館さま……ワシらも続きましょうっ!」
「一人で美味そうに喰いやがって……そんな喰い方をするのは許さんぞ、倫っ!」
言って、二人もわたしと同じように唐揚げローテーションを実行するのだった。
◇
食事を終えると、秀吉さんは信長さんの向かいに座り、甲斐甲斐しくお酒を注いでいた。
「……ワシはお館さまに、ずっと聞きたい事があったのでございます」
「……俺に何を聞きたいのだ、サル」
「お館さまは……日の本を統一したいと考えた事はございまするか」
「日の本をか? そうだな、以前の俺ならそんな大望なぞ考える事なんてなかったが……今川を討ってからその考えが変わってきた」
信長さんは言って、グイっと盃のお酒を飲み干すと、空になった盃を秀吉さんに渡した。
「俺は乱世を早く終わらせて、日の本を一つにしたいと、よく考えるようになった」
「おおおっ! お館さまなら、その大仕事を成し遂げるに間違いございませんな!」
「貴様に言われると、俺もそんな気がしてくるな」
「出来ますともっ! その願いを叶えるためならば、この秀吉が、必ずお館さまのお役に立ってみせまするぞっ!」
秀吉さん、任せてくださいと言わんばかりに胸をドンドンと叩いた。
顔をしわくちゃにして頬をゆるませている。
「——ならば、貴様は先陣を駆けて、常に俺の役に立って貰わないとな」
「ええ、もちろんでございますよっ」
秀吉さんの子供のように喜んだ表情。
本当に信長さんが好きなんだなって気持ちが伝わってくる。
「——して、お館さま。日の本を平定した後はどうお考えでございますか?」
「……そうだな。俺は明に渡ってみたいとも考えているんだ。あのでかい国……一度は行ってみたいとは思わんか、サル?」
「ええ! ワシも是非、明には訪れてみたいものでございますよっ」
その後も二人はお酒を酌み交わしながら、しばらく談笑していたけれど。
秀吉さん、どうしちゃったんだろ。
信長さんに急にこんな事を聞くなんて。
それから時間が経ったあたりで、信長さんは立ち上がると——
「倫、今日も飯が美味かったぞ」
「はいはい。じゃあまた来てくださいね」
おう、と言うと信長さんは姿を消してしまった。
信長さんがいなくなった居間には、わたしと秀吉さんの二人きり。
ちょっとの間、秀吉さんは黙っていたのだけれど。
「お主には感謝せんといかんな」
秀吉さんは言って、突然わたしに頭を下げてくれた。
「感謝だなんて……わたしはただ美味しいご飯を食べて欲しかっただけですよ」
「誰も飯の事など言っておらん。お主に感謝と言うのはな……お館さまに会わせてくれた事に決まっておるじゃろ」
「え、ああ……そっちですか」
「ま、美味い飯を喰わせてくれた事も感謝しておるがな」
秀吉さんは苦笑しながら、わたしに答えた。
「……それに、ワシには新しい目標が出来たのだからそれも感謝せんとな」
秀吉さんの言ってる意味がわからない。
新しい目標ってなんだろう?
「ワシは必ずや明を手に入れて、お館さまの墓前に供えてやろうと決めたんじゃっ!」
あ……もしかして。
そのために信長さんにいろいろ聞いていたんだ、秀吉さん。
「お主には今日の礼をせねばならんな」
「ええと、別のそんな事しなくもいいんですよ」
「それはいかんっ。ワシは受けた恩は必ず返すと決めておるんじゃからな。何があってもワシの恩をお主は必ず受け取って貰うからの」
と言いたい事を言って、秀吉さんは帰っていった。
それから数日後——
学校から帰ってきたわたしを、石田三成さんが出迎えてくれた。
「秀吉様よりこれを倫殿にと——」
三成さんは桐の箱から陶器を取り出して、わたしの前に丁寧に置いてくれた。
それはまるで蜘蛛が這いつくばっているような形をした陶器。
「——古天明平蜘蛛」
「ええと……それって——」
戦国武将・松永久秀さんが所持していた茶器で信長さんも欲しがったとも。
「あれ……? でも確か、松永さんと一緒に爆発で跡形もなく消えたはずじゃ……?」
「——さあ。私は秀吉様が譲り受けたと聞いておりますが……真偽はどうなのでしょうね」
と、真顔で三成さんは答えてくれた。
「まあ、それはそれとしてですね……三成さん、ご飯食べていきません?」
三成さんは一瞬、面食らった表情を浮かべたけれど。
「……よろしく頼む」
フッと笑って、静かに頷いた。
「——いや、知らんっ」
その返答によっぽど衝撃を受けたのだろう。
秀吉さんは、肩をガックリと落としている。
いつものように信長さんがやって来て。
そしていつものように、お爺ちゃん秘蔵のお酒を飲んでいた。
そこへ秀吉さんがやって来たのだけれど。
秀吉さん。
信長さんを見るなり、突然涙と鼻水を撒き散らしながら飛びついたのだ。
信長さんはそれを難なく回避し、飛びついた勢いのまま秀吉さん畳の上に頭から突っ込んでしまった。
「お館さーまーっ! 本当に本当に秀吉をお忘れなのでございまするかっ!?」
額を真っ赤にさせた秀吉さんは、必死に信長さんに自分のことを思い出させようとしているのだけれど——
「くどいっ! 知らんものは知らんと言ってるだろうがっ」
と、まあ。
信長さんには、なしのつぶてなのだよ。
「お主も黙っておらんで、助けてくれんか?」
「わたしがです!?」
「あったり前じゃ! お館さまに信頼されておるお主だけが頼りなのだ……頼むっ!」
「ええと……でもですねぇ」
「お主以外に、この秀吉を助けてくれる人物はおらんぞ」
「えへへ~そ、そうなんです?」
「そうだともそうだともっ。ワシの家臣以上に頼りになるのは、今この場にいるお主しかおらんのだからなっ!」
わたし以外にいないとか……そんな風に言われたら断れないわよね。
訴えかけるように瞳をうるうるとさせた秀吉さんが、わたしの両手をがっちりと握って懸命に懇願している。
「——分かりましたっ。わたしが信長さんに秀吉さんの事を思い出させてあげます」
「おお、なんと頼りになる力強い言葉じゃ! では、ここはお主に任せたぞ、娘っ!」
「はい任せてくださいっ……って、そう言えば秀吉さんは、どの秀吉さんなんです?」
と、頼まれたのはいいのだけれど。
どの時点の秀吉さんかをわたしが把握しておかないとだ。
「……お主の言ってる意味がよく分からんが……秀吉と言えば、豊臣秀吉以外にはおらんのじゃないのか?」
「豊臣秀吉さんって、あの関白秀吉さんっ!?」
「そうじゃが……?」
秀吉さんは、怪訝そうな視線をわたしに送っている。
わたしはわたしで、今目の前にいるのが豊臣秀吉さんって事実に驚いているのだけれど。
——豊臣秀吉さん
織田信長、徳川家康に並ぶ時代の寵児・豊臣秀吉さん。
生まれは農民の子ながら、戦国時代の乱世を終わらせて「天下人」にまで大出世した秀吉さん。
もちろん超がつくほどの有名人である。
そんな超有名人が、わたしに一生懸命頼み込んでくる……
さすが人たらし—— 人をうまく味方につけるのが上手いなぁ。
わたしもちゃっかり利用されているんだろうけど。
秀吉さんに頼まれたら、嫌な気はしないんだよね。
「と、言うわけで信長さん」
「ん? あの男とようやく話が終わったのか?」
お酒を飲む手を止めて、信長さんはわたしをみやった。
ここにいる信長さんは、今川義元を破った時期の信長さんだし。
秀吉と言う名前に聞き覚えが無くて当然と言えば当然なのだ。
となると——
「ええとですね。木下藤吉郎って名前に聞き覚えはないです?」
「あのサルみたいな顔をした男の名が木下藤吉郎と言うのか……?」
あ、ダメだ。
信長さん、不思議そうな顔をして首を横に捻ってる。
頭の上に『?』が出てそう……
「くっ、ダメですか。そうしたらですねぇ……寒い日に信長さんの草履を暖めてくれた人、覚えてません?」
割と有名な逸話。
これがダメなら、他に手を考えるしかないぞ。
しばらくの間、信長さんは首を左右に捻って懸命に考えていた。
そして——
「おお、アレか……! 俺の草履を尻に敷てた奴かっ! あの男も確かにサルみたいな顔をしていたなっ!」
「そうでございますよ、お館さまっ! アレが……アレがワシでございますっ! ……と言いますか。あれは尻に敷いてのではなく、胸元で暖めておったんですが……まあ、良いか」
「そうか……あのときの奉公人が、ずいぶんと立派になったものだな」
「はいぃ! それもこれも全てはお館さまのお陰でございますっ……農民の小倅《こせがれ》からここまで来れたのも、お館さまがワシをワシを……うぅ……っ!」
感極まったのかな。
咽び泣く秀吉さんの目からは、涙が溢れてくる。
見ているわたしまで、なんだか目頭が熱くなってしまうのだよ。
信長さんは、秀吉さんの肩をポンポンと叩いてあげてるし。
……ふむ。
今日の晩ご飯のメニューが決まったな。
「ねえ、信長さん。今日の晩ご飯だけれども……唐揚げなんてどうかな?」
「唐揚げだとっ!! 俺が初めてここで喰った料理……もしかして、またアレが喰えると言うのかっ!?」
唐揚げって単語に反応したんだな。
顔を紅潮させた信長さんの口から、たらーりとヨダレが垂れてくる。
もちろんわたしのお腹も、ぐぐぐぅ~と地鳴りのように反応したのだけれど。
「わたしのお腹も減って来たことだし……それじゃあ唐揚げ、作ってきますねっ」
おう、頼んだぞっと信長さんの応援を受け、わたしはいつものようにキッチンへ。
壁に掛けたエプロンを身につけ、冷蔵庫から出した材料を並べていく。
今回、唐揚げにした理由。
信長さんと久しぶりに再会した秀吉さんへのサプライズ。
信長さんが美味しいと絶賛した唐揚げ。
それを秀吉さんにも味わって欲しいと、わたしは考えたのだよ。
「よしっ、調理開始しますかっ」
まず鶏もも肉を一口大に切っていく。
切り終わった鶏もも肉をボウルに入れて……
そこへ擦り下ろしたニンニクと生姜、塩と胡椒を少々、醤油にお酒を加える。
ボウルの中で鶏もも肉と揉んで揉んでまた揉んで、しっかりと調味料を馴染ませていく。
調味料をお肉に馴染ませたら、だいたい30分くらい浸けておくこと。
それくらいしっかりと染み込ませておけば、出来上がったときにはジューシーな唐揚げが完成するのだよ。
「さてと……次は衣の準備だ」
袋から取り出した鶏もも肉に、小麦粉をまぶしていく。
少し叩いて、余分な小麦粉を落としてっと。
フライパンに油を注いで、170度まで温めて……
「お肉を投入っ!」
小麦粉をまぶした鶏もも肉が、カラカラといい音を立てて揚っていく。
美味しそうな匂いが、キッチンに充満している。
このまま熱々の唐揚げをつまみ食いしたいところだけれど、我慢我慢。
焼き色がついてきたら、一旦バットに置いて3分ほど置いておく。
「んふふふ……これだけでは終わらないのが、今回の唐揚げなのだよっ!」
190度まで温めた油の中に、もう一度唐揚げを投入し、高温で約2分揚げる。
二度揚げされた唐揚げは、外はカリっとして中はジューシーに出来上がるのだ。
「塩胡椒と、カットしたレモン……それと自家製タルタルソースを用意して……」
揚った唐揚げをお皿に盛り付ければ——
「完了っ!」
熱々の唐揚げと、炊き立てほかほかのご飯を、秀吉さんと信長さんの前に並べる。
「くははは……これだこれっ! 夢にまでみていた唐揚げをまた喰える日が来るとはなっ! ……もう我慢ができん。俺は先に喰わせて貰うぞっ!」
「もう、先に食べるなんてずるいっ! わたしもいただきますからねっ……はむっ!」
一口唐揚げをかじったわたしは、自然に笑いがこみ上げてくる。
「くふ……くふふふふ」
もちろん、それはわたしだけじゃない。
「くははははっ!」
「ほぉ~っ! ほうほうほうっ!」
信長さんはずっとニコニコしてるし。
唐揚げに塩胡椒やレモン、タルタルソースをつけて堪能している。
カリっとした衣……中から大量に溢れ出す肉汁。
こんなに美味しい唐揚げを食べて、笑いが出ない方が変だからね。
秀吉さんも一口食べるごとに、感嘆のため息が漏れてくる。
「んふふふぅ~こうやって食べるのもイケるんですよ」
塩胡椒をつけた唐揚げを食べて、次にご飯を口に掻きこむ。
レモンをかけた唐揚げからのご飯。
タルタルソースを乗せた唐揚げからのご飯……このローテーションが堪らなく——
「んん~おいひぃ~っ!!」
わたしの食べ方を見た二人は、めちゃくちゃ羨ましそうな表情してる。
「お館さま……ワシらも続きましょうっ!」
「一人で美味そうに喰いやがって……そんな喰い方をするのは許さんぞ、倫っ!」
言って、二人もわたしと同じように唐揚げローテーションを実行するのだった。
◇
食事を終えると、秀吉さんは信長さんの向かいに座り、甲斐甲斐しくお酒を注いでいた。
「……ワシはお館さまに、ずっと聞きたい事があったのでございます」
「……俺に何を聞きたいのだ、サル」
「お館さまは……日の本を統一したいと考えた事はございまするか」
「日の本をか? そうだな、以前の俺ならそんな大望なぞ考える事なんてなかったが……今川を討ってからその考えが変わってきた」
信長さんは言って、グイっと盃のお酒を飲み干すと、空になった盃を秀吉さんに渡した。
「俺は乱世を早く終わらせて、日の本を一つにしたいと、よく考えるようになった」
「おおおっ! お館さまなら、その大仕事を成し遂げるに間違いございませんな!」
「貴様に言われると、俺もそんな気がしてくるな」
「出来ますともっ! その願いを叶えるためならば、この秀吉が、必ずお館さまのお役に立ってみせまするぞっ!」
秀吉さん、任せてくださいと言わんばかりに胸をドンドンと叩いた。
顔をしわくちゃにして頬をゆるませている。
「——ならば、貴様は先陣を駆けて、常に俺の役に立って貰わないとな」
「ええ、もちろんでございますよっ」
秀吉さんの子供のように喜んだ表情。
本当に信長さんが好きなんだなって気持ちが伝わってくる。
「——して、お館さま。日の本を平定した後はどうお考えでございますか?」
「……そうだな。俺は明に渡ってみたいとも考えているんだ。あのでかい国……一度は行ってみたいとは思わんか、サル?」
「ええ! ワシも是非、明には訪れてみたいものでございますよっ」
その後も二人はお酒を酌み交わしながら、しばらく談笑していたけれど。
秀吉さん、どうしちゃったんだろ。
信長さんに急にこんな事を聞くなんて。
それから時間が経ったあたりで、信長さんは立ち上がると——
「倫、今日も飯が美味かったぞ」
「はいはい。じゃあまた来てくださいね」
おう、と言うと信長さんは姿を消してしまった。
信長さんがいなくなった居間には、わたしと秀吉さんの二人きり。
ちょっとの間、秀吉さんは黙っていたのだけれど。
「お主には感謝せんといかんな」
秀吉さんは言って、突然わたしに頭を下げてくれた。
「感謝だなんて……わたしはただ美味しいご飯を食べて欲しかっただけですよ」
「誰も飯の事など言っておらん。お主に感謝と言うのはな……お館さまに会わせてくれた事に決まっておるじゃろ」
「え、ああ……そっちですか」
「ま、美味い飯を喰わせてくれた事も感謝しておるがな」
秀吉さんは苦笑しながら、わたしに答えた。
「……それに、ワシには新しい目標が出来たのだからそれも感謝せんとな」
秀吉さんの言ってる意味がわからない。
新しい目標ってなんだろう?
「ワシは必ずや明を手に入れて、お館さまの墓前に供えてやろうと決めたんじゃっ!」
あ……もしかして。
そのために信長さんにいろいろ聞いていたんだ、秀吉さん。
「お主には今日の礼をせねばならんな」
「ええと、別のそんな事しなくもいいんですよ」
「それはいかんっ。ワシは受けた恩は必ず返すと決めておるんじゃからな。何があってもワシの恩をお主は必ず受け取って貰うからの」
と言いたい事を言って、秀吉さんは帰っていった。
それから数日後——
学校から帰ってきたわたしを、石田三成さんが出迎えてくれた。
「秀吉様よりこれを倫殿にと——」
三成さんは桐の箱から陶器を取り出して、わたしの前に丁寧に置いてくれた。
それはまるで蜘蛛が這いつくばっているような形をした陶器。
「——古天明平蜘蛛」
「ええと……それって——」
戦国武将・松永久秀さんが所持していた茶器で信長さんも欲しがったとも。
「あれ……? でも確か、松永さんと一緒に爆発で跡形もなく消えたはずじゃ……?」
「——さあ。私は秀吉様が譲り受けたと聞いておりますが……真偽はどうなのでしょうね」
と、真顔で三成さんは答えてくれた。
「まあ、それはそれとしてですね……三成さん、ご飯食べていきません?」
三成さんは一瞬、面食らった表情を浮かべたけれど。
「……よろしく頼む」
フッと笑って、静かに頷いた。
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私が執筆した小説は、思想と言論の自由に基づいています。また、特定の人物、団体、機関を否定し、批判し、攻撃するものではありません。
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